潮の向こうで
はち
潮の向こうで
【汽笛の鳴る島】
塩待島には、線路がない。
それでも夕方になると、決まって汽笛が鳴る。
本土へ向かう最終便の合図だ。
崖の上でそれを聞きながら、
四人はいつも同じ場所に座っていた
【語られなかった夢】
昭和三十年代
離島・塩待島
この島では、「この世に一人しかおらんように生きろ」
と言う願いを込めて、子供の名前に「一」を入れる風習がある。
主人公の三浦恒一は、島で生まれ育った。
特別な才能も、大きな夢もなかった。
特別な才能も、大きな夢もなかった。
ただ、人の話を聞くのが得意だった。
「俺、電車の車掌になるけ」
幼なじみの梶原 一人は、いつも胸を張って言った。
「島は逃げん、俺は漁師になる」
藤堂 一真は、海で見たままそう言った。
「私、歌で有名になる。この島のこと歌にする」
西野 一音は、ノートを抱えて笑った。
俺だけは、何も言わなかった。
夢が無かった訳じゃない。
ただ、自分の夢を語るより、
誰かの夢を聞いている方が好きだし、得意だった。
【白い診察室】
ある朝、恒一は血を吐いた。
目を覚ますと、本土の病院だった。
父・三浦 恒一郎の病院。
白い病室で、父は静かに言った。
「癌だ」
親父は昔から無口だった、多くは語らない、そこが良さでもあった、
が、その言葉には、多くが込められていた気がする。
島の病院では十分な治療ができない。
都会なら可能性はあるが、確実ではない。
選択を迫られた俺は、
少し考えて言った。
「島に帰る」
親父は何も言わず、島行きの切符を渡してきた。
【穏やかな時間】
島での時間は、
驚くほど穏やかだった。
一真と港で釣りをした。
一人は子供たち相手に、線路の無い待合所で車掌ごっこをした。
一音の歌を防波堤の側で聴いた。
未完成の歌だった。
♪「名前を呼ばないまま
隣にいた人
海より静かで
背中ばかり見ていた」
一真が眉をひそめる。
「、、、俺か?」
一音は、少し笑った。
「“あんたみたいな人”」
俺は、何も言わなかった。
夜、四人で花火をした。
恒一が咳き込む。
誰も何も言わない。
ただ、火花だけが空に散った。
【走り出した列車】
ある日、容態が急変した。
父が島に来て言う。
「今なら、都会へ行けばーー」
俺は首を振った。
「いや、いいんだ」
その夜、携帯が鳴った。
一人だった、
「なったぞ、、!」
「俺、車掌なった、、!」
泣きながら、
それでも誇らしげに笑っているのが分かった。
「お前、乗せてやるけ。行こうや」
存在しないはずの列車が、
島を走った。
行き先は、
一真のいる島。
崖の上で、
一真と一音が待っていた。
恒一は初めて言った。
「俺、癌なんだ。」
一音は声を荒げた。
「都会に行こう!今からでも、、、!」
一真は、海を見つめたまま言った。
「知っとった」
少し間をおいて続ける。
「お前はな、ずっと俺らの後ろに立っとった」
三浦は、黙って聞いた。
「夢を追う俺らを、黙って見とった」
一真は、初めて恒一を見る。
「何もしない、」
一音が言う「何言ってんの、恒一だって、、」
「それで十分や」
一真は言った。
【余命宣告】
数日後、余命宣告。
「長くて、一ヶ月」
恒一は一人で泣いた。
なんで自分なのか。
まだ若いのに。
夢も見つけてないのに。
もっと生きたかった。
あいつらの未来を、見たかった。
声が出なくなるまで、泣いた。
【見とるけ】
翌朝。
みんなで、一人の運転する列車に乗る。
汽笛が鳴る。
行き先は、本土、前から楽しみにしていた一音の好きな歌手のコンサートだ。
だが、恒一は違う。
恒一の行き先は
あの崖だ
降りる前、恒一は一真に言った。
「お前が、前に進め」
一真は、短くうなずく。
「行く」
一音は何も言わなかった。
ただ、ノートを胸に抱えた。
風が強い。
崖の上で、恒一は立ち止まる。
一真が言う。
「、、、ありがとうな」
恒一は、少し笑った。
「見てるぞ」
汽笛が鳴る。
列車は止まらない。
【潮の向こうで】
数年後、都会の小さなライブハウス。
歌手・西野一音が歌っている。
タイトルはーー
『潮の向こうで』
♪「名前を呼ばないまま
見送った人
あなたの分まで
歩いて行くから
海のような広さで
いつまでも見ていて」
客席の隅で、一真が、静かに聴いている。
【エピローグ】
夢を持たなかった者も、
誰かの夢の中に生きている。
潮の向こうで はち @vosem
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