◆お菊と十枚の皿◆

茶房の幽霊店主

第1話 お菊と十枚の皿


※こちらは「播州皿屋敷」の手記です。


※【注 意】


各地に残る「皿屋敷」伝説のいくつかを比較する内容ですので、地名がそのまま掲載されています。また、個人的な考察や見解のため、必ずしも正確なものとは限りませんのでご了承ください。



※※※※※




『いちま~い、にま~い、さんま~い、よんま~い、ごま~い、

ろくま~い、ひちま~い、はちま~い、きゅうま~い……いちまい、たりない!』


ここで、両手をあげて驚かしてくるのがわかっているので、幼い自分は


『……何回目やねん。もう、ええて』と、内心ずっと思っていました。


【播州皿屋敷】は、母が寝る前に語った唯一の怪談で、正直、聞き飽きていました。しかし、その詳細を質問しても母は知らず、「お皿を数えるお菊さん」という印象しか頭に残っていませんでした。



※※※※※




【播州皿屋敷実録】は、江戸時代後期に好事家の手により書かれた庶民文化を反映した小説、≪戯作(げさく)≫で、当時の風刺、風俗など、脚色部分が多く加わっています。



≪播州皿屋敷≫



※元となった事件は室町時代後期のお家騒動。


今の姫路城ができる前のこと、姫路城第九代城主「小寺則職(こでら のりもと)」の家臣「青山鉄山(あおやま てつざん)」が、御家乗っ取りを企てていたのを、忠臣「衣笠元信(きぬがさ もとのぶ)」が察知して、「青山鉄山」の屋敷へ女中・スパイとして「お菊」を送り込み、動きを探らせました。


「衣笠元信」は「お菊」からの情報で、「青山鉄山」が増位山の花見の席で主である「小寺則職」を毒殺しようとしていることを突き止め、花見の席に乗り込み、「小寺則職」を救出後、家島へ隠れさせ再起するタイミングを待ちます。


「お菊」さんは優秀な女スパイだったと思われます。


計画の妨害に遭った「青山鉄山」は家中に密告者(スパイ)がいたと気が付き、自分の家来「町坪弾四朗(ちょうのつぼ だんしろう)」に密告者を探すよう命令。「弾四朗」は密告をしていたのが「お菊」であったことを突き止めました。


「弾四朗」は女中として「青山鉄山」の屋敷へ入った「お菊」に前々から好意を寄せていて、「バラされたくなければ、自分の妾になれ」と言い寄ったのです。



他人のお妾さんに、自分の妾になれとは……?

この時代にまかり通っていたのか、「町坪弾四朗」が非常識なのか。


後の「皿屋敷」として脚色された江戸時代において、女性にストーカー行為を繰り返して言い寄る男が、「一途な男」だと世間では思われていたそうで、お話は違えど、一部の浮世絵でも残っています。


現代の目で見れば「認知の歪み」としか思えないのですが。



「お菊」は「弾四朗」を相手にせず、けんもほろろに拒絶。頭に血がのぼった「弾四朗」は、「お菊」が管理を任されていた十枚揃っていないと意味のない、「家宝の毒消しの皿」のうち一枚を隠して「お菊」に因縁を付け、縛り上げて折檻を繰り返し、息絶えた「お菊」を古井戸に投げ込みました。


以来、夜になると井戸から皿を数えるお菊の声が聞こえたそうです。

(後のお菊井戸)


「衣笠元信」と他の家臣たちにより「青山鉄山」は討たれ、姫路城は無事に「小寺則職」の元に返りました。後に「小寺則職」は「お菊」の話を聞き哀れんで、十二所神社の中へ「お菊大明神」として祀ったと伝えられています。


その後300年程経って城下に奇妙な形をした虫(オキクムシ)が大量発生し、人々は「お菊」が虫になって帰ってきたと噂話になりました。



※※※※※




≪お菊の死因≫



■「町坪弾四朗」からの求愛を拒絶するため自ら井戸に落ちた。


■折檻されて死亡後、井戸に放り込まれた。


などが有名な話ですが、


■身の潔白を訴え続け、松の木で首をくくって自死した。 


■「町坪弾四朗」に首を絞められて亡くなった。


■数日間、松の木に吊るされてそのまま死んでしまった。

 見せしめに晒されていたが、両親が懇願してお菊の遺体を木から下ろした。


 ※(この松の木は「梅雨の松」とも呼ばれています)


等の説もあり、使わなくなった古井戸だとしても、古来から井戸は神聖視されることが多く、生活に欠かせない井戸へ、水質を悪くしてしまうであろう人の身を投げ落とすなど考えにくいため、井戸に身投げした、落とされたという事実はなかったかもしれません。




≪お菊大明神≫



祟りを恐れ「人間を神様として祀る」のは、日本特有の風習です。


強力な力を持つ存在を排除するのではなく、むしろ信仰の対象として取り込むことで共存を図るという、日本の宗教観の一つの表れと言えます。


皿を数えること以外、危害を加えてくるなどなかったと想像するのですが、「自分は無実である」と死してなお訴え続ける怪異が現れたのであれば、「お菊」の周辺や関係者にとって、見殺しにした罪悪感に苛まれる怪現象だったことでしょう。




≪オキクムシ≫



お菊が亡くなって、約300年後に大量発生したとされる「オキクムシ」。

こちらは恐らく、脚色として付け加えられた話だと思われます。


ジャコウアゲハの蛹(さなぎ)が、後ろ手に縛られている人の姿に似ているとされ、「オキクムシ」と呼ばれることがあります。


また、舞台になった兵庫県姫路市では、ジャコウアゲハが市蝶に指定されてします。黒く大きな羽を持つ美しいアゲハ蝶です。


長い年月の中、虫の大発生は他にも何度かあったはずです。しかし、無数の、数えきれないジャコウアゲハの蛹が、当時の人々には、伝え語られる【播州皿屋敷】の「後ろ手に縛られたお菊の怨念・化身」に見えたのかもしれません。



※※※※※




≪滋賀県のお菊伝説≫



皿を数えないお菊さん?


彦根藩の有力武家「孕石(はらみいし)」家の跡継ぎ「政之進(まさのしん)」と孕石家に仕える侍女の「お菊」。


長久寺(ちょうきゅうじ)に「お菊の墓」と「割られた皿・残りの六枚」があり、悲劇の恋物語として語られています。(「皿屋敷」伝説の一つ)


この「お菊」は、井戸に投げ込まれたという一般の説とは異なり、想い人の愛情をはかるため、自ら家宝の皿を割ったことで手討ちにされました。


また、井戸は三つあったらしく、皿を数えるということもないようです。


「自分と家宝(御家)のどちらが大事だと思っているのか」


相思相愛でも身分違いの恋。


「政之進」が別の許嫁と結婚話を進める中、本当に一番に想われているのか、「お試し行動」で皿を一枚割ってしまいます。


心理学的見解として、相手の愛情や関心を確かめるために、わざと困らせたり問題を起こしたりする行動が「試し行動」と言われます。


愛着障害の人は「見捨てられる不安」から、相手を試すことが多く見受けられます。


滋賀の「お菊」さんは、自分と相手の境界線を引くことできなかったため、想い人の逆鱗に触れてその手の殺され、残された「政之進」の人生も狂わせてしまいました。


「お菊」を手にかけてしまった「政之進」は思い悩み、出家して寺で生涯を終え、孕石家も滅亡から逃れることができなかったと伝わっています。


残る九枚の皿は、「お菊」の「愛情を試す行動」に激昂した「政之進」により、すべて割られてしまいましたが、お菊の母親が割れた皿を修復してお寺に納めたといわれています。


現存している六枚の皿は、滋賀県長久寺で毎年8月9日と10日の「千日法要」の際に2日間限定で一般公開されているそうです。



※※※※※




≪番町皿屋敷≫



●戯曲の舞台は江戸の「旗本青山家の屋敷」(番町)。


●怪談芝居では「青山播磨守主膳の屋敷」(赤坂)。


元の播州(姫路)の物語を、歌舞伎や講談、戯曲や怪談芝居で、さらに「怪談」としての要素を加えて脚色した、エンターテインメントとしての改変版です。


フィクションですので、「番町皿屋敷」の井戸は存在していません。


岡本綺堂(おかもと きどう)の戯曲では「播州皿屋敷」と「滋賀県の皿屋敷伝説」を混ぜたような設定や内容で、「青山播磨(あおやま はりま)」と「お菊」の「互いの心の行き違い」や「疑われた男の無念さ」「悲劇的な恋愛」を中心とした、感情に訴えるセンチメンタルな恋物語。


「皿屋敷弁疑録(さらやしきべんぎろく)」が元となった、馬場文耕(ばば ぶんこう)の怪談芝居「番町皿屋敷」では、「青山主膳(あおやま しゅぜん)」には奥方がいて、「お菊」はその屋敷で奉公をしている下女です。



正月の二日、「お菊」は「青山主膳」が大事にしていた皿十枚のうち一枚を、割ってしまい、奥方は「お菊」を叱責しますが、「青山主膳」は皿一枚の代わりに「お菊」の右手の中指を切り落とし、処刑するまで屋敷の一角で監禁します。


このままでは、もっと酷い苦しみを与えられるだろうと、「お菊」は後ろ手に縛られたまま、監禁されていた場所から抜け出し、自ら古井戸に身を投げました。


やがて、夜になると井戸から皿を数える「お菊」の声が響いてきて、屋敷の者たちもその声を聞きます。後に、奥方の産んだ子供には右手の中指がありませんでした。


奉公人に対する残虐な仕打ちは公儀(朝廷・幕府・お上など)の耳に入り、「青山主膳」は領地を没収されます。それでも、井戸から皿を数える声は続いていたので、徳の高い僧侶に依頼して経を唱えてもらいました。


皿を数える声が「九つ」に来たとき、続けて僧侶が「十」と付け加えると、「お菊」の亡霊は「あらうれしや(ああ、嬉しいな)」と言って成仏しました。



「番町皿屋敷」は作家の手によって書かれたフィクションで、登場している「青山播磨」「青山主膳」、名前は同じ「お菊」も含め架空の人物です。


「青山主膳」の役職名や、経を唱えたという「僧侶・上人」も、実際の時代では存在しなかったものや、年代がずれていたりで、それらしく見えるよう後付けされた設定です。


江戸時代の歌舞伎の脚本などは、「怪談」をエンターテインメントとして昇華させていますが、実在していたであろう人物の「死」さえも同時に、観客が楽しむための娯楽として加工されていますので、脚色された内容がグロテスクで、より刺激の強い残酷な表現が多いと感じます。


しかし、江戸時代の人々にとっては、熱狂できる「芸能」の一つだったのでしょう。



※※※※※



「皿屋敷」の伝説は全国に約50箇所ほどあるそうで、すべてを調べることはできないのですが、母が昔語っていた「播州皿屋敷」について再度触れる機会になりました。


起こった事実も他人のフィルターを通せば、まったく違ったものに変容してしまう。


「怪談」の真実を知ろうとすればするほど、霞の中を歩くことになりそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

◆お菊と十枚の皿◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ