神は今日も雨を作る

柊ひらき

神は今日も雨を作る

 また雨ができてしまった。


 晴れを作れ、と指示されて、投入したは完全に晴れの材料だったにもかかわらず、生まれたのは雨である。

 雨は、目の前にある天気を練るための皿のうえで、元気に水滴をまき散らしている。


 大きくため息をつく。また上司に怒られてしまう。


 この前は雪を作ろうとして氷を加えたはずなのに、なぜか雨になってしまった。周りの天津神たちの困惑した顔が、頭に張り付いてる。そもそもその時の気温は、中つ国から出張で来ているフユキヌさんが低く設定してあったにもかかわらず、なぜか出来上がったのは雪ではなく雨だったのだ。


「タカオ……。またお前はやったの」


 しん、とした部屋に、心底呆れたような声が響いて、体がびくりと反応する。

 スサさんの目からは、どんな失敗も逃れられない。


「すみません。またやっちゃいました」

「すみませんじゃなくて。なんで? 材料を間違ったわけ?」


 上司……スサさんの言葉は辛い。

 何度もぼくの失敗を見てきたので、その感情はすっかり『怒る』を通り越して『呆れる』になってしまったのだろう。


「いや、は合っているんです。でも、なぜかできたのは雨なんです」

「うーん……」


 スサさんがぼくの机まで来る。流石に椅子に座りっぱなしなのは無礼だろうと、立ち上がった。

 目の前の皿のうえには、相変わらず元気に水滴を落としている雨がいる。スサさんはその雨の芯をまじまじと見つめると、太い指でつん、とつついた。雨はその神力に耐えられず、ぱっと霧散していく。ぴちゃ、と断末魔を上げて、雨は無くなった。


「これは、もう心理的なものかもねぇ」

「心理、ですか」


 スサさんは、こう言いたいらしい。

 どんなを使っても、ぼくが雨を量産してしまうのは、ぼくの心に瑕疵があるから、だと。

 天気を作ることそのものは簡単なことだ。高天原に生える天気の素を集めて調合すればいい。

 でも、もし天気を作るぼくたち天津神の心に傷があると、傷の具合に基づいた天気しか作れないのだ。

 ぼくは、へにゃりと愛想笑いを浮かべる。


「カネさんのところに行って、心理談話してきたほうがいいでしょうか?」

「うん、そうして」


 ぼくが言ったのは冗談だ。でも、スサさんにとっては冗談ではなかったらしい。大真面目な顔をして、ぼくの言ったことを肯定した。

 

「今日の昼休みにカネさんのところへ行ってきて。結果を報告すること。いいね」

「……はい」


 ぼくの昼休みは無くなることが確定した。


***


 カネさんはとても頭がいいうえに、神たちの心理に詳しい。何か悩み事がある神々は、みんなカネさんのところへ行くようになっているが、ぼくは行ったことがない。

 ぼくは仕事以外の悩みがない。周りの神々からは『羨ましいねー』と言われるが、その心中はお察しください、である。きっと馬鹿にされているだろう。


 重い足取りで雲の廊下を歩いて、カネさんの部屋につく。引き戸を開けると、雲に座ってくつろいでいるカネさんがいた。


「あらあら、タカオさんじゃない。久しぶりね、入神審査以来じゃない」

「ぼくの名前と顔を覚えてくださったんですか」

「私は天津神みんなの顔を覚えているわよー」


 カネさんはケラケラと笑った。ぼくがカネさんの顔を見たのは、天津神として採用されるために受験した入神審査以来のことだった。

 入神審査前、ぼくは死霊だった。死霊になる前のことはよく覚えていないが、どうせ冥府あたりでうろついていたのだろう。とにかく、死霊でいるのには嫌気がさしたので、入神審査を受けて、天津神として働くことにしたのだ。


「カネさん、ぼく、仕事で失敗ばかりしているんです。どんな天気を作ろうとしても、雨になってしまうんですよ」

「そうなの? まぁ座って」


 カネさんが木の椅子をすすめてくれたので、着席する。雲の椅子をすすめてくれなくてよかった、と思った。ぼくが座ると、せっかく乾いている雲が湿気を帯びて部屋を濡らしてしまうのでは、と恐れたからだ。


「上司は、ぼくの心になにか原因があると言うんです。その結果を報告しろ、と」

「はぁー……。なるほどね。天気を作ることは、心理状態に大きく影響されるからねぇ」

「ぼくの心に、なにか異常があるんでしょうか?」


 カネさんが、ぼくの顔をしげしげと見つめる。なんだか気恥ずかしさで、思わず顔を逸らしてしまう。


「そうねぇ、あなた、死霊だったでしょ」

「はい」

「死霊になる前に、なにかあったのかもね」

「前に、ですか?」


 そんなこと言われても、以前のことは覚えていないのだ。ぼくは気づいたら死霊だったし、自分に死霊になる前の時代があったことなど、夢にも思ったことがない。


「それで、ぼくはどうすればいいんですか?」

「うーん、休神しても解決しないわねぇ。死霊になる前に何があったのか、探し出さないと」

「そ、そんな……。ぼく本神だって覚えていないんですよ?」

「でもねぇ、多分あなたの自己同一性の問題よ」


 自己同一性と言われても、何もできない。ぼくは気づいたときにはぼくだったし、何か起源があるとは思えない。


「上司に『自己同一性の問題です』って報告しろと? そんな業務報告できませんよ」

「でも、そうとしか考えられないもの」


 カネさんが肩をすくめる。ふくらんでいるカネさんの体は、どこからどこまでが肩なのか分からないが、ぼくには彼女が『私ではお手上げです』と体で示したように見えた。


 もう、話しても無駄だ、と思った。


「……わかりました。そう報告します」


 椅子から立ち上がり、踵をかえして引き戸に手をかける。


「そうねぇ、きっと解決は難しいわ。転神もおすすめよ」


 まるで些事、というようなカネさんの気楽な言葉に、ぼくは怒りを覚えた。しかし、カネさんに怒っても仕方がない、と理性が打ち勝った。

 おそらく、ぼくの特質が湿気ているのだろう。そう思うと、転神しかないのかもしれない。だが、他の職場で神が務まるとも思えない。

 ぼくはそんなことをぐるぐると考えながら、スサさんに報告することにした。


***


 スサさんに報告した結果、ぼくは絶望的な気持ちになった。なぜなら、『今度失敗したら、ここからは出ていってもらう』と、はっきり言われてしまったからである。

 

 ぼくはここ以外で働いたことがない。だから転神なんて無理だ。

 ここを追い出されたら、ぼくは死霊に逆戻りで、ただのさまよえるものどもになってしまう。

 そうなると、あの暗い冥府に行くしかないのだ。


 ぼくは、いったん仕事を休むことになった。

 七日間の休みだ。この七日間で自神の問題と向き合え、ということなのだろう。

 カネさんの部屋に通ったり瞑想したりしたが、自分の何が問題なのか、知ることはできなかった。

 そうして手を尽くした結果、もうどんよりとした気持ちで、自室で寝ころんでいる。


「どうしよう」


 呟くが、答えが見つかるわけではない。

 いや、答えは最初からあったのかもしれない。今の職場から退く、という答えが、最初から示されていたのかもしれない。

 目をつむる。短いため息をつく。


「……わかった。わかったよ」


 頭の中で、ぼくを急いているもう一柱のぼくに返事をする。寝ころんだまま、ずりずりと天話機を取り、職場の番号を入力する。


 ――ピロー。


「うわ!」


 予想外の音が鳴る。天話機からの通知音だ。液晶を見ると、職場の番号からだった。ぼくは自分の決心が無駄になったことをもったいなく思いながらも、あちらから決断をしてくれたことを少しだけありがたく感じ、天話に出る。


「はい」

『元気か? タカオ、お前の雨が必要になったんだ』

「え、ぼくの雨ですか」

『ああ、お前の雨じゃないと駄目らしい。明日から来てくれるか。細かい説明は来てからだ』

「はい。わかりました」

『ああ、じゃあ明日な』


 なんだか知らないが、ぼくの作る雨じゃないといけないらしい。

 こんなこと、今まで経験したことがない。『ぼくじゃないと駄目』か。こんなにうきうきとしたことはない。こんなに魅力的な言葉を聞いたのは初めてだ。


「ふふ……」


 横にごろんと体を傾けて、にやにやとしてしまう。正気に返り、食事をするべく立ち上がった。


***


 職場に行ったぼくを待っていたのは、スサさんの困惑した顔だった。

 同僚である神々の視線は気になったものの、上司からの直々の指示なので、異論を唱えるわけにはいかないのだろう。

 舌打ちもくらいはあるだろうと悪いほうの期待はあったが、それも無かった。

 

 そんな状況にちょっと浮ついてしまい、スサさんの顔を得意げに見つめる。

 ぼくの態度を咎めることなく、スサさんは無表情で仕事の説明をしてくれた。


「中つ国の国津神からの注文でね、なんだかとした雨が欲しいんだと」

「しっとりですが……。雨はみんなしっとりしていると思いますが」


 スサさんの説明に、ぼくはもやもやとした気持ちになった。としている雨とは?

 雨はみんなしっとりとした水分を含んでいるのに。


「なんでぼくの雨じゃないと駄目なんですか?」

「きみはいつも雨を作ってしまうだろう。だから、間違いないと思ってね」

「……なるほど」


 心外だが、なるほどスサさんの言う事は納得いった。

 ぼくは晴れのを使っても、雪のを使っても雨を作ってしまう。そんなやつの作る雨は、特別に水分を含んでいるだろう、ということだろう。

 ぼくの心に瑕疵、つまり傷がある――。こんな負の状態が、有利に働くことがあろうとは。


「……ちなみに、雨を注文した理由は?」

「中つ国が渇いているんだってさ。ええと、干ばつってやつ」

「それは大変ですね。でも、最近中つ国から雨の注文なかったんですか? 干ばつになる前に……」

「ああ、きみいなかったからね。六日間だろ? ここでは六日間でも、中つ国では二ヶ月間経ったことになるからねぇ」

「ああ……」


 ぼくがいなかったからか、雨を作ってしまう神がいなかったらしい。大変なことだ。

 それは、ぼくはこの職場にとって必要な存在という証になるのではないか?

 今までの失敗は、中つ国にとっては不可欠だったのだ。


「急いで作ります。ええと……」

「じゃあ頼んだよ。いつものように雨を作ってね」


 ひらひらと手を振って、スサさんは自分の机に戻ってしまった。この仕事に私情を挟むのは厳禁なのだが、つい中つ国の干ばつに思いを馳せてしまう。

 中つ国の生き物たちは、苦しんでいるのだろう。口から摂取する水が無いのはもちろん、水分不足は農作にも深刻な影響を及ぼす。どんよりとした気持ちになって、ぼくは雨のを取りに行った。おそらく、どんなを使っても雨を作れるだろうが。


 自分の椅子に戻って、皿に今朝取れたての新鮮な雨のを放り込む。

 ごりごりと練っていくうちに、水分が出てきた。この水分を炎であぶれば、雨の完成である。


 それにしても、なぜぼくはこんなにとしているのだろうか。

 水分を火炎壺に移しながら、ぼんやりと思案にふける。

 炎にあぶられている雨の素をじっと見つめると、ぴんちゃんぴんちゃんと音を立てている。

 造成されていく雨は、ぼくの予想以上に大きい雨へ変わりそうだった。


 もくもくと雨が膨らんでいく。


「やば」


 思わず、声が出る。

 となりで晴れを造成している同僚が、ぼくの声に反応して顔を上げたのが見えたが、それを気にする暇はない。

 雨はどんどん大きくなり、火炎壺からあふれそうだ。

 急いで炎を消した。消したが、間に合わない。


「う、うわ」


 少し考えたら当然だった。

 とした心理状態のぼくが、水分を特別に含んだ雨を作ろうとしたのだ。水分過剰になるのが普通である。

 雨はどんどん膨らみ、この部屋の天井まで広がって――。


「こら! これはどうしたことだ!」

「タカオさん、何をしているんですか!?」


 スサさんをはじめとした、同僚たちの驚きの声。

 ぴんちゃんぴんちゃんという可愛い音ではない。ざー、ざー、と大きな音を立てて、部屋のなかを豪雨が降り出した。


 これは、首になること間違いない。

 窮地どころではなく、致命的なことをしてしまった。


「あ、わぁ、あ……」


 ぼくはもうどうしたらいいのかわからなくて、その場で頭を抱えて突っ立ってるしかなかった。


 ざぁざぁと大きな雨粒が絶え間なく降り、視界を占拠してしまう。

 他の神たちの悲鳴が聞こえているが、姿が見えない。

 大雨の世界に、ぼくひとりしかいないような気がした。


 どうしようもない失敗をしてしまったので、とても心細く感じた。

 誰かにすがりたい。どうして、ぼくはこんなに失敗ばかりしてしまうのか?


「……おかあさん」


 口をついて出たのは、母を求める言葉。

 おかしいな。ぼくは死霊だったから、母なんていないはずだ。


 不思議に思って目を凝らすと、大雨のなか、目の前に人間が立っている。

 ここは下界じゃない。ありえない。

 ありえないのに、その存在がとても懐かしく感じた。


 同僚の神たちの声は、もはや聞こえない。

 その代わり、ぼくをよく世話してくれたおばさんや友達が騒いでいる声が聞こえてきた。


 そうだ、ぼくは土砂降りのなか、小学校から下校していたのだ。

 帰る途中で、仕事帰りのおかあさんと偶然会って、心をときめかせながら横断歩道を歩いていたんだ。


「たかちゃん! 大丈夫!? しっかり!」

「大丈夫だよ! すぐに救急車がくるからね」


 お腹が熱い。熱い液体が体のなかから飛び出たようだ。

 手を当てると、血がたくさん出ている。

 そうだ、ぼくは、信号無視のトラックに轢き逃げされたんだ。


「……あ、いたい。いたい、よ」


 急に腹痛がする。頭はぼんやりとして、よく見えないが周りに知った顔が並んでいる。

 みんな、ぼくを心配している。それがとても痛ましくて、嫌だった。


 一番嫌だったのは、そのなかにおかあさんがいたことだ。

 おかあさんは、今まで見たことがない顔だった。


 おかあさん、そんな顔をしないで。

 ぼくは、平気だよ。痛くないよ。

 

 そこで、意識が無くなった。


***


「……おかあさん」

「おかあさんじゃないわよ」

 

 厳しい言葉にうたれて、目が覚めた。カネさんだ。

 知っている部屋の天井が見える。ぼくを見下ろしている部屋の主の顔も見えた。


「気がついたわね。あなた、気を失ってここに運びこまれたのよ」

「……すみません、お手間をおかけしました」


 呆れたように、カネさんはぼくに言葉をかけてくれた。その言いぶりは至極当然だ。たぶん、あの部屋を水浸しにしたことがある神は、後にも先にもぼくだけだろう。

 頭がズキズキするが、気分は爽快だった。

 胸の中にいつもあった、あのとした塊は消えてしまったようで。


「あなた、首だそうよ。転神、うまくいくといいわねぇ」


 ぼくが想像したとおりの単語だ。

 それはそうだろう。職場をめちゃくちゃにしたのだ。

 賠償請求がこの場で無いのが不思議なくらいだ。


「カネさん、聞きたいことがあるんですけど」

「なぁに?」


 起き上がらずに、心の中の衝動に任せて言った。

 見下ろしてくるカネさんの言葉の調子は、さっきから変わらない。心底、ぼくに呆れているのだ。

 様々な神を診てきたカネさんがそんな感情を抱くくらい、ぼくはとんでもない存在らしい。


「下界で転職したいんですけど、可能でしょうか?」


 だが、カネさんのそんな評価はもうどうでもよかった。

 ぼくが死霊になったことで、とても悲しんでいる人間がいる。その人に謝らなければいけない。

 

 おかあさんだ。

 おかあさんに会って、謝りたい。ひとりで逝ってしまってごめんなさい、と。


「……まあ、できなくはないけど」


 カネさんは、さっきとは違う曇った顔で答えてくれた。

 そんな暗い表情とは裏腹に、ぼくの心は躍った。


「ありがとうございます。手続きとか、してくれますか?」

「後悔するんじゃないよ。下界に降りたら、なかなかここには戻ってこれないからね。また死霊からやり直しよ?」

「いいんです。ぼくがやるべきこと、ここではできませんから」


 ぼくがやるべきことは、もう決まっている。

 下界行きの書類を書くために、清々しくもはやる気持ちで起き上がった。


 (了)

 

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