第17話:口八丁と、処刑人の天秤
心臓が早鐘を打っていた。
目の前には、再生を続ける漆黒の巨人(ギガント)。
そして背後には、静かに剣の柄に手をかけた『天剣』レオナード。
挟み撃ちなんて生易しいものじゃない。
怪獣と核弾頭の間に挟まれたようなものだ。
「……説明してもらえるかな、カイト君」
レオナードの声は穏やかだった。
だが、その瞳は笑っていない。彼は戦場における「異物」を正確に見定めている。
「なぜ、一般生徒である君たちがここにいる? それに……君の周りに漂う、その濃密な魔力の残滓は何だい?」
視線がカレンに向けられる。
カレンは臨戦態勢のままだ。今にもレオナードに向けて極大魔法をぶっ放しかねない。
アグニに至っては、冷や汗を流しながら後ずさっている。
(ヤベェ……大将、逃げようぜ……)という視線を俺に送ってくる。
逃げる? 無理だ。
レオナードの前で背を見せれば、その瞬間に「怪しい」と判断されて斬られる。
俺に残された武器は、この回らない口だけだ。
「――会長! 来てくれたんですね、良かった!!」
俺は恐怖を渾身の演技で歓喜に変換し、大げさに手を広げてレオナードに駆け寄った。
「え?」
レオナードの殺気が一瞬だけ鈍る。
俺はその隙を見逃さず、畳み掛けるように早口でまくし立てた。
「酷い目に遭いましたよ! アグニと天堂さんと三人で、社会科見学の帰り道に地下鉄に乗ろうとしたら、いきなり床が抜けて!」
「しゃ、社会科見学?」
「ええ! そうしたらこの化け物が現れて……俺たち、必死で逃げてたんです! 天堂さんがとっさに『護身用の魔法』で防いでくれなかったら、今頃ミンチでしたよ!」
嘘八百だ。
だが、「護身用」と言い張れば、魔力を使っていた言い訳にはなる。
「そ、そうか……。それは災難だったね」
レオナードが眉をひそめる。
彼の『絶対正義』は、一般市民には及ばない。俺たちが「被害者」であるというフレームを死守するんだ。
「だ、大将の言う通りだぜ! 俺たちゃ善良な市民だ! 怖くてちびりそうだったわ!」
アグニが便乗して叫ぶ。演技が下手すぎるが、恐怖で顔が引きつっているのが逆にリアルに見えたらしい。
レオナードはふぅ、と息を吐き、剣から手を離しかけた。
「分かった。疑ってすまない。……下がっていなさい」
成功か?
いや、違った。
レオナードは俺たちへの警戒を解いた代わりに、その鋭い視線をギガントへと固定したのだ。
「生徒を危険に晒す害悪は――僕が排除する」
ジャラッ……!
レオナードが剣を抜く。
ただの模造刀に見えたそれは、鞘から放たれた瞬間、眩い黄金の光を纏った『聖剣』へと変貌した。
マズい。
俺の『英雄の器』が、最大級の警告音を鳴らす。
――――――――――――――
【警告:即死攻撃の予兆】
■ 使用者:レオナード
■ 技名:断罪の剣(ジャッジメント・ブレード)
■ 威力:対象の「存在」を消滅させる
■ 結果予測:ギガントの完全消滅(生存率0%)
――――――――――――――
(殺される!)
ギガントは敵だが、同時に「助けるべき対象」だ。
あいつは腹が減って暴れているだけの子供だ。それに、ここで殺せば組織の情報を吐かせることも、仲間にすることもできなくなる。
何より、ギガントの体内の魔力炉が爆発すれば、この地下空間ごと俺たちも吹き飛ぶ!
「会長、待ってください!」
俺は叫んだ。
「なんだい? 下がっていないと巻き添えになるよ」
「あいつを……斬らないでください!」
「……なぜ?」
レオナードの碧眼が、再び冷たく光る。
正義の味方に対し、「悪を殺すな」と言うのは自殺行為だ。
だが、俺は引けない。
「あいつの胸を見てください! あの赤い光……あれは高密度の魔力炉です! ここで斬ったら大爆発します!」
「……ふむ」
「それに、あいつはただ暴れてるんじゃない。……泣いてるんです」
俺はギガントを指差した。
再生を終えた巨人は、涙を流しながら「おなかすいた」と呻いている。
「保護しましょう、会長。殺すのはいつでもできる。……生徒会長なら、迷える『子供』も救えるはずだ!」
これは賭けだ。
レオナードの「正義感」に訴えかける。
彼は冷徹な処刑人だが、同時に「理想的な英雄」であろうとする自負があるはずだ。
数秒の沈黙。
張り詰めた空気が、鋼鉄のように重い。
レオナードは剣を構えたまま、俺とギガントを交互に見比べた。
「……君は、甘いな。カイト君」
彼は静かに言った。
「だが、その甘さは嫌いじゃない。……いいだろう」
光が収まる。
レオナードは剣を下げた。
「ただし、条件がある。……僕が『制圧』する。君たちは手出し無用だ。もし爆発の予兆があれば、その時は問答無用で切り捨てる」
「……はい!」
首の皮一枚繋がった。
だが、状況はさらに複雑化した。
俺たちは手出しできない。
レオナードが単独でギガントをボコボコにして、無力化するのを眺めるしかない。
……本当にそれで済めばいいが。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
ギガントが吼える。
本能で悟ったのだろう。目の前の金髪の男が、自分を殺しに来た「死神」であると。
ギガントの背中の突起が発光し、全魔力を込めた破壊光線(ブレス)が放たれる。
「危ないッ!」
「問題ない」
レオナードは一歩も動かなかった。
ただ、剣を一閃させただけ。
それだけで、地下鉄を消し飛ばすほどの極太のビームが、まるで豆腐のように真っ二つに「斬り裂かれた」。
「な……!?」
アグニが絶句する。
魔法を斬った? いや、光そのものを斬ったのか?
これが、規格外。
人類最強の力。
「さあ、大人しくしたまえ」
レオナードが地面を蹴る。
速い。アグニの動体視力でも追えない速度で、一瞬でギガントの懐へ。
(まずい……このままじゃ、ギガントが殺される前に『恐怖』で自爆モードに入る!)
俺は握りしめた拳に爪を食い込ませた。
どうする?
手出し無用と言われた。だが、指をくわえて見ているわけにはいかない。
俺にはまだ、切り札のノクティスがいる。
俺は自分の足元の影に向かって、誰にも聞こえない声で囁いた。
「(……ノクティス。聞こえるか)」
「(ええ。……震えてるわよ、カイト君)」
「(タイミングを合わせろ。……会長の攻撃が当たる瞬間、ギガントの『核』だけを影でずらせ)」
神業のような精密動作が要求される。
だが、やるしかない。
正義の剣から、悪を救うために。
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