紫腕の渡人

古都池 鴨

始まりの出逢い


 晴れた空の下、露天の市場には所狭しと敷物が広げられ、食品や日用品が雑多に並べられていた。

 覗き込みながら通る人々を敷物に座る店主が威勢よく呼び込む。


 その喧騒の合間を縫うように歩きながら商品を見て回る男がいた。


 歳は三十歳前後、体格にも顔付きにも目立った特徴はない。強いて挙げるならこの国では数の少ない黒髪に黒い瞳だという程度。


 並べられた品を確かめるような動きから、目当ての物があるのだろうと容易に推測できた。


「兄さん、なんか探しもんか?」


 背後から掛けられた声に、男は暫し動きを止めてから振り返る。

 若い男が三人、笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「……俺のこと?」

「そうそう。さっきから見つかんねぇみたいだからさ、何探してんのかなって」


 にこやかに話しかけてくるが、明らかに胡散臭い。

 どうやら高級食材を置く店ばかりを見ていることに気付かれたらしい。己の迂闊さに内心嘆息しながら、男は肩をすくめた。


「米とか醤油とか。探せばあるって聞いたから」

「ってことはやっぱり渡人わたりびとか」


 渡人――ここではない世界の記憶を持つ転移者の総称。黒髪黒目の者が多いことから目星をつけられていたのだろう。


「まぁな」

「それなら知り合いの店にあるから案内するぜ」


 リーダー格の男がついてくるよう顎で示し、残るふたりはさりげなく周りを囲むように立つ。


 自分が立つのは人が通るのがやっとの市場の店の間。ここで騒動を起こすと多くの店に迷惑をかける。

 そう判断し、男はおとなしくついていくことにした。


(まぁ……なんとかなる、か)


 歩き出した男たちは市場を離れ、大通りからも逸れていく。

 人もまばらになったところで、脇道というには薄暗い裏通りへと入りかけたその時。


「どこへ連れて行くつもりなんだ?」


 さりげなく左手の革手袋の留め具を外そうとしていた男は、突然の強い声に手を止めた。





 一斉に振り返ったその先には金髪の青年が立っていた。


 二十代半ばだろうその青年。筋骨隆々とまではいかずとも鍛えられたとわかる身体付きと腰の剣に、男たちの間に緊張が走る。


 見覚えあるその顔に、男は留め具から手を放して成り行きに任せることにした。


「この先に店などないだろう」


 どうやら市場での会話を聞いていたらしい。確実に咎める口調で問われ、男たちは少しずつ後退りながら青年と距離を取り始める。


「近道しようと思っただけだって」

「そうか。なら俺も同行するからその店に案内してくれ」

「勘弁してくれよ。そんなナリで来られちゃ客が逃げちまう。兄さん、またの機会にな」


 口早にそう告げ、男たちは一目散に逃げていった。


 路地の奥へとその背が消えるのを見送ってから、男は青年へと向き直る。


 少し癖のある金髪に、深い紫の切れ長の瞳。同性の自分から見ても整った顔立ちに背も高いとくれば、年頃の女性が頬を染めるのもわかるというものだ。


 話したことはないが、異世界基準のイケメンは性格もいいらしい。


「ありがとう。俺は木原翔太。同じギルドだから顔は知ってる」


 自己紹介と共に右手を出すと、青年は少し驚いたように瞬きをする。


「フィルクだ。すまない、俺は覚えがなくて……」

「ギルド員で登録もしてるけど、普段は治癒院で見習いやってるから。知らなくて当然だって」


 そうか、と言いながら握手に応じてくれたフィルク。


「覚えてなかった俺が言うのもなんだが、その容姿は目立つ。渡人は魔術が使えないと知られてるんだ。気をつけた方がいい」

「面倒かけて悪かった。今回は俺も迂闊だったよ。探すのに夢中になってた」


 やはり人がいいと思いながら素直に謝ると、翔太をじっと見返していたフィルクが短く息をついた。


「……まだ見つかってないんだろう? 俺でよければこのあと付き合うよ」





 帯剣したいかにも戦闘職の青年の同行のお陰で、市場に戻って以降は絡まれることもなかった。


 ギルドに向けて歩きながら、翔太はすっかり打ち解けたフィルクに礼を言う。


「ありがとな。お陰でいいもん買えたよ」


 結局米や醤油は見つからなかったが、代わりにフィルクが教えてくれた美味しい酒といくらかの食材を買った。


「礼もしたいし、酒も買ったし、よかったら一緒にメシ食ってかねぇか?」

「いいならぜひ」


 嬉しそうに笑うフィルクはギルドで見かけた時よりも柔和な顔付きで、どこか幼い人懐こさを感じる。


 もしかしたら見た目より若いのかもしれないと思いながら、翔太は迷わずの即答に礼を述べた。


 ギルドに着くとまっすぐ食堂の裏口へと向かう。怪訝そうな顔をするフィルクにいいからいいからと笑い、ノックもそこそこに扉を開けた。


「レイモンさーん! 預けてた肉持ってかせて!」

「おう、ちょっと待ってろ」


 開けるなりの声に負けない大声が奥から返ってくる。

 暫く待っていると、短い茶髪の大男がぬっと顔を出した。


「なんだ、珍しい組み合わせだな」


 翔太に陶器の器を渡そうとした料理長のレイモンが、うしろで会釈するフィルクに気付いて手を止める。


「市場で助けてもらってさ。一緒に食おうと思って」

「ならこれじゃ足んねぇな。お前結構食うもんな」


 そう言い引っ込むレイモン。驚いた顔で見送りながら、ぽそりとフィルクが呟きを洩らす。


「……特に話したこともないのに、どうして知って……」

「レイモンさんすげぇよなぁ」


 四十代半ばにして外見通りの強さに観察力と器用さを兼ね備えるレイモンは、知れば知るほど得体が知れない。おそらくギルド内でも一二を争う強者の自称は料理馬鹿、それについては納得ではある。


「ほらよ、あとで感想よろしくな」

「もちろん! ありがとう」


 ずっしり重い器を受け取り、まだ何か腑に落ちない表情のフィルクを促して翔太はその場をあとにした。





 自分が借りている安い部屋に調理場はないため料理を作るには外で野営するしかないと説明し、自室に立ち寄り荷物を取って街の裏門から外に出る。


 街から見える森の手前に、二日と空けず使うからと組んだままの石かまどを置いていた。


 湯を沸かす鍋をフィルクに見てもらっている間に、翔太は目と鼻の先の森へと入る。


 森の奥には魔物と呼ばれるものもそれなりにいるが、街に近い場所ではすぐに駆除され滅多に見ない。こうして人が森の恵みを集めに入ることも少なくなかった。


「じゃ、始めますか」


 呟き、翔太は左手の革手袋を外す。その指先から袖に隠れる腕のあたりまで、一見打撲でもしたように皮膚の色が紫掛かっていた。


 見つけた細長い葉を左手で摘み取ると、触れた指先にピリピリと軽い痛みとも痺れとも取れる刺激を感じる。その刺激がしなくなるまで待ってから葉を袋に入れた。


 続けて枯れ木に生えている茶色い茸を手に取り、先程と同じく指先からのピリピリ感がなくなってから袋に入れる。


(……こっちは有名だし、今回は使えねぇかな)


 煮込んでしまえば気付かれないだろうが、フィルク相手に騙すようなことをしたくなかった。


 少々モヤモヤしながら、違う木に生えていた焦茶の茸や香草も採って無造作に放り込む。


 手早く採取をすませて戻ると、おそらく沸きすぎたのだろう、鍋はかまどから下ろされていた。


「おまたせ! すぐ――」

「その腕はっ?」


 およそ健康的に見えない左手に目を留めたフィルクが瞠目して言葉を遮る。


 驚きよりも心配が勝るその慌てように、翔太は自然と笑みが浮かべた。


(……やっぱ人がいいよな)


 同性からはスカしているとやっかみ混じりに囁かれることもあるくらい、ギルドで見掛けた時はあまり感情を表に出している素振りがなかったフィルク。

 誰に対しても市場でのあの態度だと思っていたことが、今になって申し訳ない。


「大丈夫。病気とか呪いとかじゃないから」

「……痛くはないのか?」

「全然。心配してくれてありがとな」


 そうかと安堵するフィルクはやはり今まで思っていたより年若く見えて。それだけ気を許してくれているのかもしれない相手に、やはり黙って使うことはできないと強く感じる。


 見知らぬ自分を助けてくれた礼とせめてもの詫びと親しみを見せてくれる喜びを、美味い食事で返すために。

 自分もフィルクへ正直に話すべきだと思った。





 調理を始める前に袋の中身をすべて出した翔太がフィルクを呼ぶ。


「これ、さっき採ってきたやつ」


 並んだものを目にしたフィルクがあっと小さく声をあげた。


「ショータ、このふたつは毒が……」

「知ってる。俺のスキル、無毒化なんだよ。それにはもう毒は残ってない」


 そう応え、まっすぐに紫の瞳を見据える。


「俺のこと信用してくれるなら、こっちの方が美味いから使いたいんだけど」

「そうなのか? それは楽しみだ」


 逸らされず、嬉しそうに細められる瞳。


 ――今度は翔太が瞠目する番だった。


 胡散臭がられるのをそれなりに覚悟しての言葉はただの日常会話とされただけでなく、あっさり受諾された。


 無条件に信頼される喜びといたたまれなさ。これまでの経験でその難しさと希有さを知るからこそ、年齢を重ねた分だけ強く感じる。


 しかし呆ける自分をフィルクがしたり顔で見返していることに気付き、翔太はすぐに嘆息で驚きを逃がした。


「……ありがたいけどさ、ちょっとは疑えって」


 照れ隠しついでにあまりに不用心なフィルクに告げるものの、フィルクの口角は下がらぬまま。


「これでも人を見る目には自信があるんだ」


 とどめとばかりにそうつけ加えられた。





 先にスープを作ると言って調理を始めた翔太。飲みながら待つかと聞かれたが断り、フィルクは作業をする翔太を見ていた。


 彼が己のスキルを明かしてまで毒草を使いたがった理由は、その方が美味しいから。


 今日会ったばかりの相手に食べさせるだけの料理なら、無難に作ったところで文句を言われるはずもない。それなのに、だ。


(やはり、か……)


 自分は人が腹の底に隠す悪意を気取ることに長けている。


 それを抜きにしても、市場で翔太に近付いた男たちにはあからさまな害意が見えた。いい大人の翔太なら自分でどうにかするだろうと思っていたのだが、疑う様子もなくついて行くので慌てて止めに入った。


 同行を申し出たのは早く助けなかった詫びの気持ちから。


 そして話すうちに、この男は信じていいと思えた。


 明確な理由などない、勘のようなもの。

 感じる悪意とは対極のこれは、この先の自分に大きな転機をもたらす相手に感じるもの。剣の師やギルド長に感じたそれを、翔太にも感じたのだ。


 だから自分は翔太を疑うようなことはしない。


 尤も己の感覚を抜きにしても、翔太は誠実で好ましい男だと思えた。





 仕上げたスープの鍋を火から下ろした翔太が、続けてレイモンから受け取った肉を出してくる。


 その様子を興味深げに覗き込んだフィルクは、ふと見慣れぬ肉に首を傾げた。


「なんの肉だ?」


 よく見る肉より濃い色の赤身を縁取るように白い脂身が沿う。下味をつけられているのだろう、細切りの野菜と共に漬け込まれていた。


「ワイルドボア。レイモンさんが解体してくれたんだけど、デカくてびびった」


 焼いた浅鍋に放り込まれ、ジュッと小気味いい音と湯気が上がる。


「解体って……ショータが仕留めたのか?」


 確かにこの森の奥の奥まで行けばワイルドボアも棲息しており、時折こちらまで迷い込む個体も出る。決して珍しい魔物ではなくギルドに討伐依頼が来ることもあるものの、大人の身長を軽く超える体躯の強烈な突進に、基本は複数人での討伐となる。


 それを、戦闘職ではなく魔法も使えない渡人が単身で討ち取ったというのか。


「採集してたら奥まで入っちゃってさ。弱ってたからなんとかなったよ」


 あっけらかんと言い切られるが。


(……なんとかなるもの、なのか……?)


 翔太はギルドに登録しているというが、スキルからすると回復職か後方支援だろう。動けないほど弱っていた個体にとどめを刺しただけということなら、あり得ない話ではないが――。


「素材とか食い切れねぇ分とか買い取ってもらえてさ。手持ちがあるうちに米やら買えたらって思ってるんだけど、なかなか見つかんねぇのな」


 食欲をそそる肉と脂の焼ける音と匂いに、調味料と香辛料の香ばしさが加わる。覗く鍋の中ではすっかり焼き色のついた肉が脂を跳ね上げていた。


 思わず凝視してしまい、もう少しだと笑われる。


(……まぁいいか)


 いい匂いに気が逸れたところで、フィルクはそれ以上考えることをやめた。


 どうやったのかを知ろうが知るまいが、翔太をどう思うかが変わるわけではないのだから――。





 肉とスープ、そして酒と買った食べ物と。

 豪華には程遠い食事だが、それでもフィルクは美味いと食べてくれた。


 なんの躊躇もなくスープをすする様子に、翔太は先に毒見しようかと言いかけた言葉を酒と一緒に呑み込む。


 手放しの信頼が嬉しくてたまらない。だがおそらく礼を言っても怪訝な顔をされるだけだろう。


「肉、レイモンさんが下味つけてくれたから美味いぞ」


 なので代わりにたくさん食えと勧める。


 柑橘と香味野菜でマリネされた肉は、野生味が落ち着き柔らかさが増していた。

 赤身の噛み応えと肉汁、とろりとした脂身の甘さ。霜降りではなくきれいに二層に分かれているからこそそれぞれを味わえる。


 肴として食べるために、スープはかなりの具沢山にした。肉にはない茸と野草の食感と、脂と香辛料の刺激を流すシンプルな味付け。どこにでもあるような味ではあるが、その分馴染みがありほっとする。


 酒も食事も会話の潤滑油となるのだろう、今日初めて言葉を交わしたふたり、お互い何を話しても知らぬことばかりで飽くこともない。

 片付けまで含めて楽しい時間を過ごし、帰路に就くこととなった。





 沈む日と訪れる夜が混濁する街並みは、暗くはないが薄く闇が覆うように鮮明さを落とす。ふたりは長い影を引きながらギルドへと歩いていた。


「本当に楽しかった。どうもありがとう」


 にこにこと上機嫌のフィルクに、それならよかったと翔太も笑う。


「まだ肉あまってるから、よけりゃ持って帰るか?」

「いや、それより――」


 はっと顔を上げたフィルクが翔太の腕を掴んだ。疑問の声を上げるよりも早く、翔太はフィルクの前へと引っ張られる。


 直後、パンっとフィルクの背中側で破裂音が鳴った。


「フィルクっ!」


 庇われたと気付いた翔太が衝撃によろめいたフィルクに手を伸ばす。身を預けることなく自力で踏み止まったフィルクは、そのまま翔太を背に隠すように振り向いた。


「五人だな。出て来い」


 低い声に、薄ら笑いを浮かべた男たちが姿を見せる。そのうちの三人は、市場で声を掛けてきた男たちだった。頭数を揃えて報復に来たのだろう。


「なんだよ、全然燃えねぇな。その服耐火ついてんのか」


 真ん中に立つリーダー格の男がニヤニヤしながらフィルクを見る。


「フィルク、怪我は――」

「大丈夫。下がってて」


 火系の魔術を受けたのか、フィルクの上着は燃えた松明でも叩きつけられたかのように煤けていた。幸い火傷はないようだが、破裂の衝撃がどの程度かは外から見てもわからない。


 翔太は迷わず左手の革手袋を外し、ポケットの中の石を握り込んだ。殻を割るイメージで指先に力を入れると、電気が奔るように石から何かが流れ始める。


 フィルクのうしろから飛び出しながら、一番手前の男へと石を投げつけた。


 夕闇の中残る日差しすら呑み込むような、深い紫黒色の石が宙を舞う。


 さほど勢いのないそれをあっさりとはたき落とし、男はフンと鼻を鳴らした。


「そんな石ころでどうし――」


 不自然に言葉が途切れた直後、男はがくりと膝をついた。





 何が起きたかわからず驚く男たちへと、何が起きるかわかっていた翔太は止まらずに突っ込む。


 まともに戦って勝つ力は自分にはない。だが――。


 左手を伸ばし、まだ動揺する左うしろの男の腕を掴んだ。振り払おうと腕を上げかけた男の動きが止まり、ぐっと呻いて口元を押さえる。


 次、と動かした視線の端を影がぎった。


 剣を抜きながら駆け出したフィルクがリーダー格の男の横を抜け、奥に立つ小柄な男の前に出る。


 自分のところに来るとは思っていなかったのだろう、慌てた男が手の平を向けるが、何もさせてもらえないままフィルクに柄で横殴りに吹っ飛ばされた。


「このっ……」

「終わりだよ」


 我に返ったリーダー格の男の腕を、距離を詰めていた翔太が紫の手で握りしめる。


「がっ……」


 泡を吹いて倒れる男の向こうで、フィルクが最後のひとりを昏倒させていた。


 訪れる静寂に、翔太はなんとかなったかと胸をなで下ろす。

 フィルクが庇ってくれなければ、自分は確実に怪我をしていただろう。


「ありがとうフィルク。すごいんだな」


 ふぅっと息を吐くフィルクへと賛辞の言葉を掛ける。


 何も説明していなかったのに、隙を逃さず畳み込んだ。短時間での決着は間違いなくその冷静さと判断力のお陰だろう。


 フィルクは翔太を見つめてから、呆れたように肩をすくめた。


「ショータこそ。一体何をしたんだ?」


 彼からすると不可解なことばかりだろうに、疑問の声には相変わらず怯えも畏怖もない。


「種明かしはあとでな。こいつら縛るの手伝ってくれよ」


 滲む嬉しさは押し隠し、落ちている白い石を拾い上げた翔太は男たちの拘束を始めた。





「要するにさ、俺のスキルは解毒じゃなくて無毒化ってことなんだよな」


 自警団へ男たちを引き渡したあとギルドに報告をすませ、翔太の勤めるギルド内の治癒院へと来たふたり。


 フィルクは魔力が弱く防御術を使えない分、日頃から耐火耐冷を施した装備を身に着けているため、熱傷はなく背中の軽い打撲ですんでいた。


 副院長のアーティに治癒術を掛けてもらっている間に、翔太は自身のスキルについて話し始める。


「違うのか?」

「解毒は毒を中和させて効果を打ち消しますが、無毒化は毒自体はそのままで効果だけなくなっている、ということですね」


 怪訝そうなフィルクに、アーティが言葉を足した。


「左手で触ると毒を取り込んで身体ん中に溜められる。溜めてる毒を出すこともできる。多分この状態だと無毒化してるってことなんだろうな」


 左の袖をまくり、肘の下辺りまで紫に変色した腕を見せる。


「その腕はスキルのせいだったんだな」

「そうそう。見ると驚くよな」


 フィルクが見せた安堵は、この腕が心配するような症状ではないとわかったからだろう。

 ありがたく思いながら、翔太は袖を下ろした。


「溜めた毒のどの効果が出るかは自分にもわかんねぇんだ。だから致死毒は溜めないように気をつけてる」


 あの五人のうち、翔太が触れたのはふたり。ひとりは嘔吐の症状、ひとりは意識を失った。


 取り込んだ順番に関係なく効果が変わるので、狙った症状を与えることができない。なので本当なら決めた毒だけを溜める方が使い勝手がいいとわかってはいるのだが。


(美味いんだもんなぁ……)


 本来なら食べられないものを食べることができる。


 嬉々として調理するレイモンの姿を思い出し、翔太は仕方ないかと笑った。





 あとは、とポケットから石を出してくる翔太。紫黒色の石四個と白い石一個をフィルクに見えるよう手の平に置いた。


「動く相手には使いづらいから、足止め用にこれを持ってる」


 見た目は宝石のように透き通るようでも光を通さないそれは、色は違えどフィルクにとっても見慣れたものだろう。


「……魔石か?」

「そう。でも魔力じゃなくて俺のスキルでしか使えない」


 魔術効果を溜め置く魔石は、作るにしろ使うにしろ多少なりとも魔力が必要となる。渡人である翔太に魔力は一切なく、本来なら魔石も使えない。


 溜め込んだ毒を放出できること、そして魔石に蓄えられることにアーティが気付いてくれたお陰である。

 溜めるだけ溜めた毒をどうすればいいかわからず、肌の色が肩まで変わってしまった時は本当に焦った。


「服とか毛皮越しに当たっただけでもある程度効果ないと使えないから、強めの麻痺毒だけを詰めてるんだ」


 身体能力はたいしたことのない翔太でも、足さえ止められればあとは縛るなり自分が触れるなりとどめを刺すなりできる。


「そうか、ワイルドボアもそうやって倒したのか」

「そういうこと。もちろん毒は抜いてるよ」


 男たちの毒も拘束したあと抜いておいたが、疲弊はしているはずなのですぐには動けないだろう。


「ほかに聞きたいことある?」


 見せて、と手を差し出すフィルクに魔石をひとつ渡して尋ねると、普通に首を振られた。


「聞きたいことがあればまた聞くし、あとは必要があるならその時に教えてくれればいい」


 興味深げに明かりにかざしたり握り込んだりしながら応えるフィルク。


 相変わらずのその様子に、翔太は力が抜けたような笑みを見せた。





 改めて話を聞きに来た自警団の聴取を終えた頃には夜になっていた。


 フィルクと別れて治癒院へと戻った翔太は、お疲れ様と迎えてくれたアーティに頭を下げる。


「面倒掛けてすみません」

「いえ。あなたたちが無事でよかったですよ」


 受付では話せない詳しい事情は、聴取の間にアーティがギルド長に通してくれていた。

 男たちは自分に何かされたと言うだろうが、どうにかごまかしてくれるだろう。


「それよりいいんですか?」


 静かに問われ、翔太は迷いなく頷く。


 ――こちらの世界への転移は国が関わるものだった。


 自分が喚ばれたその場には、同じように喚ばれた何人もの人がいた。

 扱いこそ丁寧ではあったが、質問にはほとんど答えてもらえないまま。どんなスキルを得たのか調べられたあと、金を渡され放出された。


 場にいた人数より出された人数の方が少なかったことから、有用なスキルを得た渡人を国が囲い込むために行われているのかもしれない、とはギルド長の言葉。実際周辺国との関係はあまりよろしくないらしい。


 翔太のスキルは単なる解毒効果だと思われたのだろうが、実際は暗殺向きのスキル。国に見つかれば間違いなく連れ戻されるだろう。


 だからこそ、スキルのことは極力知られない方がいい。

 それは翔太も理解していた。


 しかし――。


「……あいつは大丈夫だよ」


 信じてもらうことの難しさは、苦しいくらいよく知っている。

 信じ続けることの難しさも、身に沁みてわかっている。


 だからこそ感じる、フィルクの異質さ。


「だって、アーティさんも聞いただろ? あいつ、『ああわかった』って。ひと言なんだもんな」


 スキルのことを黙っていてくれるよう頼んだ自分に、返ってきたのは疑心のかけらもない即答。


「なんか、疑うの馬鹿らしくてさ」

「そうですね。見かけと評判によらず純朴な青年のようで」


 言い方、と苦笑する翔太。


「それにさ、あいつはなんの説明もしてない俺のこと信じてくれたんだよ。だったら俺だって信じたいって思うだろ」


 まるで自分に言い聞かせるような言葉に、アーティは楽しそうにその翠の瞳を細める。


「どうやら理由の方が後付けのようですね」

「仕方ないだろ、なんかもう疑えねぇんだから」


 素直に認め、翔太は笑みから苦さを消した。





 翌日、フィルクが治癒院を訪れた。


 どこか年若く見える笑顔のまま、翔太に礼を言う。


「ありがとう、ショータ。背中ももうなんともない」

「治したのアーティさんだからな。抜かりないって」


 副院長という肩書ではあるが、お飾りの院長とは違い腕も一流のアーティのこと。万が一にも癒し残しはないだろう。


 頷いてから、言葉を探すように視線をさまよわせたあと、それでとフィルクが呟く。


「何か礼をと思うんだが……」

「助けてもらったのは俺の方だから。礼なんていいよ」


 元はといえば自分を助けてくれたのが発端。礼をされることではない。


「……そう、か……」


 浮かぶあからさまな落胆は、フィルクが何を考えていたのかが透けて見えるようで。


 自然と綻ぶ口元。


 自分と同じようなものを、フィルクも感じてくれているのかもしれない。


 嬉しい気持ちに素直に従い、翔太はそれはそうと、と続ける。


「仕事終わったら夕飯また昨日のところで作るけど、食べに来るか?」


 一瞬呆けて見返したフィルクが、ふっと表情を崩した。


「もちろん!」


 嬉しそうに笑い返すフィルクに。

 なんだかこいつとは長い付き合いになるかもしれないと、そう感じた。

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紫腕の渡人 古都池 鴨 @kamo-to-moka

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