死して八年、俺は孤魂野鬼(ここんやき)として蘇る――この食い荒らされた世を切り裂く
瓶の中の小さな忌まわしいもの
第1話孤魂(ここん)が斬る穢(けが)れ:荒野の宿場に舞う氷焔(ひえん)
あの年の雪は、確かに降るのが早かった。
大地の白は、決して純粋なものではない。血に染まって凍りつき、その上に薄く砕けた雪が重なった色――灰がかった、不吉な赤だ。
大陸を切り裂かんとする「諸神の余震」の中、八歳だった俺は土に還るはずだった。 それは【オーレリアン連邦】辺境での虐殺。オークとゴブリンの大軍が村を蹂躙し、長槍は茅葺き屋根を、そして無数の女子供の胸を貫いた。肺に突き刺さる槍の冷たさ、喉に溢れる血の混じった鉄の味。今でも覚えているのは、老兵たちが咆哮しながら俺を身の下に隠したことだ。あの硝煙の匂いがする厚い背中は、俺の上に重なった「温かい墓標」だった。
意識が闇に沈む寸前、地獄の門を叩く北風が吹いた。 極寒を孕んだその風は、しかし俺を凍えさせはしなかった。低く古びた声が、風の中で囁いたのだ。 『生きろ。私の前に辿り着くまで』
次に目を開けた時、俺の心臓は既に止まっていた。血液は氷の礫つぶてと化し、ただ背中の「青藍の蓮紋」の刺青だけが、焼けるような熱を帯びていた。 魂に刻まれた老兵の殺人術と、骨に絡みついた北の囁き。
俺は不滅の孤魂ここんとなり、死体の山から拾った一振りの断刀を手に、この乱世を八年彷徨い続けた。
◇
八年後。【永劫の聖都】アレクサンドリアへと続く荒野の宿場で、焚き火がパチパチとはぜていた。
宿場の梁は歳月に黒ずみ、壁には無数の刀傷と弾痕が刻まれている。 隅には二つの小さな影が縮こまっていた。エルフの少女と、人間の孤児。道中で拾った、ガラクタ同然の子供たちだ。だが今、目の前には【連邦】の巡邏兵じゅんらへいたちが立ち塞がっている。
「おい、そのなまくらを下げてる野郎」
一人の校尉が、陰に座る俺を蔑みの目で見つめた。 「道中の人殺しの腕は認めてやる。だがな、強者が食い、弱者が食われる。それが天の定めた理ことわりだ」
校尉の視線は、卑猥な粘り気を帯びてエルフの少女の細い体に絡みつく。 「そのゴミ共に、何の意味がある? そんな小娘、俺たちの夜伽よとぎにでも差し出せばどうだ。その破鉄よりもマシな剣を一本、聖都に着いたら恵んでやるぜ」
俺は顔を上げなかった。ただ、粗布で断刀を拭う。 布が刃をこする砂のような音が、宿場に響く。
「天の理など、俺には分からん」
俺の声は低く、凍った石を擦り合わせたように嗄しゃがれていた。 ゆっくりと立ち上がる。重厚な鎧が軋み、周囲の温度が劇的に下がる。火の粉は勢いを失い、兵卒たちの顔から余裕が消えた。
校尉が目を見開いた。 俺のフードの奥で、幽藍ゆうらんの冷光が揺らめいている。それは魂を凍てつかせる北の氷焔。 「俺が知っているのは、老兵たちが戦い方を教えたのは、お前のような畜生を眺めるためじゃないということだ」
一歩、踏み出す。 断刀には幽藍の霜がまとわりつき、空気中の水分が氷の粒となって舞う。
「貴様、反逆する気か……!?」
「反逆だと?」 俺は、嗤わらった。
刹那、断刀が氷藍色の残像を描いた。 鈍い音はない。あるのは空気を裂く鋭い風鳴りと、骨が凍りつく音。 校尉は抜剣すら叶わず、首筋に走った極寒に瞳孔を凍らせ、そのまま石のように床へ倒れ伏した。
残りの兵たちも、俺の放つ寒気に足を止められる。
「この世は、こうあるべきではない」
断刀を振り抜き、前方の兵たちを氷像へと変える。俺は地上の死体には目もくれず、怯える子供たちの前でフードを脱いだ。血の気のない蒼白な顔。だが、瞳の焔は少しだけ和らいでいた。
「……ついて来い」 唯一残った食糧の麦餅を差し出す。 「聖都まで、俺が護ってやる」
◇
宿場を出ると、また雪が降り始めていた。 遠くに見える【永劫の聖都】。 あの光り輝く街の裏に、この宿場と同じ腐敗が潜んでいることを俺は知っている。
俺は断刀を握り直し、歩みを進める。孤魂の旅は続く。この氷焔は、乱世を斬り裂く始まりに過ぎない。
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