第1話 俺の知らない『クソゲー』改変

 賑やかな話し声で目が覚めた。

 頭が割れるように痛い。だが、空気は妙に澄んでいる。


 顔を上げると、そこは見たこともない光景──いや、背景指定で死ぬほどチェックした『私立光綾こうりょう学園』の豪華な教室だった。


「……は?」

 状況を理解するより先に、キーンコーン、とチャイムが鳴った。


 教室の扉が開く──


 その瞬間、俺は息を呑んだ。

 知っている。このタイミング。一枚絵のカットとまるで同じ。


 ゲーム開始直後、メインヒロイン・姫咲透華が初めて教室に現れる、記念すべき『登場シーン』だ。


 本来の企画書にあった仕様なら、窓から春風が吹き込み、桜の花びらが舞う中、生徒たちの羨望を集める透華が、凛として現れる。全プレイヤーを一瞬で虜にする、神々しいまでの『覇権ヒロイン』の登場シーン。


 光を透かすような金髪が春風になびき、ブルーサファイアのような瞳が輝いて、きめ細やかな肌と、立体的な顔の造形には、きっと誰もが心を奪われてしまう。


 ……はずだった。


 今、俺の目には信じられない光景が映っている。

(……なんだ、これ)


 透華の姿が、分割されたように見える。


 一つは輝かしい『覇権ヒロイン』の姿。

 もう一つは、現実の透華の姿。


 扉を開けた瞬間、ドアに仕掛けられたトラップに引っかかり、無様に床へ倒れ込んでいる。


(えっ、こんなシナリオあったか?)


 受け身も取れずに顔面を強打すると、同級生たちから、『この街を返せ』『世間知らずの成金女』『お高くとまってんじゃねーよ』などと、痛烈な罵声を浴びせられる。


 さらに、扉の上に仕掛けられていた黒板消しが落下し、美しい金髪と綺麗な制服がチョークの粉で真っ白に汚れていた。


「きゃっ……!?」

「あはは! 見ろよ、世間知らずお嬢様が『白い』お出ましだぞ!」

「粉まみれがお似合いじゃん。どうせ高級化粧品しか知らないんだろうけど、庶民はそうやって生きてるのよ」


 クラス中が爆笑に包まれる。


 桜のエフェクトは、汚らしいチョークの粉に変更されていた。これはおそらくメインライターが残した悪意(改変シナリオ)の一つだ。


 そして、さらに。

 チョークまみれで悲しそうに俯く、現実の透華に重なるようにして浮かんでいる、半透明の幻影ゴースト。


 本来の透華は、桜の花びらを纏い、優雅に髪をかき上げ、教室を見渡して微笑んでいた。


 企画初期、まだ誰の悪意にも汚されていなかった頃の、『覇権ヒロイン』の姿。


『……皆様、ごきげんよう。挨拶は素敵な関係の第一歩なのに、なぜ貴方はっ!』


 幻影の透華が、堂々と言い放つ。

(ここで主人公だけは挨拶をしないんだよな)


 俺は主人公であるはずの、均を探す。

 一応、自分の姿を確認したが、彼にはなっていないようだ。あまりにも普通の制服姿だった。


「こんな嫌味なやつ、誰が好きになるんだよ。だったらマミとかユカリとか、サチの方がいい」


 透華を見下しているクラスメイトたちの中心に、このゲームの主人公であるはずの『西谷均にしたにひとし』がいた。


「僕が好きなのは、僕を好きになってくれる子だけだ。君は昔、僕に悪態をついたよね?」

「……ち、違う。そんなつもりじゃなかったのに」


 クラスメイトのモブ女子たちで、均がハーレムを形成している。こんな案、企画会議の段階では上がっていなかった。


(均、お前。これじゃ俺が書いたシナリオとの整合性が……!)


「てか、じゃあ俺って誰なんだよ!」


 隣の席の女子と目が合った。


佐藤モブでしょ。何言ってんの?」


 頬杖をつきながら、退屈そうに話しかけてきたショートカットの細目の女子。それを見た俺は、あることを思い出した。


「お前、田中(仮)か! 会いたかったよ、田中(仮)!」

「なっ、何、突然抱きついてんだよ、この変態っ!」

「いってぇ!」


 ばっちぃぃん! という甲高い音が教室に響いた。


「お前、どうした。そんなに変態だったか?」

「田中(仮)と会えて嬉しかったんだよ……」

「いつもいるだろ、ここに! てか、今まで普通に話してきてただろ!」


 顔を真っ赤にした田中(仮)が細目を限界まで見開きながら、頬を抑える俺を見ている。


(すまん、田中(仮)。その設定は多分、俺が考えたやつだ……)


「スリーサイズは上から、78、61、80。中学時代はソフトテニス部の部長。得意教科は国語で、実は『佐藤』という男に恋をしている」

(って俺じゃん、佐藤!)


「な、な、な……」


 彼女は田中(仮)。妙に仲睦まじく話している背景の男女がいると思って、思わずちょっとした設定を考えて、サブストーリーを書いてしまっていたのだ。


「──最近、スポブラをやめて、妙にえっちな下着をいくつか買った。その理由は『神』だけが知っている」


「とりあえず、しとくね」

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