妹の代わりに「生贄の花嫁」として冷徹公爵のもとへ嫁いだら、なぜか男の僕が初夜で溺愛されている件について~実は僕、国一番の聖女(男)でした~

角煮カイザー小屋

第1話 身代わりの初夜、冷徹公爵の理性が僕(男)のせいで崩壊しました

「……っ、うぅ……帰りたい……」


 ガタガタと揺れる馬車の中で、僕は絹のドレスの裾を強く握りしめた。  窓の外は既に漆黒の闇。遠くに見える古城のシルエットが、まるで获物を待ち構える怪物の口のように見えて、背筋が凍りつく。


 僕の名前はノエル。  どこにでもいる平凡な……いや、少しばかり不幸な伯爵家の長男だ。  本来なら、この豪奢な馬車に乗っているのは僕ではない。双子の妹、リリアであるはずだった。


『ごめんねお兄ちゃん! 私、愛する人と駆け落ちするから! あと借金よろしくね!』


 今朝、書き置き一枚を残して消えた妹の笑顔が脳裏に浮かぶ。  実家に残されたのは、莫大な借金と、今日が決行日となっていた「公爵家への輿入れ」という事実だけ。


 相手は、ジークフリート・フォン・オルステッド公爵。  王国の北方を守護する英雄でありながら、その冷酷さから「人食い公爵」と恐れられる男だ。  噂では、彼の元に嫁いだ花嫁は、初夜を迎えることなく謎の死を遂げるとか、あるいは恐怖のあまり発狂して戻ってくるとか……。


「男だってバレたら、即座に首が飛ぶかな……」


 僕はウィッグで整えた銀髪を触り、溜息をついた。  僕とリリアは双子ということもあり、外見は瓜二つだ。化粧をしてドレスを着れば、身内でも見分けがつかないほどになる。  幸か不幸か、僕は成長期を迎えても身長が伸び悩み、声変わりもそこまで顕著ではなかった。


 けれど、体は男だ。  もし初夜でドレスを脱がされれば、全てが終わる。


 唯一の救いは、ジークフリート公爵に関する『ある噂』だった。  彼は過去の呪いにより、女性を抱けない体――つまり、不能であると言われている。  もしそれが本当なら。  白い結婚のまま、飾り妻として飼い殺されるだけで済むかもしれない。


「到着いたしました」


 御者の無慈悲な声が響く。  重厚な鉄の門が開く音が、僕の運命を告げる鐘のように聞こえた。


 ◇◇◇


 公爵邸は、冷え切っていた。  気温の話ではない。空気そのものが、針のように鋭く張り詰めているのだ。


「こちらへどうぞ、リリア様」


 出迎えた老執事の目は、まるで死人を見るようだった。  廊下に並ぶメイドたちも、一様に俯き、同情と侮蔑が入り混じったような視線を僕に向けてくる。  歓迎ムードなど欠片もない。ここは、花嫁を迎える家ではなく、生贄を受け入れる祭壇なのだ。


 湯浴みをさせられ、香油を塗りたくられ、薄いレースのネグリジェ一枚に着替えさせられる。  抵抗する間もなかった。  されるがままに磨き上げられた僕は、広すぎる寝室の、天蓋付きのベッドにぽつんと座らされていた。


「寒い……」


 暖炉には火が入っているはずなのに、肌が粟立つような悪寒が止まらない。  この部屋には、禍々しい何かが満ちている。


 カツ、カツ、カツ。


 廊下から、重い足音が近づいてくる。  心臓が早鐘を打つ。ドアノブが回り、重厚な扉が開かれた。


「……ふん。今度の生贄は随分と小さいな」


 地を這うような低い声。  現れたのは、夜の闇を凝縮したような黒髪に、血のように赤い瞳をした長身の男だった。  ジークフリート公爵。  その美貌は、直視すれば目が潰れそうなほど整っているが、同時に絶対零度の氷のような冷たさを放っていた。


(ひっ……! 殺される!)


 本能が警鐘を鳴らす。  彼は部屋に入ってきただけで、室温を数度下げたように感じられた。  これが、彼が受けているという「呪い」の影響なのだろうか。


「挨拶は不要だ。どうせ、お前もすぐに逃げ出すか、壊れる」


 彼は僕の方を見ようともせず、軍服の上着を脱ぎ捨てた。  その粗雑な仕草に、彼がいかに「妻」という存在を疎ましく思っているかが透けて見える。  彼はベッドの端に腰を下ろすと、けだるげに僕を見下ろした。


「……何を震えている。さっさとこっちへ来い」 「は、はい……」


 声が裏返らないように慎重に返事をし、僕は恐る恐る彼に近づく。  近づけば近づくほど、彼から発せられる「冷気」が強くなる。  痛い。寒い。  彼の周囲だけ、空気が歪んでいるようだ。  こんな強大な呪いを身に纏って、彼は平気なのだろうか。


「顔を見せろ」


 彼は無造作に手を伸ばし、僕の顎を掴んだ。  その手は氷のように冷たかった。


 ――その、瞬間だった。


 バチッ!!


 静電気のような、けれど遥かに温かい光が、彼と僕の接触面から弾けた。


「っ!?」 「えっ……?」


 公爵が目を見開く。  彼の手から、冷たさが消えていく。  代わりに、僕の体の中から湧き上がる熱が、彼へと流れ込んでいくような感覚があった。  それは不快なものではなく、凍えた体を内側から溶かすような、甘く痺れるような熱。


「な……んだ、これは……」


 公爵の赤い瞳が揺れる。  苦痛に歪んでいた彼の眉間から皺が消え、陶然とした表情が浮かんだ。  彼は掴んでいた僕の顎を放すどころか、吸い寄せられるように、もう片方の手で僕の腰を引き寄せた。


「あ、あの、公爵、さま……?」 「痛く、ない……。寒気も、吐き気も……消えた……?」


 彼は信じられないものを見る目で僕を凝視する。  そして、次の瞬間。  彼の瞳に、先ほどまでとは全く違う色が宿った。


 それは、飢えた獣の如き、強烈な「欲」の色。


「あ……っ」


 ドンッ、と強い力でベッドに押し倒される。  逃げようとする僕の両手首は、彼のごつごつした大きな手によって頭上で拘束された。  至近距離で見る彼の顔は、あまりにも美しく、そして雄々しい。


「お前、何をした? 俺に何をしたんだ」 「な、何も! 僕は何もしていません!」 「嘘をつけ。触れたところから、熱いんだ。……体が、おかしくなるほどに」


 彼の吐息が、僕の首筋にかかる。  先ほどまでの冷徹さはどこへやら、彼の体温は急激に上昇していた。  そして、僕の太腿に押し付けられている「硬いもの」の存在に気づき、僕は顔から火が出るほど赤面した。


(う、嘘でしょ!? 不能じゃなかったの!?)


 噂はデタラメだ。  今、僕に押し付けられているそれは、凶器のような存在感を主張している。


「ま、待ってください! 落ち着いて……!」 「落ち着けるわけがないだろう。……十年だぞ。十年もの間、俺は女に触れるたびに腐肉を抱くような吐き気に苛まれてきた」


 彼は切羽詰まった様子で、僕の首筋に顔を埋め、深く匂いを嗅ぐ。


「なのに、お前は……いい匂いがする。ずっと触れていたい。……奥まで、沈めたい」 「ひゃぅっ!?」


 甘噛みされた首筋から、電流が走る。  まずい。このままでは本当に抱かれる。  貞操の危機というだけでなく、男だとバレたら殺される!


「だ、だめです! 僕、心の準備が……それに、その!」 「黙っていろ。もう限界なんだ」


 彼は聞く耳を持たない。  理性などとっくに吹き飛んでいるようだ。  大きな手が、僕のネグリジェの裾から侵入してくる。  熱い掌が太腿を撫で上げ、抵抗する間もなく、その指先は核心へと――。


「あっ、そこはダメぇ!!」


 僕の悲鳴も虚しく、彼の手は「在るはずのないもの」に触れた。


 ピタリ。


 公爵の動きが止まる。  室内に、重苦しい沈黙が落ちた。


(お、終わった……)


 僕は絶望で目を閉じた。  女だと偽って嫁いできた男。しかも、その正体をこんな最悪な形で知られるなんて。  激怒されるだろうか。それとも、その場で斬り捨てられるだろうか。


 震える僕の耳元で、ふっ、と低い笑い声が聞こえた。


「……なるほど。そういうことか」


 恐る恐る目を開けると、そこには激怒した鬼ではなく、  獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛で愉悦に満ちた笑みを浮かべる公爵がいた。


「道理で、吐き気がしないわけだ。……女ではないのだからな」


 彼は僕のモノを、確認するように愛おしげに一度だけ強く握ると、ねっとりとした視線で僕を舐め回した。


「男か。……ククッ、最高じゃないか」 「え……?」 「女など抱く気にもなれないが、お前なら話は別だ。この熱も、高ぶりも、全てお前のせいだ」


 彼は僕の足の間に入り込み、逃げ場を完全に奪うと、耳元で甘く、そして絶対的な命令を下した。


「覚悟しろよ、俺の可愛い花嫁(生贄)。……朝まで離してやるつもりはない」


 その夜、僕は本当の意味で「人食い公爵」に食べられることになったのだった。

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