尋問~エイリル少佐とイエーガー博士~

法行

第1話

小さな部屋の中、白衣を着た老科学者が机を挟んで軍服を着た若い係官に尋問を受けている。


「これは何だ?」


係官は床に置かれた焼け焦げた機械部品を指さした。


「それか?回路を焼き付かせた、ただの失敗兵器の残骸だ」


老科学者は目の前の壁にある古ぼけた資材棚から、視線を自分の左側にある薄汚れた黒板に移す。


「正確に答えろ!調べはついてるんだ。これはお前が作った旧トリル王国の決戦兵器だな?」


「ふん。調べたのなら私に聞く必要もないだろう?ただで教えるほど、私はお人好しではない。お前たちは私から何を奪い、代わりに何を差し出すつもりだ?」


鼻を鳴らし背もたれに体を預ける老科学者。

係官は老科学者を睨みつけて強く机を叩いた。


「ちゃんと質問に答えろ!お前は帝国に仇を成した戦犯だ。こちらがその気になればいつでも処刑できるのだぞ?」


「ちゃんと答えてるだろう。それが想定外だからと言って相手に当たるのはよくないぞ?」


「貴様!!」


係官は顔を赤くして立ち上がる。その時、係官の背後の扉が勢い良く開いた。


「やめなさい!まんまと相手に乗せられるなんて、ちょっと頭を冷やしなさい!」


「あ……」


身を乗り出し老科学者の胸倉をつかんでいた係官は、扉を開けた人物を見て慌てて手を離し、うなだれるとトボトボと部屋から退出する。入れ替わりに白衣を着た女性軍人が席に着いた。


「エイリル少佐か。来てたなら、お主が初めから尋問すればいいものを」


「人材育成も必要ですので。イエーガー博士、私もずっと軍にいる訳じゃないのですよ?」


「帝国の都合など、どうでもいい。さてわかっているな?私の情報は、帝国の情報との等価交換でしか話さない」


「わかってますよ。しかし、それは前任者にも伝えていたはずですが?」


「さっきの奴はダメだ。お主から聞いた情報を暗記していただけで、私の質問に答えられなかった」


「なるほど。では博士の質問にはいつも通り私が答えましょう。そのかわり、こちらの質問にも答えてください」


「ああ了解だ。では、なにから質問するか……」


悩みだすイエーガーに、エイリルは呆れたように肩をすくめた――



エイリル少佐が尋問をおこなった初日、二人の間に互いの知性を「計り知る」静かな攻防戦があった。

部屋に入ると老科学者は机に背を向け壁の黒板に書かれた数式を眺めている。彼女は机の上に一冊の分厚いファイルを置く。

それはイエーガーが旧王国時代に執筆した魔導力学の論文集だった。


「……ふん。わざわざそんな古い本を持ち出して、私を懐柔するつもりか?」


イエーガーはチラリとそれを見ると鼻を鳴らした。


「懐柔? まさか。あなたの計算式は美しいけれど一か所だけ納得できないところがある。理論上、魔導素子の配列は整然と配列しなければ安定しないはずですが、あなたはあえてバラバラな配置を推奨している。なぜです?」


エイリルの問いに、イエーガーの眉がピクリと動く。彼はゆっくりと椅子を回わして、眼鏡の奥の鋭い目で彼女を睨みつけた。


「……帝国の小娘が。教科書通りの答えを期待しているのなら、時間の無駄だぞ」


「期待などしていません。ただ、あなたのやり方を試したら出力は30%向上しましたが、3分で回路が溶けました。この『3分』の壁……あなたは何かを知っているはずです」


エイリルが身を乗り出し、机に両手をつく。その目には、未知の事象に対する純粋な好奇心が宿っていた。イエーガーはそれを見逃さなかった。


「おもしろい……」


頑固な老科学者の口元が、初めて少しだけ歪んだ。


「情報は等価交換だ、エイリル少佐。その『溶けた回路』の冷却材は何だ? 帝国の安っぽい油か、それとも……」


「……液体化させた魔素の結晶です。それも高純度の」


「ほう」


イエーガーは初めて、エイリルの顔を正面から見た。

「よかろう。今の答えに免じて、ヒントをやる。風は、気圧が等しい場所には吹かん。魔導も同じだ。不安定な状態をコントロールできないなら、お主たちの技術は一生、おもちゃのままだ」


エイリルは無言でノートを広げ、その言葉を書き込んだ。尋問という名の『講義』が、始まった瞬間だった――

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