最弱ヒーラー、王都を守る

塩塚 和人

第1話 ルンバ村の少年は、まだ自分を知らない




ルンバ村は、山と森に囲まれた

小さな集落だった。


王国の地図を広げても、

名前が小さく書かれる程度の場所で、

旅人が立ち寄ることもほとんどない。


だが、アレンにとっては

世界のすべてがここだった。




「……大丈夫。

 もうすぐ、楽になるよ」


アレンはそう言って、

寝台に横たわる老人の手を取った。


細くなった指先は、

長年の畑仕事で固く、

それでも今は力が入っていない。




「ヒール」


小さく呟くと、

淡い光がアレンの掌から

ゆっくりと広がっていく。


温かい光が、

老人の胸元へと染み込むように

流れ込んだ。




老人の荒かった呼吸が、

少しずつ落ち着いていく。


それを見て、

周囲で見守っていた村人たちが

ほっと息を吐いた。




「助かった……

 ありがとう、アレン」


老人はかすれた声で言った。


アレンは首を振る。


「ううん。

 まだ、完全じゃないから。

 今日は無理しないで」




そう言いながらも、

胸の奥に小さな疲労を感じていた。


回復魔法は、

魔力を消費する。


それを使えるのは誇らしいが、

何度も続ければ身体は重くなる。




アレンは十三歳。


村では、

少し早熟な子どもとして

見られていた。




父はいない。


物心ついたころには、

すでにこの世にはおらず、

母も数年前に病で亡くなった。




それでも、

アレンは泣かなかった。


泣いても、

誰かが代わりに生きてくれる

わけではないからだ。




村の治療役だった老婆に

回復魔法を教わり、

今はその役目を引き継いでいる。


それが、

アレンの居場所だった。




「今日もありがとうね」


老人の妻が頭を下げる。


アレンは少し照れたように、

小さく笑った。


「うん。

 また、様子を見に来るよ」




外に出ると、

夕暮れの風が頬を撫でた。


土と草の匂い。

遠くで鳴く鳥の声。


すべてが、

アレンには馴染み深い。




だが――


胸の奥には、

説明できない違和感があった。




「……なんでだろ」


村を歩きながら、

アレンは呟く。




同じ回復魔法を使っているのに、

自分が治した人は、

回復がやけに早い。


傷の塞がりも、

熱の下がり方も、

教わった通り以上だった。




老婆は、

こう言っていた。


「お前は、

 回復魔法の才能があるんだよ」




だが、

それだけでは説明がつかない。


才能、という言葉で

片づけるには、

あまりにも違いが大きい。




その日も、

村の広場では人が倒れていた。


最近流行っている、

原因不明の病だ。




「次は俺だ……

 頼む、アレン」


青年が苦しそうに言う。


アレンは黙って頷き、

手をかざした。




「ヒール」


光が広がる。


すると――




「……あれ?」


周囲の誰かが声を上げた。




青年は、

ゆっくりと上体を起こし、

自分の腕を見ている。


「力が……戻ってる?」




立ち上がり、

その場で何度か足踏みする。


さっきまでの衰弱が、

嘘のようだった。




「……すごい」


誰かが、

ぽつりと呟いた。




アレンは、

胸がざわつくのを感じた。


回復しただけじゃない。


明らかに、

体力そのものが

底上げされている。




「……おかしい」


自分の魔法を、

アレン自身が一番疑っていた。




その夜、

村長に呼ばれた。




「アレン。

 お前に、話がある」


村長は、

珍しく真剣な顔をしていた。




「このまま村に

 いてもいい。

 だが――」


そこで一度、

言葉を切る。




「お前の力は、

 ここだけで使うには

 大きすぎるかもしれん」




アレンは、

驚いて目を見開いた。


「……どういうこと?」




「ガルド王国に、

 冒険者ギルドがある。

 そこへ行ってみないか」




冒険者。


その言葉は、

アレンにとって

遠い世界のものだった。




魔物と戦い、

依頼をこなし、

王国を巡る人たち。




「ぼくは……

 戦えないよ」


アレンは正直に言った。


「回復魔法しか、

 使えない」




村長は、

穏やかに笑った。


「それでもいい。

 いや……

 それだからこそ、だ」




その夜、

アレンは眠れなかった。




村を出る。


その言葉が、

頭の中で何度も

反響する。




怖くないわけがない。


だが、

胸の奥で

何かが灯っていた。




「もっと……

 知りたい」


自分の力の正体を。




そして数日後。


アレンは、

小さな荷物を背負い、

村の入口に立っていた。




「気をつけてね」


「無理するんじゃないよ」


村人たちが、

口々に声をかける。




アレンは、

深く頭を下げた。


「行ってきます」




その一歩が、

彼の運命を変えることを、

まだ知らない。




回復しかできないと

思っていた少年は、


やがて――


誰も倒れさせない存在へと

成長していく。

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