さよなら、親友。よろしく、初恋。

銀雪 華音

  桜並木、親友との残り五十メートル。

校門へと続く桜並木は、残酷なほどに完成された春を謳歌していた。

 卒業式を終えたばかりの喧騒が、薄紅色の花吹雪に溶けていく。手に持った卒業証書の筒は、三年間という時間の重さに比して、あまりにも軽いものだった。

「……勇気、何ぼーっとしてんだよ。置いてくぞ」

 隣を歩く陽斗(はると)が、僕の肩を軽く小突いた。

 三年前から変わらない、眩しくて、少しだけ距離感の近い、僕の親友。中学一年生の部活帰りに、二人で回し飲みしたスポーツドリンクの味や、夕暮れのアスファルトの匂い。そのすべてが、僕の心臓の奥に「初恋」という名前の棘となって刺さっている。

 校門までは、あと五十メートル。

 この「聖域」を出れば、僕たちはただの「別の高校に通う友達」になる。

「なあ、陽斗」

「ん?」

「お前……合格発表の日のこと、覚えてる?」

 陽斗が「ああ」と、可笑しそうに目を細めた。

「お前から電話きた時だろ? すげえ声だったな。なんて言ったんだっけ?」

 僕は顔が火を吹くほど熱くなるのを感じながら、白状した。

「……『あ! あった、合格してる。やった、やった、ヤッターマン!』……だよ。誰もいない部屋でスマホ見て、一人で叫んじゃったんだ。一週間、親に変な目で見られた」

 陽斗は耐えきれずに吹き出した。

「それな! それをわざわざ電話で報告してくるお前、マジで令和の絶滅危惧種だわ」

「うるせえよ。……でもさ、そのくらい必死だったんだ。お前と同じ高校に行けるかどうかが、僕の人生のすべてだったから」

 陽斗の笑い声が、ふっと止まった。

 風が吹き抜け、大量の花びらが僕たちの間を割る。

「陽斗。あのさ、勇気っていう僕の名前、皮肉だと思わないか?」

 僕は止まった。一歩も動けなかった。

 三年前から一度も踏み出せなかった「友達」という境界線。その白線が、足元で崖のように切り立っている。

「名前に反して、僕は臆病だった。お前に嫌われるのが怖くて、くだらない悪ふざけをして……そんな『親友』の仮面を被って、一番近くにいられる権利を失わないように必死だったんだ」

 左手の筒を、指が白くなるほど強く握りしめる。

「でも、卒業しちゃったら……『親友』なんて肩書きじゃ、もうお前の隣にいる理由が作れないんだよ」

 視界が、桜の色で滲む。

 陽斗が、僕の方を振り返った。茶化すような気配はもうない。

「……好きだよ、陽斗。中一の時から、ずっと」

 言葉にした瞬間、世界の音が消えた。

 泥臭くて、震えていて、今にも消えそうな熱量。

 

 永遠のような沈黙の後、陽斗がゆっくりと歩み寄ってきた。

「……知ってたよ」

 陽斗の声は、驚くほど穏やかだった。

「お前、嘘つく時とか、照れ隠しする時、右の眉がちょっと上がるだろ? 三年間、ずっとその眉、上がってたから」

 陽斗の手が、僕の頭に置かれた。合格発表の日の電話越しでも感じた、あの温かさ。

「合格した時、ヤッターマンなんて叫ぶようなバカな奴、僕だって一人にしたくないんだわ。……高校、一緒で良かった」

 陽斗の指が、僕の涙を乱暴に拭った。

「さよなら、親友」

 陽斗が、悪戯っぽく、けれど最高に優しい顔で笑った。

「よろしくな。……これからの、勇気」

 頭上の桜が、祝福のように一際激しく舞った。

 冒頭であんなに完成されていると感じた風景が、今はひどく未完成で、これから僕たちが描いていく真っ白なキャンバスのように見えた。

 校門の向こう側。

 新しい世界の光が、僕たちを等しく照らしていた。

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さよなら、親友。よろしく、初恋。 銀雪 華音 @8loom

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