僕の摩訶不思議奇しき物語。
飯麦 食飲
第1話 青い塔の引きこもり管理者
空はもう、ずっと前から死んだ魚の目みたいな灰色をしている。 「青空」なんて言葉は、とっくの昔に教科書の中にしか存在しない伝説になった。この世界は、まるで色が抜けてしまった古い写真みたいにカサカサに乾いていて、生きている人間ですら、ただの背景の一部に見えるくらいだ。
そんな色のない世界で、ひときわ異彩を放っているのが、街の真ん中に突き刺さるように立っている『記録の塔』だ。 ガラスみたいな壁面は、光を反射して冷たく光っている。その一番上の部屋には、一人の男がいた。 彼は『記録者』。名前なんてとっくに捨てた。
「……またノイズか。本当に、この世界の連中は無駄なことばかりしたがる」
彼は部屋の真ん中に浮かんでいる、青白いホログラムの画面を指先で弾いた。 彼の周りには、宝石を鋭く尖らせたような、青い光の結晶がふわふわと浮いている。それは彼が操る「知識」の塊であり、同時に彼を守る「武器」でもあった。
記録者にとって、世界は「正しく」なければならない。 正しいデータ、正しい歴史、正しい管理。そこに、誰かが誰かを想って泣いたり、腹を立てて叫んだりするような、不安定で予測不かしい「感情」なんてものは、一切必要なかった。そんなものは、完璧な世界を作るための計算を狂わせるゴミでしかない。
「感情なんて、ただのバグだ。すべてを静かなアーカイブの中に閉じ込めれば、世界は平和になるのに」
彼は冷たい目で、画面に映し出される街の様子を見ていた。 彼が指をパチンと鳴らすと、浮いていた青い結晶がさらに鋭く形を変える。彼が望むのは、チリ一つない清潔で、静まり返った「永遠」だ。
でも、その静寂は、ある日突然ぶち壊された。
ズズズ……と、塔の底から響くような地鳴りがした。 記録者の眉がピクリと動く。防衛システムが、見たこともないような「真っ赤なエネルギー」を検知してアラートを鳴らしている。
「……また、あのバカが来たのか」
記録者が塔の下を覗き込むと、そこには灰色の荒野を真っ赤な火花で散らしながら、こちらに向かって歩いてくる影があった。 それは、彼が最も嫌いな存在。理屈もルールも通用しない、ただ「ぶっ壊すこと」だけを生きがいにしている破壊者だ。
「おい、引きこもりの管理者様よぉ! 今日も退屈なツラしてんな!」
下から響いてくる声は、地響きみたいに腹にくる。 記録者は深いため息をついた。 「野蛮だ。言葉が通じない相手というのは、本当に疲れる」
彼が手をかざすと、塔の周囲に展開していた数千の青い結晶が、一斉に下を向いた。それはまるで、侵入者を串刺しにしようとする光の針の雨だ。
「お前のその汚い声ごと、この世界から消去してやる。ゴミはゴミ箱へ、破壊者はアーカイブへ……お似合いだろう?」
記録者の指先が冷たく光る。 その瞬間、空から降り注ぐ青い光の弾丸が、真っ赤な嵐の中に突っ込んでいった。
ここから、世界で一番贅沢で、一番最悪な「喧嘩」が始まる。 「愛してる」なんて、口が裂けても言わないし、言わせない。 あるのは、相手を完膚なきまでに叩き潰したいという、殺意に近い純粋な情熱だけだった。
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