二度目の人生は、白衣の中で

@yamatokawatoumi

第一章 幕切れと始まり

第1話 ぬかるみの幕切れ

 人生を色に例えるなら、私のは間違いなく、雨に濡れて光を失ったアスファルトのような灰色だった。


 三十八歳、独身。中堅建材メーカーの営業職。


 私の日常は、数字という名の形のない暴力に追われ、頭を下げることで辛うじて明日の飯を食い繋ぐだけの、ぬかるみのような日々だった。


 「誠意を見せろ」と理不尽に怒鳴り散らす取引先に、心の中で謝罪の定型文を唱えながら膝を突き、冷たい床に額を擦りつける。会社に戻れば、上司からは「お前の代わりなどいくらでもいる」「数字を上げられない無能に発言権はない」と、壊れた機械を切り捨てるような冷徹な言葉を浴びせられる。


 朝は誰よりも早く出社し、虚空に向かってテレアポを繰り返す。受話器を握る指先は常に強張り、夜は接待という名の泥酔と深夜残業。定時で軽やかに退勤していく事務職の同僚たちの背中を、羨望と僅かな毒を含んだ目で見送るのが、私のいつものルーティンだった。彼らの歩く道には、きっと明日への希望がある。だが、私の歩く道には、ただ昨日より少し深くなった絶望が溜まっているだけだった。


 あの日も、最悪の夜だった。数ヶ月かけて積み上げた大型契約を、競合他社に僅かな差で奪われた。深夜まで及んだ詰問のような反省会のあと。冷たい秋の雨が降る中、私はネクタイを緩める気力すらなく、街灯の下をふらふらと歩いていた。


 手には、コンビニで買った一番安い安酒と、レンジで温めすぎて端が硬くなった弁当。水たまりに映った自分の顔は、泥のように濁り、生気を失っていた。どこの誰だか分からない、社会の歯車にさえなれなかった亡霊の影。


(……何のために、こんなに必死に這いつくばってるんだろうな。俺がいなくなったところで、誰も困らない。世界は何一つ変わらずに回っていくのに)


 その自嘲が喉の奥で形を成した瞬間、胸の奥を巨大な杭で打ち抜かれたような、凄まじい衝撃が走った。熱い。心臓が、限界を超えて高回転し続けたエンジンさながらに悲鳴を上げている。視界が急速に狭まり、光の粒子が火花のように飛び散った。


「あ、が……」


 アスファルトに倒れ込む。硬い地面の感触が頬に伝わる。指先から滑り落ちたコンビニの袋から、安酒がこぼれ、雨水と混ざり合う。最期の瞬間に頭をよぎったのは、故郷の家族の顔でも、かつて愛した人の記憶でもなかった。


(……明日、あのクレーム、誰が謝りに行くんだろう。……ま、いいか……もう、疲れたんだ……)


 私の三十八年間を象徴するような、あまりにもちっぽけで、救いのない幕切れ。  私は、そのまま深い、光の届かない底なしの静寂へと沈んでいった。

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