第3話「多角化経営とトマトの誘惑」
荒野での生活が一週間ほど経過した。
俺の農園――勝手に「カイ農園」と名付けた――は、驚くべきスピードで進化を遂げていた。
小屋の周りには、青々とした畑が広がり、様々な作物が実をつけている。
魔力ポテト、クリスタル・メロンに加え、新しく仲間入りしたのが「ファイア・ペッパー」と「シルク・スピナッチ」だ。
ファイア・ペッパーは、食べると体が内側から発熱し、極寒の夜でも毛布要らずになる優れもの。
シルク・スピナッチは、葉の繊維が絹のように強靭で、編めば丈夫な布やロープになる。
衣食住の全てを植物で賄う。
それが俺の目指す自給自足スタイルだ。
「さて、今日のメインイベントはこいつだ」
俺は掌に乗せた真っ赤な種を見つめた。
トマトだ。
前世で一番好きだった野菜であり、栽培が難しい野菜の一つでもある。
この荒野で作るには、日光の強さは十分だが、温度管理と水やりが繊細になる。
だが、俺が目指すのはただのトマトじゃない。
疲労回復効果と、魔力増強効果を極限まで高めた「魔蜜トマト」。
別名「食べるポーション」。
これを完成させれば、作業効率はさらに上がるはずだ。
俺は特別に配合した土――魔力ポテトの皮と枯れ葉を混ぜて発酵させた堆肥入り――を盛った畝に、種を植えた。
「品種改良・糖度極大化・魔力充填」
イメージするのは、ルビーのような輝きと、蜂蜜のような濃厚な甘さ。
そして、食べた瞬間に細胞が活性化するような爆発的なエネルギー。
俺の魔力が土を通して種に流れ込む。
今までで一番手応えがある。
種がドクン、と大きく脈打った。
芽が出る。
茎が太くなり、葉が茂り、黄色い花が咲き乱れる。
そして、たわわに実った果実が、緑から赤へと色を変えていく。
その赤は、ただの赤ではない。
内側から光を放っているかのような、深紅の輝きだ。
周囲に甘く濃厚な香りが漂い始める。
それは花の香りのようでもあり、極上のスイーツのようでもある。
「できた……!」
俺は震える手で、一番赤く熟した実をもぎ取った。
ずしりと重い。
皮はパンと張り詰め、今にも弾けそうだ。
そっと口に運ぶ。
歯を立てた瞬間、口の中で爆発が起きた。
ジュワッと溢れ出す果汁。
酸味はほとんどなく、濃厚な甘みが脳髄を直撃する。
「んんっ……!」
思わず声が漏れる。
うまい。
前世で食べたどんな高級フルーツよりも甘く、それでいて後味は爽やかだ。
そして、飲み込んだ直後、体がカッと熱くなった。
指先まで力がみなぎり、視界が一段と明るくなる。
疲れが一瞬で吹き飛び、まるで一晩ぐっすり眠った後のような爽快感。
「これは……危険だな」
中毒性があるレベルの美味さと効果だ。
これを市場に出したら、間違いなく戦争が起きる。
俺は自分だけで楽しむことを心に誓った。
それにしても、このトマト、一つ食べただけで魔力が溢れ出して止まらない。
余剰な魔力が体から漏れ出し、周囲の空間に漂っていくのが見えるようだ。
「ん?」
ふと、畑の隅に目をやる。
そこには、何も植えていないはずの荒地があった。
だが、そこには小さな白い花が咲いていた。
「野草……?」
この死の荒野には、雑草すら生えないはずだ。
俺は近づいて観察する。
どうやら、俺の作物から漏れ出した魔力が土壌を浄化し、眠っていた種を目覚めさせたらしい。
俺の農園を中心にして、死んでいた土地が蘇りつつあるのだ。
「すごいな、植物の力は」
俺は感動しながら、その小さな花に水をやった。
俺一人の力は微々たるものだが、植物たちが連鎖的に環境を変えていく。
いずれ、この荒野全体が緑の大地になる日も来るかもしれない。
そんな壮大な夢を描き始めた時だった。
ザワッ。
背筋に冷たいものが走った。
風が変わった。
それまでの乾燥した風ではなく、生温かく、そして獣の臭いを含んだ風が吹き下ろしてきた。
空が急に暗くなる。
雲が出たわけではない。
巨大な何かが、太陽を遮ったのだ。
俺はゆっくりと空を見上げた。
そこには、あり得ない光景があった。
巨大な翼。
鋼鉄のような黒銀の鱗。
剣山のように並ぶ牙。
そして、燃えるような金色の瞳。
ドラゴンだ。
しかも、ただのドラゴンではない。
図鑑でしか見たことのない、伝説級の「天災」。
エンシェント・ドラゴンが、俺の畑の真上に浮かんでいた。
その巨大な体躯から放たれるプレッシャーだけで、呼吸が止まりそうになる。
『……好イ匂イガ、スル』
頭の中に直接響くような、重低音の声。
ドラゴンの視線が、俺の手にある食べかけのトマトに釘付けになっていた。
「……え?」
『ソレヲ、寄越セ。人間』
圧倒的な捕食者の要求。
俺の平穏な農家ライフに、最大級の危機が訪れた瞬間だった。
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