第7章「鉱山と鍛冶ギルド」

ミスリル製LGS材の試作から二週間。


 建吾の前に、新たな問題が立ちはだかっていた。


「採掘量が足りない」


 工房で、建吾はグスタフと向かい合っていた。


 机の上には、これまでに採掘したミスリル鉱石と、加工済みのLGS材が並んでいる。数は、両手で数えられる程度だ。


「入り口付近の鉱石は、ほぼ掘り尽くした」


 グスタフが渋い顔で言った。


「これ以上採るには、奥に進むしかない。だが、あの岩蜥蜴がいる限り……」


 建吾は、腕を組んで考え込んだ。


 グライフェンベルク城の修繕は、順調に進んでいる。北東塔の構造補強は完了し、主塔の壁の亀裂も半分ほど修復が終わった。だが、ミスリル製LGS材を使った新工法を本格的に展開するには、まだまだ材料が足りない。


「討伐は、やはり難しいか」


「ああ。あの魔獣は岩を食って生きている。体の八割が岩と同じ硬さだ。普通の剣では傷一つ付かん」


「魔法は?」


「火も水も効かん。岩の魔獣だからな」


 建吾は、鉱山の構造を思い出していた。


 入り口から五十歩ほどでバリケード。その先に、岩蜥蜴が棲む領域。さらに奥に、豊富なミスリル鉱脈がある。


 正面から戦って勝てないなら、別の方法を考える。


 現場代理人の仕事は、問題に直面したとき、正面突破以外の解決策を見つけることだ。


「鉱山の構造について、もっと詳しく知りたい」


「どういうことだ?」


「入り口以外に、坑道に通じる穴はないのか。換気用の竪穴とか、別の入り口とか」


 グスタフは、しばらく考え込んだ。


「……あるかもしれん。昔の図面が残っていれば」


「探してくれ」


      ◇  ◇  ◇


 三日後。


 グスタフが、古びた羊皮紙を持ってきた。


「あったぞ。百五十年前の、鉱山の図面だ」


 建吾は図面を広げ、じっくりと眺めた。


 主坑道は、山の斜面から水平に掘り進んでいる。その奥で、いくつかの支坑道に分岐。さらに、垂直方向に掘られた竪穴が数本。


 そして——


「これは何だ」


 建吾は、図面の一点を指差した。


 主坑道とは別に、山の反対側から斜めに掘られた坑道がある。点線で描かれており、現在は使われていないことを示している。


「ああ、これか。昔の排水坑道だ。鉱山の底に溜まる水を、山の反対側に流すために掘られた」


「今は使われていないのか」


「五十年以上前に廃止された。途中で崩落して、通れなくなったと聞いている」


 建吾は、図面を見つめながら計算した。


 排水坑道の入り口は、山の反対側。主坑道からは見えない位置だ。岩蜥蜴が棲んでいるのは主坑道の奥だから、排水坑道側からアプローチすれば、魔獣と遭遇せずに済むかもしれない。


 問題は、崩落箇所だ。


「その崩落箇所を、確認しに行きたい」


「本気か? 危険だぞ」


「危険は承知だ。だが、見てみないとわからない」


      ◇  ◇  ◇


 翌日、建吾は数人の職人と共に、山の反対側へ向かった。


 排水坑道の入り口は、崖の下にあった。草木に覆われ、長年放置されていたことがわかる。


 入り口を塞いでいた木の板を取り除き、中に入る。


 松明の光が、湿った坑道を照らし出した。


 壁面は、岩盤を直接掘り抜いた構造だ。支保工(トンネルを支える木組み)は腐りかけており、所々で崩落している。


 百メートルほど進んだところで、大規模な崩落に行き当たった。


 天井と壁が崩れ、瓦礫が坑道を完全に塞いでいる。


「これは……」


 同行していた職人の一人が、呟いた。


「どれくらいの長さだ?」


 建吾は、瓦礫の山を見つめながら計算した。


 崩落の規模。瓦礫の量。坑道の断面積。


「十メートルから十五メートルくらいだろう。……掘り抜けないことはない」


「掘り抜く?」


「そうだ。ここを掘り抜けば、主坑道の奥——ミスリル鉱脈のすぐ近く——に出られる」


 職人たちは、顔を見合わせた。


「だが、そんな工事をしたら、莫大な費用がかかるぞ」


「費用は、ミスリルを採掘すれば回収できる」


「そうは言っても……」


 職人たちは、乗り気ではなさそうだった。


 建吾は、彼らの心理を理解していた。これは、彼らにとって未知の領域だ。坑道の修復は、彼らの専門外。しかも、危険を伴う。


「俺がやる」


 建吾は言った。


「俺が設計し、俺が指揮を取る。お前たちは、俺の指示に従ってくれればいい」


 職人たちは、まだ迷っているようだった。


 その時、後ろから声が聞こえた。


「面白そうじゃないか」


 振り返ると、一人の男が立っていた。


 低い身長。がっしりとした体格。豊かな髭。そして、鍛冶師特有の、火傷の跡が残る腕。


 ドワーフだ。


「誰だ」


「ゴルドだ。王都から来た。ミスリルの加工技術を学びに来たんだが……こっちの方が面白そうだな」


 ゴルドは、崩落した瓦礫を見つめ、にやりと笑った。


「坑道を掘り抜く? いいじゃないか。久しぶりに、腕が鳴る仕事だ」


      ◇  ◇  ◇


 ゴルドは、王都の鍛冶ギルドに所属するドワーフの石工だった。


 ドワーフは、この世界では山岳地帯に住む種族で、採掘と鍛冶の技術に長けている。ゴルドは、その中でも特に腕の立つ職人として知られていた。


「噂を聞いてな」


 グライフェンベルク城に戻る道すがら、ゴルドは建吾に話しかけてきた。


「辺境で、変わった技術を持つ人間がいると。ミスリルを薄く加工して、壁の骨組みに使っているとか」


「ああ。軽量鉄骨工法と呼んでいる」


「軽量……鉄骨? ケッタイな名前だな」


「元いた世界では、一般的な工法だった」


 ゴルドは、鋭い目で建吾を見た。


「お前、ただ者じゃないな。どこから来た」


「遠い場所からだ」


「ふん。まあいい。技術は本物のようだしな」


 ゴルドは、ぶっきらぼうに言った。


「俺も、その技術を学びたい。代わりに、坑道掘りを手伝ってやる」


「取引か」


「ああ。悪くない取引だろう?」


 建吾は、ゴルドの申し出を受け入れた。


 坑道の修復には、専門的な技術が必要だ。ドワーフの協力は、願ってもないことだった。


      ◇  ◇  ◇


 坑道修復工事は、翌週から始まった。


 まず、崩落箇所の調査。瓦礫の量と、崩落の原因を特定する。


 原因は、支保工の腐食だった。長年の湿気で木材が腐り、天井を支えきれなくなって崩落した。


「支保工を、ミスリル合金で作り直す」


 建吾は、工事計画を説明した。


「ミスリルは腐らない。一度設置すれば、百年以上持つ」


「だが、ミスリルは高価だぞ」


 グスタフが、懸念を示した。


「支保工に使うほどの量を、どうやって調達する」


「入り口付近の採掘で得たミスリルを使う。足りなければ、途中で追加で採掘する」


「自転車操業みたいなもんだな」


 ゴルドが、面白そうに言った。


「掘りながら、材料を作り、材料で坑道を補強しながら、また掘る。なかなか度胸のある計画だ」


「問題があるか?」


「いいや。俺は好きだぜ、こういうやり方」


 工事は、一歩ずつ進んだ。


 まず、崩落箇所の手前に、頑丈な支保工を設置する。これが、作業中の安全を確保する。


 次に、瓦礫を少しずつ取り除きながら、前進する。取り除いた瓦礫は、後方に運び出す。


 そして、空いたスペースに、ミスリル合金製の支保工を設置する。


 一日に進める距離は、わずか一メートル。だが、確実に前進していった。


      ◇  ◇  ◇


 工事が始まって二週間。


 問題が発生した。


「鍛冶ギルドの連中が来ている」


 リーゼロッテが、険しい顔で報告してきた。


「採掘権について、話があるそうです」


 建吾は、嫌な予感がした。


 鍛冶ギルド——この世界の金属加工業者の組合だ。ミスリルの採掘と加工は、本来、彼らの独占事業とされていた。


 グライフェンベルク領の鉱山は、十年前から放棄されていたため、ギルドの管理下にはなかった。だが、採掘が再開されたとなれば、話は別だ。


「会おう」


 建吾は、リーゼロッテと共に、ギルドの使者と面会した。


 使者は、三人の男たちだった。いずれも、高級そうな服を身につけている。


 先頭の男が、横柄な態度で口を開いた。


「私は、鍛冶ギルド王都支部の代表、ハインリヒだ。この地のミスリル採掘について、話がある」


「聞こう」


「単刀直入に言う。ミスリルの採掘権は、鍛冶ギルドに属する。貴殿らの採掘は、違法行為だ」


 リーゼロッテの顔色が変わった。


「違法……ですか? しかし、この鉱山は我が領地内にあり、十年以上放棄されていました」


「放棄されていたのは事実だ。だが、採掘権自体は消滅していない。鉱山の採掘権は、王国法により、鍛冶ギルドに永久に帰属する」


 建吾は、内心で舌打ちした。


 予想していた展開だ。利権が絡めば、必ずこういう連中が現れる。


「何が望みだ」


「採掘の即時停止。そして、既に採掘されたミスリルの引き渡し」


 無茶な要求だった。ここまでの作業に費やした時間と労力を、すべて無駄にしろというのだ。


「断る」


 建吾は、はっきりと言った。


「我々は、正当な手続きを経て採掘を行っている。グライフェンベルク辺境伯家の許可も得ている」


「辺境伯家の許可など、ギルドの権利には及ばない」


「そうか。では、王に直接訴えればいい。我々は、王の裁定が出るまで、採掘を続ける」


 ハインリヒの顔が、怒りで赤くなった。


「……後悔することになるぞ」


「脅しか」


「警告だ」


 ハインリヒたちは、捨て台詞を残して去っていった。


      ◇  ◇  ◇


 その夜。


 建吾は、リーゼロッテと対策を協議した。


「ギルドは、本気で妨害してくるだろう」


「はい。彼らの政治力は侮れません。王に働きかけて、採掘停止命令を出させる可能性があります」


「その前に、既成事実を作る必要がある」


「既成事実?」


「坑道を掘り抜き、大量のミスリルを採掘する。そして、その技術的価値を証明する。そうすれば、ギルドも簡単には手を出せなくなる」


 リーゼロッテは、考え込んだ。


「ケンゴ様。一つ、提案があります」


「何だ」


「ギルドとの対立を避ける方法が、あるかもしれません」


「……聞こう」


「ケンゴ様の技術を、ギルドと共有するのです」


 建吾は、眉をひそめた。


「技術を渡せと?」


「いいえ。共有です。ギルドに技術を教える代わりに、採掘権を認めてもらう。お互いに利益のある取引にするのです」


 建吾は、しばらく黙って考えた。


 技術の独占にこだわるのは、ビジネスとしては正しいかもしれない。だが、この世界での建吾の目的は、金儲けではない。


 建築技術を広め、人々の生活を良くする。それが、建吾がこの世界でやりたいことだ。


 そのためには、ギルドを敵に回すより、味方にした方がいい。


「……わかった。交渉してみよう」


 リーゼロッテの顔が、ほっとしたように緩んだ。


「ありがとうございます、ケンゴ様」


「ただし、条件がある」


「条件……ですか?」


「技術を教えるのは、実際に現場で働く職人だけだ。ギルドの幹部連中には、教えない」


「なぜですか?」


「技術は、手を動かす人間のものだ。机の上で金勘定をしている連中には、教えても意味がない」


 リーゼロッテは、建吾の言葉をじっと聞いていた。


 それから、小さく笑った。


「ケンゴ様は、本当に職人なのですね」


「ああ。俺は、ただの内装工だ」


      ◇  ◇  ◇


 一週間後。


 再び、鍛冶ギルドとの交渉が行われた。


 今度は、建吾の方から条件を提示した。


 ミスリル加工の新技術を、ギルド所属の職人に教える。その代わり、グライフェンベルク領でのミスリル採掘権を認める。さらに、採掘されたミスリルの三割を、ギルドに納める。


 ハインリヒは、最初は渋い顔をしていた。


 しかし、建吾がミスリル製LGS材の実物を見せ、その加工方法を説明すると、彼の表情が変わった。


「これは……」


「ミスリルを、従来の十分の一の厚さで加工する技術だ。重量あたりの価値が、飛躍的に上がる」


 ハインリヒは、LGS材を手に取り、しげしげと眺めた。


「確かに……これは画期的だ」


「この技術を、ギルドの職人に教える。ただし、条件がある」


「条件?」


「俺が直接教える。俺の現場で、俺のやり方で。机の上で教えるつもりはない」


 ハインリヒは、しばらく考え込んだ。


 それから、ゆっくりと頷いた。


「……いいだろう。その条件を、受け入れる」


 交渉は、成立した。


 ギルドからは、十人の職人がグライフェンベルク領に派遣されることになった。彼らは、坑道の修復工事に参加しながら、ミスリル加工の技術を学ぶ。


 建吾の技術が、少しずつ広がっていく。


 それは、この世界を変える第一歩だった。


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