苺ロールケーキは明太子の味
雅枝恭幸
苺ロールケーキは明太子の味
◇
「ねえ、ねえってば」
知夏はコタツに向かい合わせで座る奈緒へ呼びかけた。
奈緒は黒色の前髪が瞼にかかるのも気にせず、文庫を読むのに集中していて、呼びかけにも応えてくれない。
でも本を読みながらでも奈緒の耳へ知夏の声が届いているのはわかっている。
知夏と奈緒は幼稚園からずっと同じ学校に通い、今の高校でも同じクラスで幼馴染の親友どうしだから。
知夏はカチューシャで留めたモカブラウンの前髪が、額にかかるのを指で掻きあげながら、ロールケーキをフォークに刺して口に入れる。
「このロールケーキ、明太子の味がするよ」
知夏はスーパーで買ってきた【あまおう苺風味ロールケーキ】を食べながら思ったことを口にした。
「そんなわけないでしょう」
奈緒は読みかけの文庫に栞を挟むと、自分の目の前のロールケーキの端をフォークで切って一口だけ食べた。
「うーん……言われてみれば、たしかにそんな感じの味は微かにするね」
「でしょ」
知夏は目を輝かせた。やっぱり奈緒。私の味覚にも共感してくれる。
しかし奈緒は首を傾げた。
「でもこれは明太子の味じゃなくて【明太子っぽい味】だよ」
「ぽい味って……」
納得がいかない知夏へ奈緒は説明してくれる。
「明太子自体の味ではなくて、明太子を想起させる【隠し味的な何か】を感じられるってことよ」
「隠し味かぁ。たしかに言われてみればそうかも」
知夏はうなずき、もう一口食べてみる。
「これって甘いはずのロールケーキが、ほんのちょっとだけ辛いんだよね」
奈緒ももう一口食べる。
「そうね、微かに舌にピリっと感じるわ。9V電池を舐めたときの百分の一くらいの辛さかな」
知夏は呆れた。
「9V電池は舐めたことないし、その喩えはわからないよ」
奈緒は心外とばかりに反論する。
「えーっ、ギターのコンパクトエフェクターに9V電池は必須でしょう。中学の頃にネットで見て、試しに私もって舐めてみたことあるんだけど。知夏はしたことないの?」
知夏と奈緒は中学二年のときから一緒にバンドを組んでいる。
奈緒はエレキギター担当で、知夏はベース担当。他の楽器パートも今の同じ高校のクラスの子だ。
知夏と奈緒だけは中学からずっと一緒のバンドを続けているけれど、奈緒がそんな奇行に及んでいたとは知らなかった。
「奈緒がエフェクターの電池を舐める感覚は、私には理解できないよ」
長年の親友どうしでも、まだまだ知らないことがあると意外に思いつつ、気を取り直す。
「9V電池の味はさておき本題に戻ろうよ。このロールケーキは、なぜ【明太子ぽい味】を想起させるのかな?」
奈緒はコタツの上に置いたままのロールケーキのビニール包装を手にとる。
「添加物に要因があるのかも?」
知夏も奈緒の手元の包装へ目を向ける。
奈緒が原材料表記を読み上げた。
「ホイップクリーム(乳成分を含む)(国内製造)、液卵、小麦粉、砂糖、ストロベリーソース(砂糖、還元水あめ、水あめ、ストロベリー濃縮果汁)、水あめ、牛乳、加工油脂、レモン果汁、食塩/ソルビット、乳化剤(大豆由来)、香料(乳由来)、着色料(クチナシ、アントシアニン、紅麹、カロチノイド)、酸味料、膨張剤、増粘剤(増粘剤多糖類、加工でん粉)、トレハロース、ホエイソルト(乳由来)」
知夏は目についた点を挙げてみる。
「水あめって項目が多いよね」
奈緒はかぶりを振る。
「でも水あめなら甘いでしょう」
知夏は落胆する。
「そうだね……」
奈緒は原材料項目に目を戻す。
「着色料が関係あるのかも?」
知夏は首を傾げる。
「着色料?」
奈緒がうなずく。
「そうよ。かき氷って苺味・レモン味・メロン味などあるけど、実はどの味も同じだって聞いたことあるでしょ。あれと同じ感覚なのかもしれないわ」
知夏は両手をパンと軽く叩く。
「ああ、どのシロップも色が違うけれど、実はどれも同じ味で、色の違いの錯覚で食べたときの味覚まで騙されるって話だったっけ」
奈緒はうなずく。
「それとシロップには香料も入ってるでしょう。香料はそれぞれの味によって、苺風・レモン風・メロン風の匂いがするから、嗅覚で味の違いを錯覚するというのもあるそうよ」
「そっか……ちょっとそれ貸して」
知夏は奈緒から包装を受け取ると原材料表記を読み上げた。
「香料は乳由来かぁ。明太子のイメージはないよね。着色料はクチナシ、アントシアニン、紅麹、カロチノイド……紅麹って、どんな味なんだろうね」
奈緒がスマホ検索して読み上げる。
「赤色の色素として使われていて発酵することで甘みや旨味を増すそうよ」
知夏は首を傾げる。
「甘みは違うよね。でも発酵と旨味かぁ……」
知夏と奈緒はロールケーキを再び口にした。
奈緒がうなずく。
「うん。明太子も発酵のイメージはあるけれど。このロールケーキも甘さとは別に旨味調味料的な味もたしかに感じるね」
知夏もうなずく。
「そうそう、おかずとかに振りかけるアレね……たしかにあの味も少し感じるかも」
奈緒は左手の人差し指を顎にそえて悩む。
「でもこの微かなピリって感じは何由来なんでしょうね」
知夏も奈緒と同じ仕草をして考える。
「着色料のクチナシって、どんな味なのかな?」
奈緒がスマホ検索する。
「漢方薬にもなるそうね。苦味がほのかにあるそうだけれど、味をほとんど感じないので食品の着色料にもよく使われているそうね」
「漢方薬と苦味かぁ……」
知夏は首を傾げる。
「このロールケーキの味とは、ちょっと違う方向かな」
奈緒もうなずく。
「そうね……」
知夏はロールケーキではなく明太子を検索してみる。
「明太子は無着色タイプのが多いのかぁ。着色タイプのも見てみると……着色料は、このロールケーキのとは被ってないよね。赤色の着色料には虫が原料のもあるそうだけど……虫が原料ってなんだか怖いね」
奈緒も検索する。
「虫が原料というと……カイガラムシ、エンジムシなどから抽出されるコチニール色素ね。でもこのロールケーキには使われていないわね」
知夏は【虫】【着色料】のことが気になって検索を続けた。
「えーっ、抹茶味の食べ物の緑色には【蚕の糞】が使われているのもあるんだって」
奈緒も検索結果をスクロールする。
「最近はちゃんと【抹茶】だけを使っているのも多いみたいだけれど、昔のお菓子などにはよくあったみたいね」
知夏は画面をスクロールして驚いた。
「えーっ、今は蚕の糞をそのままフィーチャーしたお菓子もたくさんあるよ」
奈緒は知夏が見せた画面を覗き込む。
「みたいね……逆転の発想よね。隠すよりもそれを表に出すという。元々は漢方薬にも使われていたそうだから身体に悪くはなさそうなイメージね」
知夏は首をプルプルと振る。
「私はやっぱり虫は苦手だなぁ……そうそう明太子を検索してたんだった」
知夏は気を取り直して本題へ戻る。
奈緒がひと足先に検索結果を読みあげる。
「明太子の作り方は……タラの卵を塩漬けするそうね」
知夏は思いつく。
「塩漬けということは……食塩か!」
奈緒は包装を見返す。
「そうね、食塩も入っているわね」
知夏はコタツから出て、キッチンへ食塩を取りにいく。
ここは一人暮らしをしている奈緒の部屋だ。居間の広さは八畳。いまどき珍しい畳敷きの部屋だ。
その部屋の真ん中に食卓を兼ねるコタツが置いてある。
高校生の女子なのに畳敷きの部屋にコタツなんて……と、奈緒が一人暮らしを始めて初めて訪れたときに知夏は思ったけれど。
こうしてコタツ生活に慣れると、なかなか居心地が良い。
知夏は高校へも実家から通っているけれど、暇があれば奈緒の部屋に来てはコタツに入って喋りあっている。
知夏にはこの部屋も勝手知ったる何とかで、食塩の小瓶と、陶器の小皿一枚を手に取ってコタツへ戻る。
コタツの上に置いた小皿に、食塩の小瓶をサッと振りかけて、人差し指につけて、ちょっと舐めてみた。
「うーん、この味は近いかも」
そういえば塩って直接舐めたことないかも……と知夏は思い起こす。
奈緒も食塩の粒を人差し指につけて舐める。
「うん、しょっぱいね。でもこれだけじゃ明太子ぽくないね。やっぱり旨味調味料的な味も関係あるのかもしれないわ」
知夏もうなずく。
「やっぱりそっか……じゃ、あれも試すしかないか」
知夏はコタツから出て、またキッチンへ向かった。
今度は旨味調味料の小瓶を手に取って戻る。
小皿の食塩の上に旨味調味料をパラパラと少しだけ振りかけて舐めてみた。
「これかも!」
知夏はうなずく。
奈緒も倣って舐めている。
「たしかに、かなり味が寄ってきてるわね」
知夏は思いついた。
「そうだ! アレを使ってみようよ。冷蔵庫に残ってたはず」
台所へ戻って冷蔵庫を開けて意中のモノを取り出す。
食器棚にあった食パンの袋と陶器の大皿と金属製スプーンも一緒に持って戻る。
「ジャーン!」
知夏は右手に持った【ホイップクリーム】を掲げる。
お菓子つくりが好きな奈緒は、ときどきこれを買ってくる。
先の尖ったビニール袋に入っていて口金も付いている。パティシエなどが絞って使うようなホイップクリームの袋入りだ。
「ああ、それね。でもそれだけでどうするつもり?」
奈緒が黒色のロングヘアを肩からサラっとと垂らしながら首を傾げる。
知夏は先に食塩と旨味調味料を撒いていた小皿を傍に避けて、代わりに大皿を置く。
大皿の上にホイップクリームの口金を開封して、ぎゅーっと絞り出す。
クリームの上に食塩と旨味調味料の小瓶を適当に振りかけて、スプーンで丁寧に混ぜ合わせた。
知夏の目論みに気づいた奈緒が食パンの袋を開封して一枚ずつ取り出して知夏へ手渡してくれる。
「さすが奈緒、以心伝心よね」
奈緒はふふふと微笑む。
知夏はスプーンでホイップクリームを掬いとり食パンに塗る。
食パンを二つ折りにしてパンの耳はつけたまま口に頬張る。
「うーん、微妙な味」
奈緒も知夏に倣ってホイップクリームを塗って食パンを二つ折りにするが、丁寧にパンの周囲の耳を千切り取っていく。
剥ぎ取ったパンの耳は、さらに四辺ごとに短く千切って、大皿のクリームの横に添えて置く。
パンの耳のないサンドイッチ状態のまま、奈緒は上品に端からかじっている。
まるでハムスターみたいで可愛いぞ!と……いつもながらの奈緒の食べ方を眺める。
口についたクリームを指先で拭いながら、奈緒は乾燥を述べる。
「そうね微妙ね。このホイップクリーム自体に甘味がないからかもしれないわ」
「そっか、やっぱり砂糖は必要よね」
知夏はうなずき、キッチンへ戻る。
砂糖の入った小瓶と、砂糖を掬う用に金属製スプーンをもう一本、手にとる。
キッチン周りを見回す。
「ああ、これいいかも!」
目についた小袋を手に取ってコタツへと戻り、砂糖を大皿の上のクリームに振りかけた。
ホイップクリームが足りなくなったので、食塩と旨味調味料とともに追加する。
奈緒が残念そうな表情をする。
「泡立て器で掻き混ぜないと、粒のザラザラ感は残るわね」
知夏は気にしない。
「まあいいよ。これは【調理】じゃなくて【実験】なんだし」
奈緒は諦め顔をしつつ微笑みかえす。
「そうね、いいわね」
奈緒も知夏のこういう性格はよく知ってるから、あっさりと認めてくれる。
「ジャーン!!」
知夏はさっきホイップクリームを掲げたときよりも小袋を威勢よく掲げる。
奈緒が呆れ顔になる。
「それ混ぜるつもり?」
「そうだよ! ホイップクリームに混ぜるんじゃなくて、最後にトッピングするんだよ」
知夏は食塩と旨味調味料と砂糖を調合済みのホイップクリームを食パンに薄く広く塗りつけた。
そして意中の小袋を開封して、ホイップクリーム面の上に振りかけて食パンを二つ折りにする。
「たらこふりかけサンド! これならいいでしょ」
奈緒がふふふと笑みを返す。
「そうね、完璧ね」
奈緒も知夏に倣って同じモノをつくり、パンの耳も千切り取り、先と同様に大皿の端へ添える。
ハムスターのように食パンをかじる。
「美味しいわ。味の匙加減はさておき、かなり寄ってきたわね」
知夏は満足感になる。
「あとは……えっと、そうだ。苺ジャムも混ぜてみようよ」
奈緒はキッパリと否定する。
「それは、やりすぎ。何事もほどほどが一番よ」
知夏はモカブラウンのショートボブの耳元を掻き上げて笑った。
「そうだよね」
知夏は、たらこふりかけを、大皿の上のホイップクリームに振りかけた。
奈緒がパンの耳にクリームにつけて知夏へ手渡す。
「召し上がれ、お嬢様」
知夏はパンの耳を受け取り、口にくわえると、コタツから出て仁王立ちする。
両手を腰にそえてドヤ顔を決める。
「うむ、よかろう」
奈緒がふふふと微笑む。
知夏は満足顔でパンの耳をもしゃもしゃと頬張った。
「うまし!」
奈緒が答える。
「よろしゅうおあがり」
【苺ロールケーキは明太子の味】
―― 了 ――
※最後まで、この物語を読んでいただき、誠にありがとうございました。
※この物語はフィクションであり、実在の出来事、団体、人物、品名、地名、施設などとは、一切関係ございません。
苺ロールケーキは明太子の味 雅枝恭幸 @masaedatakayuki
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