第4話 敵情視察

「エルド隊長、アルベルト隊長ってメリアさんのこと絶対好きですよね?」


 執務室に書類を届けにやってきたレオンは、先日の見回り番のときのことをふと思い出し、上司のエルドにそう尋ねた。


 エルドとアルベルトは、付き合いの長い同期だと聞いている。もしや、何か知っているのではと思っての言葉だった。


「ああ、レオンも気づいたんだ」


 ペラペラと書類をめくりながら、目線は書類のままに笑みを深くするエルド。レオンは応接用のソファに腰かけて、背もたれ越しに麗しき上官を見つめた。


「っていうか、気づかない方が難しくないですか、あれ」

「ふふ、だよね。本人は認めたがらないけど」


 書類のチェックが終わったのか、エルドは机の上に紙の束を置くと、イスの背もたれに体を預けた。


「意外だよね、『鬼の軍隊長』なんて呼ばれてる堅物男が花屋の街娘に片想いだなんて」

「確かに……。なんていうか、目がやさしげですよね。あんなアルベルト隊長、俺見たことないですよ」

「僕だって初めて見るよ」


 エルドは執務机に頬杖をつきながら、レオンのことをじっと見つめる。


「……どう思った?あの子」

「メリアさんですか?」


 エルドの質問に首を傾げるレオン。


「美人だし、器量良しの素敵なお姉さんって感じでしたけど……」

「性格もよさそうだよね。ニコニコ笑ってて、かわいいし」


 笑顔のエルドにレオンはハッとしたあと、今度はジト目で、その青い瞳を見つめた。


「……え、まさか、エルド隊長も狙ってるんスか」


 だとしたら、アルベルトにとってはかなり手強いライバルになるだろう。自分のことではないけれど、レオンは心配になってそう尋ねたのだが。


「まさか。僕は、同僚の恋路を邪魔するような野暮なやつじゃないよ」

「それ聞いて安心しました……。女心をがっちり掴むのが得意なエルド隊長がライバルにでもなったら、アルベルト隊長の勝ち目がなくなっちゃいますよ」

「ひどい言われようだな」


 おかしそうに笑うエルドに、なぜかホッとするレオン。アルベルトは確かに厳しく、怖い上司ではあるけれど、レオンにとっては尊敬する人でもある。そういう話があるならば、幸せになってほしい、と願うのは当然のことだった。


「俺、アルベルト隊長のこと応援します!」


 突然、力強く宣言したレオンにエルドは「お」と喜色を浮かべた。そして、レオンに近づくと、にこりと笑う。


「だったら、僕と恋のキューピット同盟を組もうよ」

「こ、恋のキューピット同盟……?」


 なんだ、そのメルヘンな感じの同盟と、首を傾げる部下のレオンに、エルドは麗しい笑みを浮かべて「そう」と続けた。


「ということで、早速でかけようか」



 ◇◇◇



 何やらウキウキと楽しそうな上司に連れられ、レオンがやってきたのはメリアが営む花屋があるサンクロッカス通りだった。この通りは、服飾屋、雑貨屋、食事処などさまざまな店が並んでおり、いつも大勢の人で賑わっている。


 そんな中、金色の刺繍が施された黒の軍服姿の二人はよく目立っていた。特に、エルドは気さくな性格から街でも人気ということもあり、先ほどからいろんな人に声をかけられている。


「エルド様、お久しぶりです〜! 今度は、いつお店にいらしてくれるの?」

「この間は、荷物を運ぶの手伝ってくれてありがとう。次来てくれたときは、サービスするぜ!」

「キャー!エルド様よ!あ、握手してもらっていいですか⁈」


 次から次へとやってくる人に笑顔を振りまく上司を横目に、レオンは「すごいですね」と呟いた。声をかけてくるのは老若男女問わずだが、特に、女性陣からの熱烈な声がすごい。先ほども、笑顔でひらひらと手を振りかえしただけで、何人もの女性がクラクラと倒れ込んでいたほどである。


「確認ですけど、本当にエルド隊長は、メリアさんのこと好きじゃないんですよね⁈」

「何回言わせるの。僕は、アルベルトを応援してるよ」

「だ、だったら、いいんですけど……」


 この男を敵に回すと、勝てる気がしない。


「っていうか、『恋のキューピット同盟』話からの見回りって、どういうことですか」

「あの調子だと、すぐに想いを伝えるなんてアルベルトには無理だろうから。戦場でも、まずは敵情視察が基本だろ」

「というと?」

「まずは、メリアのことについて知るところから、ってことだよ」

「はあ」


 楽しそうなエルドに、気の抜けた返事をするレオン。「敵情視察」だなんて言いながらも、先ほどからあちこちの店に立ち寄っては、店主と気さくに会話するだけなのだが。


「もしや、サボりたいだけなんじゃ……」


 サボり癖のある上司のことだ。ただ王宮から抜け出すための言い訳だったのかもしれない、とも思えてきた。と、そのとき。腕を組んで難しい顔をしていると「レオンー!」と、エルドがこちらに手を振りながら呼びかける。


 視線の先には、赤髪の女性。アルベルトの想い人、メリア・ヴィーランドがそこにいた。


「まあ、レオン様もいらしたんですか」

「お、お久しぶりです、メリアさん」


 レオンが二人に近づくと、メリアはにこやかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。垂れ目がちな瞳に、ふんわりとした雰囲気。花を抱えた彼女はとても華やかで、ピンクや白といった可憐な花がよく似合う。


「……いやぁ、さすがのアルベルト隊長も惚れちゃうよな」


 数日ぶりにメリアと対面してみて、しみじみとそう感じるレオン。うんうん、と一人頷いているレオンをエルドとメリアは首を傾げながら見つめている。その視線にハッとしたレオンは、「ところで、メリアさんは配達か何かですか?」と話題転換。


「ええ、この近くに毎週お花を納品しているお店があって。たまたま歩いているところで、エルド様とバッタリ再会したんです」


 その返事に、ちょどよかったと言わんばかりに、「僕らも近くまで行くから、そこまで一緒に行ってもいい?」と、にこやかな笑みを浮かべるエルド。メリアも異存はないようで、「ええ、もちろん」と返ってきた。上司の流れるようなお誘いテクニックに、レオンはただただ呆然とするばかりである。


「じゃあ、行こうか」


 エルドのにこやかな笑みとエスコートを受けて歩き出すメリア。こうして、二人の「敵情視察」が始まったのだった。


「へぇ〜、メリアってリューク地方の出身なんだ」


 エルドは道すがらメリアに話しかけながら、いろいろと彼女のことを聞き出していた。エルドの穏やかな雰囲気で、聞き上手なところはモテる要素だなと感心しつつ、レオンはエルドから持つように渡された園芸用の土が入った袋を持ち直す。


「ええ、周りは畑ばかりの田舎町ですが、新鮮なお野菜がたくさん採れる町なんですよ」

「俺、市場でもよくリューク産の野菜をよく見かけますよ。見た目もなんだかツヤツヤしてて、おいしそうですよね」

「日照りがよく、野菜を育てるには十分な環境が整っていますから。シチューやポタージュみたいなスープにするのもいいですけど、新鮮なのでシンプルにサラダで食べるのもおいしいんですよ。あと、パウンドケーキやクッキーの生地に練り込んでお菓子にするのも」

「おお、うまそう」


 そんな何気ない会話を繰り広げているところで、エルドが「あ、そうだ!」とわざとらしく声をあげた。


「ねえ、メリア。もしよかったら、今度リューク産の野菜を使ったお菓子を作ってくれない?」

「お菓子、ですか?」

「うん。アルベルトって覚えてる?あの強面の見た目で野菜が苦手だから、なんとか克服させてやりたいなって思ってて」


 エルドの発言に目を点にするレオン。アルベルトが野菜嫌いなんて初耳である。とっさに、小声で「エルド隊長!」と軍服の裾を引っ張り詰め寄った。


「アルベルト隊長って、野菜食べられないんですか⁈」


 レオンにとっては、あの冷酷非道と恐れられる上官の、知られざる弱みを握ることができる!と思っての質問だったのだが、エルドは爽やかな笑みを浮かべて一言。


「嘘に決まってるでしょ」

「嘘なんかーーーい!!!」


 思わずツッコミを入れたレオンを、エルドはクスクスと笑っている。


「華麗に嘘つくんですね、エルド隊長は……」

「嘘も方便って言うだろう?なんでもいいから、メリアとアルベルトの接点を作らなくっちゃ」


 一応「アルベルトのため」という大義名分があるとはいえ、その嘘はどうなんだろうと思うレオン。だが、当のメリアは


「まあ、そういうことなら私もお力になりますわ」


 と言って乗っかってくれたから幸いである。


「アルベルト様には、何度も助けていただいているので、何かお礼をしなくてはと思っていたんです」


「そのお礼が手作りお菓子で恐縮ですけど……」と、不安げにそう呟いたメリアに、エルドは爽やかな笑顔と共に、すかさずフォローを入れた。


「大丈夫。メリアからのプレゼントなら、なんだって喜ぶよ」


 かくして、エルドはメリアとアルベルト、二人が接触するきっかけ作りに成功したのであった。



 ◇◇◇



「おい、エルド。一体どこへ行くつもりだ」

「まあまあ、いいから。黙って僕についてきて」


 執務室で書類仕事に勤しんでいたアルベルトのもとに、つい先ほどエルドが突入してきた。同僚の唐突な訪問には慣れっこのアルベルトだが、今日に限っては目的を告げられず、「ただついて来い」の一点ばりである。


「お前のところで止まっていた仕事が、山のように来てるんだぞ。今日はお前の遊びに付き合ってる暇は──」

「それは僕が悪かったけど、とにかく今は急用だから」


 ずんずんと城門の方へと急ぐエルドの後ろ姿を見つめながら、アルベルトはため息をついた。エルドがこちらの都合もお構いなしなのはいつものことだが、この後は自分がまとめる部隊の訓練の予定も入っている。そんな悠長にはしていられない。


「その急用とは?」

「人が来てるの。行けば分かるよ」


 端的にそれだけしか教えてくれないエルド。「人が来ている」というが、わざわざ自分に会いに来る人間などいただろうか。軍関係者という線も考えたが、だとしたら城門ではなく、客間か訓練場に呼びつけられるはず。じっくり考えてみても、アルベルトはやはり誰が自分に会いに来たのかは検討がつかなかった。


「あ、いたいた!」


 と、そのとき、エルドが明るい調子で声をあげる。アルベルトがちらりとエルドが手を振る方に視線を向けると、驚いた。城門の前にいたのは、なんとあの花屋のメリア・ヴィーランドだったからだ。


「あの花屋の娘が、なぜ……」


 垂れ目がちな瞳と目が合い、言葉をなくすアルベルト。メリアはこちらに気づくと少し遠慮がちに会釈をし、アルベルトに微笑みかけた。思ってもみなかった再会に、当のアルベルトはただただ驚くばかり。


「ごめんね、メリア。遅くなって」

「いえ、こちらこそお仕事中に申し訳ありません」

「僕の方がこんなところまで呼んだんだから、気にしないで」


 どうやらメリアをこんなところまで呼び立てたのは、同僚のエルドらしい。訳がわからないアルベルトは顔には出していないものの、頭の中は混乱状態だった。


「……それで、俺はどうしてここに呼ばれたんだ」


 素朴な疑問を口にしただけだったのだが、顔が怖かったのだろうか。メリアがとても申し訳なさそうな表情を浮かべて、「お忙しいのに申し訳ありません」と頭を下げる。


「先日助けていただいたお礼をと思ったのですが」


 メリアは少し気まずそうにしていたが、アルベルトの口元はほんの少しだけ緩んだ。だが、エルドが目ざとくそれを見てニヤニヤしているのに気づき、咳払いをしながら口元を手で隠す。


「わざわざすまない」

「いえ、こちらこそお礼をするのが遅くなってしまってすみませんでした。あの、これ、よかったら……」


 そう言ってメリアが持っていたバスケットから取り出したのは、綺麗にラッピングされた焼き菓子の詰め合わせ。クッキーのほかにも、フィナンシェやマドレーヌなど、こんがりとおいしそうに焼き上がったスイーツが並んでいる。


「これは……」

「私が作ったものです。お口に合うかわかりませんが、よかったら休憩のお供にでもと思って」


 メリアも少し緊張しているのか、いつもよりも早口にそうまくし立てた。アルベルトが受け取った包みをじっと見つめているので、余計に落ち着かないのかもしれない。


「うわ〜、これお店で売ってるやつみたい。どれもおいしそうだね。何が入ってるの?」


 そんな二人を気遣ってか、エルドが会話に入る。


「ニンジンやカボチャといった野菜の中でも甘みのある食材を使っています。あ、こちらの緑色をしたフィナンシェはほうれん草が少し入っているものです」

「ニンジンやカボチャ……?」


 なぜ野菜なのかとアルベルトは疑問に思ったようだ。だが、もちろん彼の「野菜嫌い設定」は、エルドが勝手に吹き込んだものなので本人が知るよしもない。


「ええ、できるだけ食べやすいように味を調整したので、アルベルト様にも食べていただけるかと」


 そんな事情を知りもしないメリアは、両手をグッと握りしめてアルベルトにエールを送るかのようなポーズを見せる。嘘を吹き込んだ当の本人は、明後日の方を向きながら素知らぬ顔をしていたが、メリアを見つめていたアルベルトが気づくことはなかった。


 何はともあれ、「彼女が自分のために作ってくれた」という事実がアルベルトには大きかった。しばらく手元をじっと見つめたあと、再びメリアを見た。すると、どこか不安げな視線を向ける彼女。


「あ、あの……っ、もし不要でしたら、これは持ち帰りますの──」

「待て」

「……っ!」


 そう言いかけた彼女の手をアルベルトが握りしめ、引き留めたのはおそらく無意識のことだった。男らしい大きな手を意識してしまったからか、メリアの頬がほんのり色づき、視線を手元に落とす。


「せ、せっかく作ってくれたというのなら遠慮なく頂こう」

「では、どうぞ……!」

「礼をいう」

「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」


 にこりと微笑むメリア。「では、私はこれで」と言い、メリアは二人に改めて頭を下げた。「お仕事、頑張ってくださいね」とも続けて。


「またね〜、メリア! 気をつけて帰るんだよ〜!」


 去っていく背中にエルドが声をあげると、振り返ったメリアがにこりと笑って小さく手を振った。アルベルトは、そんな彼女の背中をただじっと見つめていた。


「よかったね、プレゼントもらえて」


 横から聞こえてきた弾んだ声。アルベルトは照れ隠しに、フンと鼻を鳴らすと、手元にある包みを大事そうに抱えて王宮へと戻っていく。


「……あんな笑顔で『お仕事頑張って』なんて言われたら、この後めちゃくちゃ働きまくるんだろうな、アルベルト」


 エルドはふふと笑みをこぼした後、アルベルトの背中を追いかけた。自分のところで溜めている書類仕事を、この男に少しばかり押し付けても今日は怒られなさそうだ、と、そんな企みを考えながら──。

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2026年1月14日 20:00
2026年1月14日 20:00

冷徹クールな軍人は花屋の街娘に片想い中です 来海 空々瑠@コミカライズ配信中 @kayaichinose

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