エルフの姉妹と177な俺
新巻へもん
本日は荒天なり
鬱蒼とした森の中で意識を取り戻す。
麻酔が切れたかのように急速に頭がクリアになっていった。
ここに至るまでの話をすると長くなる。
要点をまとめるとこんな感じだ。
俺は一度死んだ。
蘇生して異世界に転移した。
その際の特典はかなり微妙。
少なくとも俺自身が周囲を圧倒するほど強くなるような類のものじゃない。
使い道次第ではスローライフには便利だろうな、という感じだった。
が、しかしである。
俺が送り込まれた場所はそんなピースフルな黄金郷ではないということが、喉元に突きつけられる剣という形ですぐに証明された。
「人間がこんなところで何をしている?」
声と共に俺の目の前に美しい女性が姿を現す。
金色の繊細な髪の毛に縁どられた陶磁器のように白い肌の女性の耳は尖っていた。
「エルフ?」
「もう1度だけ聞く。ここで何をしている?」
後から思えば俺はとても運が良かったと言える。
この世界で2度も誰何してくれるというのは極めて礼儀正しく温情に満ちた行動だった。
普通なら姿を消している間に俺の首をかき切って終わりにする。
「お姉さま。彼は
少し離れたところに半弓を構えた2人目の女性が突如現れた。
目の前の女性は俺の突きつけていた剣をそのままに視線を上から下へと動かす。
「確かにこの変な格好は珍しいものだな。そういう格好をして偵察に来た可能性も否定できないが……」
俺はゆっくりと両手を上げた。
このジェスチャーで敵意がないことを示せるかどうかは分からないが、少なくとも何をするにしても動作が遅れることは間違いない。
「気付いたらここに居たんだ。信じられないかと思うけど本当だよ。俺はこの世界の人間じゃない。強制的にこんなところに放り出された哀れな人間だ。頼むから殺さないでくれ」
「どうだ?」
目の前の女性が俺を睨んだまま後方に問いかける。
後ろの女性は半弓を下げると取り出したモノクルを片目に当てた。
「ん-。脅威度は最低の1。本当に稀人かどうかは分からないけど、この弱さで森のここまでたどり着くのは無理じゃないかな。殺すのはいつでもできるわ、お姉さま。死体にして運ぶのは重いから、自分の足で歩かせた方がいいんじゃないかしら?」
それから何かつぶやくと上げていた俺に何かが絡まる感触がする。
上に目を向けると蔦が手首を戒めていた。
「稀人なら何か変わった芸ができるはずよ。私たちの役に立つかも」
目の前にいる女性は突きつけていた剣を戻すと鞘に納める。
「慈悲深い我が妹に感謝するのだな。とりあえず生かしておいてやる。ついて来い」
こうして、俺は捕虜となった。
連れていかれた村は樹上にあり、100人ほどのエルフが暮らしている。
俺は大きな鳥かごのようなものに入れられ高い木の枝から吊るされた。
集まってきたエルフたちの奇異の目にさらされながら尋問を受ける。
「稀人と言うなら何か特殊な力を授かっているはずよ。それが何か白状なさい。あくまで沈黙を保つというならそれでもいいわ。その場所で自然に還ることね」
餓死させようというのか。
俺はすぐに全面降伏することにした。
洗いざらい全部ぶちまける。
「ふーん。それが本当かどうか試してみましょう。そうね、これは慈悲の心で与えましょう」
蔦の先に乗せて何かが俺の檻の中に運ばれてきた。
包んでいる大きな葉をほどいてみるとクッキーのような焼き菓子が入っている。
匂いを嗅いでみるがごく普通のクッキーのようだった。
「心配しなくてもいいわ。毒は入っていないわよ」
妹の方が笑いを含んだ声を出す。
クッキーをしげしげと見て視線を上げたときにはもうエルフたちの姿はない。
空腹をおぼえていたのでクッキーを口にした。
蜂蜜とバターの味がする。
大きさ以上の満足感が得られた。
翌日の夕刻になって俺は籠から解放される。
供述が本当だという判断をしてもらえたらしかった。
樹上の家に招き入れられお茶の饗応に預かる。
「で、ナオト。私たちのために働いてもらうわよ。もし、あいつらを倒すことができたら解放してあげる。望むなら人間の領域の近くまで案内してあげてもいいわ」
姉妹の妹の方のミュルンが言った。
「まて、そんな約束までしてやることはないだろう」
姉のリーフが抗議する。
「いいじゃない。ナオトは人間よ。人間の中で暮らした方がいいわ」
「そうは言うがな。私たちの村のことをしゃべられたら面倒だろ?」
「大丈夫よ。ちゃんと目隠しをして方角も分からないようにするから」
「まあ、その話は戦いが終わってからにするか」
リーフとミュルンたちエルフは外部から侵入してきたダークエルフの一団によって圧迫を受けていた。
数はこちらの方が多いが火の精霊を使役することに慣れているダークエルフの方が有利に戦いを進めているとのことである。
「今のところは地の利があるからなんとかなっているわ。だけど、長引けば長引くほどあいつらも地理に慣れてきて私たちのアドバンテージが消える。その前になんとかしなくちゃいけないの」
「私たちは文明人だからこの程度の扱いで済んでいるんだからな。あいつらの捕虜になったら死ぬまで奴隷のようにこき使われるぞ」
ミュルンが状況を分析し、リーフが俺を脅しにかかった。
「分かってますよ」
俺は頭の中に3つの数字を思い浮かべる。
177。いい天気になれなれ。
頭の中にどっと情報が流れ込んだ。
今後1週間の天気概況に始まって、遥か洋上を進んでいる台風の進路予想が示される。
それから、毎日の天候と気温、風速などがよどみなく流れていった。
「今から3日後の早朝に滝のような雨が降ります」
「本当?」
「時間が先であればあるほど精度は落ちますが、ほぼ間違いないはずです。前日にはほぼ確実に予測できるでしょう。それで外れたらいかような処分でも受けますよ」
自信ありげに言い放つ。
俺の特殊能力は天気予報だった。
これ自体は微妙な能力である。
しかし、この状況下であれば話は別だった。
バケツをひっくり返したような豪雨の中であれば火の精霊は実体化できてもすぐにずぶぬれになって精霊界に帰ってしまう。
火の精霊頼りのダークエルフにとっては最悪の天候だった。
しかし、この雨は台風によるものなので急にやってくる。
俺でなければ予測できるものではなかった。
当日、参加を申し出たが足手まといになると村に残される。
まだ薄暗い空には星が瞬いていた。
エルフたちは子供を除いて動ける者全員が出かけていく。
残された俺に刺さる子供や怪我人の視線は疑いを含んでいた。
「もし、我らを騙したら……」
目は口ほどにものを言う。
俺は般若心経を口の中で唱えながら瞑目した。
急に風が強くなったと思うとツリーハウスが揺れまくる。
ざざっとひとかたまりの雨が葉を打った。
周囲が俺を見る目が変わる。
それはいいのだが、俺の方はというとそれどころではなかった。
木が風にあおられると床が大きく動く。
エルフたちはバランス感覚がいいのか踏ん張っていたが俺はたまらずひっくり返った。
床にへばりついて台風が通り過ぎるのを祈る。
永遠に続くかと思う苦行に耐えた。
風が収まってきたのを感じると同時にエルフたちが村に戻ってくる。
家の中に入ってきたリーフは上機嫌だった。
「快勝だ。さすがは天気占い師どの」
しゃがみこむと半分死んでいる俺の背中をバンバンと叩く。
エルフは華奢に見えて腕の力は強かった。
考えてみれば樹上生活を送っているのだから当然である。
「こちらの損害はゼロよ。あなたの予想のお陰ね」
ミュルンも弾んだ声を出した。
「で、なんで死んだような顔色で床に転がってるの?」
俺は力なく愛想笑いを浮かべることしかできない。
活躍を帳消しにする情けなさだったが仕方ないというものである。
その夜、祝いの席で話し合った結果、俺はエルフの村に留まることにした。
話に聞く人間世界がマッチョイズムすぎて、俺は底辺の底辺扱いになりそうだったからである。
俺の能力の有効性を認めたミュルンにいいように言いくるめられた気もしなくもない。
まあ、天気占い師と持ち上げられるのが気持ち良かったというのもあった。
実際問題として、俺の能力はそれを理解して活用する知性を必要とする。
脳筋な人間社会よりもエルフの中にいる方がまだ有難られそうと判断した。
翌日、新たに俺用の住居が割と低めの位置に作られる。
そして、俺は戦いに敗北して命乞いをしたピーチェというダークエルフを与えられた。
「ナオトの好きにしていいぞ」
リーフがどんとピーチェを突き飛ばすとよたよたとおぼつかない足取りで数歩進み俺にぶつかってしなだれかかる。
四肢に嵌った翡翠の輪が力を奪っており、身体の自由が利かないようにされていた。
扉を閉めるミュルンの目がきらりと光った気がする。
とりあえず俺はピーチェを床に座らせた。
どうすりゃいいんだ?
浅黒い肌をしてエルフよりはやや肉付きがいいダークエルフの娘は悲壮な表情で俺を見ている。
なんか試されている気がするんだよな。
エルフたちが、このダークエルフに対して一片も同情していないのは明らかだった。
俺がピーチェに対してあれやこれやしてもむしろ懲罰を与えたということで問題なしとなりそうである。
ただ、リーフやミュルンと恋愛関係になる道は完全に塞がれそうだった。
リーフとの方は今後どうなるかは未知数だが、ミュルンは俺に対して好意を寄せている気配がある。
俺の能力に対する評価込みだとしても感触は悪くない。
恋の空模様ってことで俺の能力で予想できないかと思ったが世の中そんなに甘くはなかった。
-完-
エルフの姉妹と177な俺 新巻へもん @shakesama
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