実家が太くて勇者でニート

茶電子素

最終話 魔王の最期

名前はネルソン。

肩書きは勇者。実家は大陸屈指の大富豪。

そして今の俺は、

ふかふかのソファに沈み込み、

仲間たちが魔王城で死闘を繰り広げているという現実から

全力で目をそらしている。


いや、違う。

今日は本当に立ち上がるつもりだ。

魔法使いのミラから「そろそろ本気出して」と言われたし、

戦士のガルドには「お前が来れば絶対勝てる」とまで言われた。

さすがに罪悪感が胸を刺した。

刺しただけで行動には移らないことも多かったが、今日は違う。

本当に立ち上がるつもりだ。(二回目)


だから俺は倉庫に向かった。

装備を取りに行くためだ。

倉庫の扉を開けた瞬間、埃の匂いとともに、妙に見覚えのある木箱が目に入った。


「……ん?」


蓋を開けると、そこにはアルバムが数冊。

しかも表紙に書かれていたのは、ミラ、ガルド、そして僧侶のセレスの名前。


「なんでうちにあるんだ、これ」


疑問は浮かんだが、ページをめくる手は止まらなかった。


ミラの幼少期。

泣き虫で、転んだだけで大騒ぎしている写真……。


ガルドの幼少期。

丸々太っていて、剣よりもお菓子を握っている写真……。


セレスの幼少期。

木登りに失敗して、枝にぶら下がったまま助けを求めている写真……。


気づけば俺は床に座り込み、アルバムを抱えていた。

ページをめくるたびに、胸の奥がじんわり温かくなる。


「みんな、昔から頑張ってたんだな……」


思わず呟いた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。

ああ、これはいけない。完全に感傷に浸っている。

でも止まらない。ミラの泣き顔が可愛いし、ガルドの丸さは今では貴重だし、

セレスの必死な表情は今と変わらない。


ページをめくる音だけが静かに響く。

外では魔王軍が暴れているらしいが、ここは平和そのものだ。


どれくらい時間が経っただろう。

玄関の扉が勢いよく開く音がした。


「ネルソン! 戻ったわよ!」


ミラの声だ。

続いてガルドの重い足音、セレスのため息。

俺はアルバムを抱えたまま顔を上げた。


「お、おかえり。早かったな」


「早かったじゃないわよ!」


ミラがずかずかと近づいてくる。


「魔王、倒してきたのよ! あなたが来ないから!」


「三人だけで倒したのか。すごいな」


「すごいな、じゃない!」


 ガルドが肩を落とす。


「お前が来れば楽勝で終わったんだぞ……いや、俺らだけでも終わったけどさ」


セレスが俺の手元を見て、眉をひそめた。


「それ……私たちのアルバム?」


「ああ。懐かしくて、つい」


三人が同時にため息をついた。

怒っているというより、呆れ果てている。


「……まあいいわ」


ミラが額を押さえながら言う。


「無事に終わったし。あなたが何をしていたかは、もう聞かない」


「そうか。じゃあ、片付いたんだな」


「ええ。全部ね」


俺は胸を撫で下ろした。

よかった。みんな無事で……。


そして、そっとアルバムを閉じた。


「……みんな、昔から変わらないな」


「「「変わらないのはおまえだろ!」」」


三人の声が見事に揃った。


その瞬間、なぜか少しだけ涙が出そうになった。

懐かしさと、申し訳なさと、ほんの少しの誇らしさが混ざった涙だ。


――よし。


次こそは立ち上がろう。


たぶん。


できれば。


……まあ、気が向いたら。

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