こんな日常も悪くない?

十六夜六花

第1話 生臭い話はつきものなので

 季節は春。――とはいってもこの地域で四月はまだ雪が残っているし、気温も肌寒いのでそこまで実感はない。桜だってまだ半月以上先だ。それでも、日陰に残った塵や排気で汚れた雪を見ると、なんとなく春だなと感じてしまうのが雪国に住む人間ならではなのかもしれない。

 朝起きて、歯を磨いて、ご飯を食べて制服に着替える。わたし――逢沢凛あいざわりんは今日から冬寒ふゆさむ高校の二年生だ。あれだけ緊張した入学式からもう一年経ったのかと感慨深くなってしまう。

「行ってきます」

「凛ちゃん待って」

 隣で歩く双子の妹、楓香ふうかは右肩で一つ結びにした髪を揺らして後ろから駆け寄る。わたしは黒のスクールバッグを肩に掛け直して、わたしより少し背の高い楓香を一瞥した。

「生徒会、新入生来るかな」

「さぁ、どうだろうね」

 分からないものは分からないのでそう返す。楓香は拗ねたように口を尖らせた。

「もう。希望を持とうよ。可愛い後輩が来るのをさ」

「ううん。そういうもんか」

 思わず眉間に皺が寄る。隣で同じように難しい顔をしながら神妙に口を開いた。

「あ、でも。可愛い子が来て凛ちゃんがその子に夢中になったら嫌だな。うん、嫌だ」

 そう来たか。いや、分かってはいた。楓香は重度のシスコンだからだ。姉のわたしが一番、わたしの一番は妹。そう信じてやまない。

「男子だったら?」

「それも嫌」

 まあ、そうだろう。わたしに近寄るひとは男だろうと女だろうと敵視するのが楓香だから。病的に、所謂ヤンデレとまではいっていないのがまだ救いなのかもしれない。

 そうして、バス停でバスを待つ。スマホで時間を確認するとあと五分ほど待てばいい。市営バスはよく遅れるからあまり信用できないけど。

「楓香、リボン」

 視線の先にあった制服のリボンが少し曲がっていたので結び直す。「ありがと」と嬉しそうに声を弾ませる横顔に、姉バカなのは百も承知で可愛いと思ってしまう。

 楓香とわたしは双子ではあるけれど、ほとんど顔は似ていない。苗字が同じだけの仲のいい友達だと入学当初は思われていたっけ。懐かしい。

「凛ちゃん、バス来たよ~?」

 思い出に耽るのも束の間、いつの間にか到着していたバスにわたしは慌てて乗り込んだ。


  ◇◆◇


 二年生なのでクラス替えがあり、わたしと楓香は案の定別のクラスだった。一年生のときと同じく双子を同じクラスにすることはないらしい。心底不服そうな姿に「休み時間と昼は一緒だから」と宥めて退屈な始業式を終えた。

 そもそも生徒会で同じなのだから、授業が終われば否が応でも顔を合わせるし、もっと言えば家族なのだから帰る家も同じなのでそこまで寂しくはないのにと思うのだが、そうはいかないみたいだ。我が妹ながら乙女心って難しい。

「おはようございまーす」

 生徒会室に足を踏み入れるも誰もいない。そういえば、生徒会に三年生が誰もいない――入った当時は一年生と三年生しかいなく、諸先輩方が卒業したいまはわたしたち二年生が役員を担うことになっていた。

「おっす。逢沢姉じゃん。……いや、生徒会長様?」

 後ろから声がする。振り返るとやたら背の高い男子。いや、一年生の頃から一緒だったので顔見知りではあるけれど。

「おはようございます、志藤くん」

「おお……他人行儀」

「他人だろうに」

 志藤橙夜しどうとうや。同じ二年生だ。茶色の髪を頭のてっぺんで結び、制服のブレザーは全てボタンを外している。正直生徒会役員の姿とは思えない。風紀委員から毎日追い回されているのも頷ける。

 わたしが真ん中の席に座ると、志藤が隣に腰掛ける。失礼な話かもしれないが、彼はこの見た目なのに副会長だ。

「何であんたが副会長なんだろうな」

「俺も思ってる」

「何で生徒会に入ったのさ」

「……さあ?」

 わたしの方を向いて頬杖を付き笑う。この笑顔が心から笑ってるのか、演技なのか、あまりにも胡散臭すぎて最初は分からなかった。

 でも、いまは――。

「うわぁ! 遅れた! 先越された!」

 文字通り飛び込んできた妹の姿に苦笑いを零す。その目がわたしの隣を捉え、あからさまな嫌悪感を示した。まっすぐにこちらに近寄る。

「何かいる」

「逢沢妹、それは俺のことだよな?」

「他に誰がいるんだろうね?」

 机の下からはみ出た足を引き攣った笑顔で蹴っている。止めたほうがいいのだろうが、どうせ「凛ちゃんはどっちの味方!?」とおかしな修羅場になるに違いないので、見てみぬふりをして黙っておいた。

「うわぁ、いてて。妹は野蛮だよなぁ。顔は可愛いのに」

「顔だけじゃなくて中身も可愛いんですけど」

「どの口が」

 二人の間を火花が飛び散る。どうしてこの二人はこんなに仲が悪いのだろうか。いや、分かってはいるんだけど、脳が理解することを拒否しているのでわたしは思わず虚空を見つめた。その先に――。

「そこの二人、お客さんが来たよ」

 同時に生徒会室のドアの方を向く。

「あー……いいですか?」

 一人の男子生徒が申し訳なさそうにこちらを伺っている。中性的な見た目の、こう言っては何だが可愛らしい雰囲気だった。

 おずおずと「生徒会執行部はここでいいんですよね?」と確認してきたので「そうだよ」と即答する。

「僕、生徒会に入りたいんで――」

 と言いかけた矢先、けたたましい足音と同時に生徒会室に怒号が響き渡る。

「おいお前らぁああぁ!!!」

「煩いです顧問」

「顧問呼びやめろ。それより」

「うるせぇ顧問。どうしたよ」

百川ももかわ先生と呼べ」

「煩い顧問だよ」

 次々と口にするわたしたちの顔を見て深呼吸をする顧問――もとい、百川と、きょとんとその場で固まる名も知らぬ男子生徒。それにも気づかずこめかみに指を当て、落ち着かない様子で舌打ちをする。

「だから先生……まあ、それはいい。会計、収支書どうなってる」

 楓香の方を凶悪な表情で見つめ――楓香は生徒会の会計係だ――訊ねた。楓香が鞄からファイルを取り出しぺらぺらと捲る。そうして、一枚取り出して百川に見せた。

「……やっぱりな」

 眉間の皺が深くなり、もう一度舌打ちをして紙を指先で弾く。

「――十二万の赤字。この意味は分かるな?」

 その場にいた全員が口を開いたまま呆け、次の瞬間には一斉に廊下まで響き渡るほどの叫び声を上げていた。


続く

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こんな日常も悪くない? 十六夜六花 @natsu-no-yume

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