第8話 偽りの主役たちへ

 結論から言えば、俺の作戦は失敗した。

 放課後のチャイムが鳴った瞬間、俺は担任に首根っこを掴まれたのだ。


「おい佐藤。プリントを職員室に運んでおけ」

 たったそれだけの、ありふれた雑用イベント。


 だが、この世界において『モブ』は『排除』の命令にも逆らえない。俺が必死にプリントの山を運び終え、教室に戻った時には──既に透華の姿は消えていた。


「くそっ……! 物理的に引き剥がしに来やがったか!」


 俺は廊下を全力疾走した。


 琴葉の言った通りだ。確定したメインイベントは、モブの小細工程度では回避できない。


 なら、やることは一つだ。

 回避できないなら、真正面からぶっ壊す。


(間に合ってくれよ……!)


 中庭に飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、あまりにも悪趣味な光景だった。


「いやー、雨上がりの紅茶ってのは格別だな」


 中庭の一角、一段高くなったテラス席。

 特徴的なオールバックと、ツイストパーマのセンターパート。

 ピンク色のツインテールや、シースルーの前髪が特徴的な派手な女子が数人。


(こんな現代的な設定じゃなかった。もっと光綾は上流階級の学校だったはずだろ)


 企画会議の段階では、これまでのギャルゲーを踏襲して、とにかく透華を『覇権ヒロイン』として推す。つまり登場キャラは、この世界観を彩るだけで、価値や魅力の中心をすべて『姫咲透華』に集約させるはずだった。


(それが、まるで逆転された見方になっている)


 俺は呆然としながら、立ち止まる。

 視線の先では、西谷と高木、そして数人の取り巻きたちが、ガーデンテーブルを囲み、何かを楽しみながら、ペットボトルの紅茶を飲んでいた。


(あの時点でおかしいとは思ったが、それでも不幸なヒロインはいなかった)


 拳を握りしめながら、まっすぐあいつらを見ると、何を楽しんでいるのかが、一発で分かった。


 そう、あいつらの視線の先には──


 前日の雨で沼のようにぬかるんだ花壇の中で、必死に何かを探している、泥だらけの透華がいた。


「……ない。どこ……っ」


 綺麗な金髪は泥水に汚れ、制服のスカートは見る影もない。


 それでも透華は、四つん這いになって、黒い泥の中に手を突っ込み続けている。


「うわぁ、汚ねえ。お茶が不味くなりそうだからさ、そこ退いてくんない?」


 西谷があははと笑いながら、わざとらしくペットボトルを置く。


「必死すぎだろ。たかが古臭い髪飾り一つでさ」


「……あれは、お母様の形見で……私が姫咲の誇りを持つための……」

 透華の声は震えているが、その瞳はまだ死んでいない。


「何が姫咲の誇りだよ。お前らのせいで、そうやって泥啜ってるやつがいるんだ」


 西谷の憎たらしい笑顔を見ながら、俺は爪が突き刺さるほどに右手を握りしめていた。


(たとえヴィーナスが無くなっても、大切な誇りはまだ……)


 やはり、残っている。彼女の中には『設定』が。

 たとえ惨めに笑われても、大切なものを泥の中に放置することなどできない高潔さが、透華を突き動かしているのだ。


「上等だ。モブなんていくら汚れたって構わん」


 俺はネクタイを緩めると、躊躇なく花壇の柵を乗り越えた。

 バシャッ、と音がして、革靴が泥に沈む。


「あ? なんだお前。佐藤じゃねーか。モブがなんの用だ?」


 高木が不快そうに声を上げるが、そんなものは無視だ。


(イベントの内容は分かってる。多分、対応するのは透華のメインルート……)


 俺はデバッグ視点を展開し、泥の中をスキャンする。


 (オブジェクト検索……ID『Venus_Ornament』。……座標特定、そこだ!)


 俺は透華のすぐ横に膝をつき、泥の中に腕を突き刺した。


「……っ!? あなた、何を……」


 驚く透華の前で、俺は泥の塊を引き抜く。

 指先で丁寧に泥を拭うと、そこには鈍く光る銀の髪飾りが現れた。


「……探し物はこれですよね、お嬢様」

 俺は泥だらけの手で、それを透華に差し出す。


「あ……」

 透華が息を呑む。


 西谷たちの嘲笑が止まった。


「なんだよ佐藤。お前まで泥遊びか?」

「きったねえなぁ、そんなのゴミだろ。姫咲みたいで汚らしい」


 テラスから飛んできた野次に、透華が腕を抱きながら俯いた。


「ゴミだと? 眼科にでも行ったらどうだ」

 俺はゆっくりと立ち上がり、西谷を見上げた。


『──気高さと、正しさこそが姫咲の誇りなのです』


 俺がセリフを発すると、腕を抱いた透華に、優美なドレスをまとい、皆から尊敬されていたはずの本来の姿が重なって見える。


『次期ヴィーナスは私、この姫咲透華が。あなた気に入ったわ』


『私のシュバリエになりなさい。私と佐藤君でなら、何だって出来る気がするでしょう?』


 俺は髪飾りを、あえて元主人公たちに見せつけるように掲げた。


「泥に塗れても、その輝きは失われていない。……学園の伝統と、母への誓いを守るために、自ら泥を被る覚悟。その気高さの証だ」


 俺は透華に向き直り、最大限の敬意を込めて告げる。


「誇っていい。……貴女こそ、真の『ヴィーナス』に相応しい」


「ヴィーナス……?」

 透華の瞳が揺れ、そこに溜まっていた涙がこぼれ落ちた。


「何ポエム言ってんだよ。きっしょ。寒気がするわ」


 下卑た笑いが集団を包んだ後、西谷の表情が、心底不愉快なものを見たかのように変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モブに転生した不遇サブライターだけど、クソゲー鬱エンド確定のヒロインたちを救います α作 @alpha_craft

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画