10年ぶりに再会した彼は、私に知らないふりをした。

ポルコ

第1話

 


 ソウル、江南カンナムにあるIT企業が立ち並ぶビル街。


時刻は午後7時を回っていたが、周囲のビルは宝石を散りばめたように煌々と明かりを灯している。


27歳のイ・ユナは、スマートフォンの画面を無機質にスクロールしていた。


彼女の職業は、急成長中のマッチングアプリ開発会社『Connect-U』のUIデザイナーだ。


皮肉なことに、何万組もの「出会い」をデザインしている彼女自身、私生活では運命を信じなくなって久しい。


「ユナさん、今日の新村シンチョンでの交流会、本当に行かないの? 業界の有名人も来るみたいよ」


同僚のソンミがバッグを肩にかけながら声をかけてきた。


「ごめん、このモックアップを今日中に仕上げたくて。後で合流できたらするね」


嘘だ。


仕事はもう終わっている。

ただ、人混みが億劫だっただけだ。


しかし、ソンミが去った後の静かなオフィスで一人になると、不意に心に隙間風が吹いた。


(……新村か。懐かしいな)


大学時代、青春を過ごした街。


そして、あの人がいた街。


ユナは衝動的にコートを掴み、地下鉄2号線に飛び乗った。


新村の街は、10年前と変わらず若者の熱気に満ちていた。


屋台から漂うトッポギの甘辛い香りと、イヤホン越しに聞こえる最新のK-POP。


ユナは人波を避け、学生時代によく通った裏通りの古いジャズバー『ブルー・ムーン』の前に立っていた。


重い扉を開けると、カランという鈴の音とともに、使い込まれた木の香りとビターなコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。


「いらっしゃい……あ、ユナかい?」


カウンターの奥でグラスを拭いていた初老の店主が、驚いたように目を細めた。


「マスター、お久しぶりです」


「本当に久しぶりだ。10年ぶりかな? 君が卒業して以来だね。さあ、座って」 


ユナは端の席に座り、温かいウイスキーを注文した。


スピーカーからは、チェット・ベイカーの気怠いトランペットが流れている。


10年前、ここで「彼」と一緒に、将来の夢を語り合った。


自分はデザイナーに、彼は――。


その時、再び店の扉が開いた。


冷たい夜気と共に、一人の男が入ってくる。背が高く、黒いタートルネックにロングコートを羽織ったその姿に、ユナの心臓が大きく跳ねた。


男は迷いのない足取りで、ユナから二つ離れた席に座った。


店主が「いつものかい、ジフ?」と親しげに声をかける。


ジフ。


ハ・ジフ。


ユナが10年間、一度も忘れたことのなかった名前。

横顔は、記憶にある少年のような面影を消し去り、鋭く、どこか影のある大人の男のそれになっていた。


しかし、グラスを持つ長い指先、少し癖のある前髪、そして周囲を拒絶するかのような独特の静けさは、紛れもなく彼女の初恋の相手だった。


ユナは息を止めた。


声をかけるべきか、それともこのまま店を出るべきか。


心臓の音が耳元でうるさく鳴り響く。


「……ジフ?」


震える声でその名を呼ぶと、男はゆっくりとこちらを向いた。


深い夜のような瞳が、ユナを捉える。


「……イ・ユナ」


ジフの口から出た自分の名前に、ユナの視界がにわかに潤んだ。


10年の空白が、一瞬で埋まったかのような錯覚。


しかし、再会を喜ぶユナの期待は、彼の次の一言で冷たく突き放されることになる。





「どうして、ここにいる」





彼の声は低く、そして驚くほど冷ややかだった。



              To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る