ある日♪家の中♪熊さんに♪出会った♪(絶望

塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

第一話 かなちゃん、死す! デュエルスタンバイ!

 机の上に載せたパソコンの前に座る。

 黒谷おじさんからもらった機材を使って今日から私こと新田(あらた)可奈美(かなみ)はYouTuberとしてデビューするんだ。

 一応、かなチャンネルという名称をネット上で告知済みなので興味を持った人はすでに待機しているはず。

 台本も読んだ。今日は軽く挨拶して、これから行う概要を言うだけでいい。まずは自己紹介からだ。

 大丈夫大丈夫。人前じゃない。だから大丈夫。

 マウスを操作してオンエアーをクリックし、ディスプレイの上にあるカメラに向かって話しかける。


「皆さんおはようございます。かなチャンネルへようこそ! この度、YouTuberになったかなちゃんと申します。以後、お見知りおきを」


 うん、最初のセリフはうまく言えた。なんとなく緊張が取れたような気もするし、自信もついてきたような?

 画面の右端から白い文字が現れ横へ流れていく。


:おはよう

:新たなYouTuberの誕生か、おめでとう

:まだ緊張してる?

:少し声が固いよ、リラックスリラックス


 良かった、視聴者がいてくれたみたいだ。誰もいないのかと不安になったよ。

 同接数は3人。視聴者が0人と多い中でこれはまずまずといったところだろうか?

 どうやら視聴者からするとまだまだみたい。

 仕方がないもんね、まだ初日なんだし。

 気楽に、気長に行こう。どうせ直に慣れていくはずだから。


「まずは簡単な自己紹介から。まだ20歳になったばかりのピッチピチの女です」


:ピッチピチw

:いやそれ、いつの時代の?

:もはや死語ではなかろうか?


「しししし死語!? 死語じゃないし!」


 おかしい、引きこもってから5年しか経っていないはず。そんな簡単に死語になるわけがない。


:いやだって、俺の周囲そんなこと言う人いないよ?

:ピチピチってどのくらい前だったか?

:10年や20年ではきかないよね


「そ、そうなんだ」


 むう、これはまずい。最初から躓いてしまったのかもしれない。

 いけないいけない、平常心平常心。


「えーと話を戻しまして、このチャンネルでは主に日常の話題とか時事ニュースとかを取り扱おうかなと思っております」


 と言うか私の話題、それくらいしかないんだよね。


:無難な内容だな

:まあ定番だね

:今日はどんなお題?


 どうしようかな、当たり障りの無い話題にしておこうかな。

 んー、でもインパクトのある話題にしておかないと視聴者が離れて行っちゃいそうだし。


「じゃあ、今起きてるウクライナとロシアの戦争を……」


:は?

:おいw

:重い重いw


 ん、あれ? 視聴者の反応が微妙?


「駄目だった?」


:いや、その

:てっきり女らしい話題を出すものとばかり

:だよなあ


「……それって、私が女らしくないとでも?」


:違う、そうじゃない

:何でそうなる

:かなちゃんの服装に問題は無いぞ


「じゃあ何で」


:戦争でも政治でもそういうのは避けるもんなんだよ

:どちらの国に味方しても反感買うからな

:YouTuberなら敵を作らない方が良い


「んん? ファンが増えないから?」


:違う、そうじゃない(2回目

:恨まれるぞ

:かなちゃんの自宅に物理凸する可能性が


 あー、そういう……。

 まあ、引きこもってる間はネットを閲覧してても参加する事なんてほとんど無かったしね。


「別にどっちの味方をするつもりも無いけど」


:じゃあ何でそんなの話題にしようとしたの?

:どっちつかずでも恨まれるぞ

:だから政治や戦争の話題にすんなって


「いや、何で戦争なんか起こすのかなーって。普通は商いで良くない?」


:それはそう

:例え日本とは無関係でも人が死んでくのはな

:彼らには彼らなりの考えがあるからな


 ネット上に流れる戦場の動画を見てもガンガン死んでるもんね。


「ロシアの大統領ってあんまり知らないんだけど、普段からああなの? ネットニュースや物知りな人たちの話を聞く限り、発言とやってる事が支離滅裂だとかどうとか言ってるんだけど」


 現代の戦争って高度化? ハイテクすぎてよく分からない。私が幼い頃にひいお爺ちゃんが戦争体験を聞かせてくれた事もあるけど、第二次世界大戦の事でそれ以降の戦争はさっぱりなんだよね。


:どうだったかな

:大統領就任当初はあんなんじゃ無かった気がする

:端々に今のような片鱗は見えてたけどな。割と物騒な発言してた

:そういや、都合の悪い奴は暗殺されてたな


 何それ怖い。


「そうなんだ。でも、今の大統領が特に酷いの?」


 中学校の歴史の授業では第二次世界大戦も触れられたけど、教師が口にするのは日本とアメリカが酷い事をしたとかが中心で、その他はあまり習ってない。

 普通、戦争って殺し合いだから敵も酷い事をしたと思うんだけど、あの教師はそこに触れなかったから何かおかしいんだよね。

 今思うと、私たちに知られたくない事を隠してたんじゃないかなあ。


:んー、歴代のどの大統領もかな?

:まともそうな人もいたけどね

:お国柄と言うか民族性が悪いんだよあそこは


 まともそうな人もいた、民族性、か。

 視聴者さんたち、かなり酷い事言ってない?


「ああいう人でないと大統領になれないの?」


:権力争いがひどすぎるからな

:何も殺さなくても

:日本人から見て異常だよな


 やはりあの国は他の日本人にもおかしいと感じてるようだ。


「あの戦争に関しての話題はこれくらいかな。他の話題に移るね」


:うん、そのくらいで良いと思う

:軽く流した方が良い

:で、次のわd


 うーん、引きこもりだからネットでしか知る事ができないし外だとズレがあるかもしれないんだよね。


「じゃあ、今世間を騒がせてるクマの話にしようかな」


 何か天候不順で山の中のどんぐりが不足してて、お腹をすかせたクマがたくさん人里に降りてきて人が襲われてるニュースが連日報道されてる。


「怖いよね。私のお父さんが猟師やってるんだけど……」


 あれ、視聴者の書き込みが無い?

 同接数は3人で変わらず。別に退室したわけではないようだ。

 電波状態でも悪いのかな?

 そう思っていると文が流れてきた。


:かなちゃん、動くな

:声を出すな

:絶対に正面を見てろ


 一体何の事だろうか。3人が私への命令のような書き込みに変化したんだけど。

 というか、正面? 後ろを向くな?

 ひょっとして何かいたりする?

 ちょっと不安に駆られていると、ふと左に何か圧迫感のあるような存在が出現したような気がする。


:うわ

:逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ

:終わった


 いや、気のせいなんかじゃない。私は視聴者たちの警告を無視して恐る恐る頭を左へ回転させる。

 黒い動物の頭が視界いっぱいに映った。

 熊だ。

 ……熊!?

 え、待って、何で? ここ、家の中で私の部屋だよ? 部屋の鍵はかけておいたはず。もしかしてうっかり忘れちゃった!?

 私が混乱して何もできないでいると、熊は私に顔を向けずにじっとパソコンのディスプレイを見つめている。


:警察に電話!

:っていうかかなちゃんの居場所どこ!?

:ツキノワグマだ

:いや待て何か様子がおかしい

:何が!?

:なんか俺らの方見てないか?

:本当だ

:かなちゃん今のうちに逃げろ

:ダメだ驚きのあまり動けないみたい


 私はこちらへ見向きもしない熊の横顔を見つめていた。

 気のせいだろうか、熊の目を間近で観察していると何故か分からないけど、理知的な光が宿っているように感じられた。

 そんなことを考えていると変化が起きた。

 目の前の微動だにしなかった熊が前足をそうっと持ち上げ、パソコンに向かって伸ばしたのである。一体何をと思った瞬間 、前足の爪でキーボードのキーにそっと乗せゆっくりと押し込んだ。


:何してんだこいつ

:パソコンのキーボードを押した?

:何を考えているんだ


 特に重要なキーではなかったのでディスプレイに何の変化もない。続いて熊は別のキーをゆっくりとした動作で押す。

 あ、そのキーは。

 画面下のタスクバーの左端からポップが立ち上がり、メニューが表示される。そして熊はキーボードのカーソルキーを押してメニューの表が流れていき、メモ帳というタグにカーソルを合わせエンターキーを押しメモ帳が画面上に立ち上がる。


:おいおいこいつパソコン操作してるぞ

:偶然だ偶然

:にしては流れがスムーズすぎる

:中に人入ってんじゃないか?


 キーから爪を離した熊は前足をマウスに乗せる。


:今度は何をするつもりだ

:手の位置からするとマウスを操作しようとしているんじゃないか

:熊ができるわけないだろ


 ディスプレイ上にある矢印が移動を始め、メモ帳の上に移動し爪で器用にクリックするとメモ帳にカーソルキーが出現した。


:この熊マウスまで操作しやがった

:マジかよ

:中に人いるだろ

:一旦様子を見よう


 それから熊は文字でも入力するのかと思って身構えているとマウスから前足を離してパソコンの前から離れる。


:あれどこ行くんだ

:部屋の中を見回してるな

:何かを探しているっぽい

:あ動いた

:冷蔵庫?

:ちょ

:前足で器用に扉を開けやがった


 あれ、いつの間にかコメントの数が増えてる?

 同接数を確認したらいつのまにか15人を超えていた

 騒ぎを聞きつけてやって来た人もいれば、興味本位で覗いて人間ではなリアル熊がディスプレイいっぱいに映し出されているのに混乱しているようだ。

 私は呑気な視聴者たちを呪いたい気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る