普通の女ごころはザマァされない
金木犀
素朴な疑問
……お母さん、ただいま
……あら華、今日は元気ないのね?
……彼氏と喧嘩してさ
「うわっ、タイミング悪いな」
思わず小声で独り言ちた後、息を潜めるように声が消えるのを待つ。
程なく扉が閉まった音が聞こえてから、俺は溜め息と共に、静かに扉を開けて外に出た。
とある日曜日の午後、友達に誘われて外出しようとしたのだけれど……
ついていないことに、玄関で靴を履いているときに外からの声が聞こえてきて…… そのせいでテンションは駄々下がりだ。
10回建てマンションの5階にある我が小杉家、その隣には縁遠くなった幼馴染の五十嵐家。
一人っ子である俺『小杉湊』と同い年の女の子…… その『五十嵐華』とは、幼き頃に結婚の約束をし、中学で付き合って、そして高2で浮気されたのが2か月前。
「ごめんね湊、アンタに男を感じられなくてさ。アタシさ、バスケ部の桜雉くんと付き合う事になったからさ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それって二股……」
「アタシの中ではアンタとは別れてるから。だってもう、アンタと付き合って行くの無理だし……」
いや、乗り換えられたというのが正しいのか……
勉強は出来るが運動神経が人並みに届かない俺、そして今の彼氏はバスケ部のレギュラーのイケメンだ。
別に俺は陰キャではないし、不細工とか小デブでも無い。誰にでも分け隔てなく勉強を教える、いわゆる委員長キャラだろう。
見た目にも気を遣っているから、並以上はキープしていると思うんだけど……
やっぱり美形のスポーツマンと比べると、劣って見えるのは仕方がないのだろうな。
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「それはお前の幼馴染が、クソ女なだけだぞ?」
「アイツがクソ女なのは認める。子どもの頃からの一途な恋心を破壊されたから、二度と顔も見たくない」
「でも隣りに住んでいるんだよな?」
「残念ながらあと1年半は隣りだが、俺は大学では一人暮らしをさせてもらうよ」
まずは腹ごしらえと、マックでハンバーガーを摘む。
その相手は大村龍。中学からの友達で、俺と華の馴れ初めから乗り換えまでを知っている男だ。
「よっ、待たせたな」
「広輝、遅かったな?」
「わりぃわりぃ、早く出たんだけどさ、途中に面白いもん見ちまってな。その後を見てたら遅くなった」
カラッとした明るさと、毒も吐くキャラの成田広輝は高校からの友達だ。
スポーツマンだが部活に入らず、生徒会に所属している優等生だな。
そいつが俺を見ながら、意地悪そうに口角を歪ませる。
「遅れた理由だけどさ、バスケ部の王子の修羅場を見て来たわ。すげーぞアイツ、駅前で一年のマネージャーとキスしてたんだよ」
「王子じゃなくて、桜雉な。名前だけは気の毒に思うよ。それで?」
「そこに五十嵐が来て修羅場になったんだけど、いったセリフが凄すぎた」
「「教えてくれ」」
既に俺も興味本位になっている。
さすがに二股されて捨てられたから、未練などは無いからな。
ただなぁ、悔しさだけは消えないんだけどな……
「それが駅前の公衆の面前で「だってお前、いま生理だからできないだろ?」 だとさ。笑えるだろ?」
ブハッ!
ブホッ!
何も口に入ってなくて良かった。危うく吹き出すところだったよ。
「マジかー、五十嵐とあの一年って竿姉妹じゃね? あっ、湊…… 悪かったか?」
「いや、別れた女なんて他人だろ? しかもゲスい別れ方だから、未練が残らないのが有り難かったしな。それでどうなったんだ」
「五十嵐が怒り出しても気にしないで、「終わったらお前を優先するよ」って言って去っていったよ。ラブホのある方向にな」
スゲェな桜雉。いや、もう王子でいいか。
この後どうするのだろうか? いや、もう俺には関係ないか……
その後は何も無かったように、男3人でカラオケで歌いまくった。
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それから何も変わらず1月が経ち、廊下に張り出された期末試験の順位表を眺めている。
「湊、スゲェな。学年1位かよ。高校じゃ初めてじゃね?」
「広輝、サンキュ。何せ今回は教える相手がいなくなったし、クラスのみんなも気を遣って来なかったからなぁ」
「それって自虐ネタ? まぁお前は国立狙いだもんな。こんな将来有望な男捨てて、五十嵐も勿体ないよな」
「そう言うなよ龍。もしかしたら王子がプロ選手になるかもしれないし」
それ以外でもモデルとかになれるかもしれないよな、外見は滅茶苦茶良いし……
「うちじゃ無理だろ。県大会くらい勝てなかったら、プロなんて不可能だ。それにアレくらいのルックスなんて、モデル事務所に行けば寧ろ下の方だぞ?」
「そうか、広輝の姉さんモデルだったな」
「ホント綺麗だもんなぁ〜」
そんな話をしていたところ、端の方に五十嵐が真っ青な顔で順位表を見つめていた。
……な、無い。名前載ってない
……どうしたのー、ハナ?
……柚子、順位どうだった?
……前回と同じ48位。そういえばハナは?
……いいの、もう行こう
順位表に無いのなら、半分より下の152位以下なのか?
あいつ、一学期迄は50位前後だっただろうが……
「五十嵐、ヤベェな。アイツ中間でギリギリ100位以内だったもんな」
「そうなのか?」
「お前と勉強しなくなったから、本来の成績に戻ったんじゃねぇか? これからどうするのかな」
「多分どうもしないだろう。いまさら俺と縁を戻そうなんて、絶対に思うようなタイプじゃないし」
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それから3か月の間に、五十嵐の生活は大きく変わったようだ。
まず、王子とはかなり前に別れていたらしい。
そして今は面白いものが見られる。
「なぁ華〜。今度は浮気なんかしないからさ、ヨリを戻してくれよー。マネージャとはちゃんと別れたし」
「うるさいなぁ。アンタがあの子に捨てられたのは知ってるんだからね。あの子、今はバレー部の彼氏がいるらしいわね?」
「ぐっ…… でも、今オレってフリーだし」
「アタシには関係ない話よね。何度来られても無駄だよ、邪魔だから消えて」
王子が二人に捨てられた後、女癖の悪いのが広がって、今は女子が近づかなくなったらしい。
そして下半身目的なのか、フリーのままの五十嵐にしつこくウザ絡みしているようだ。
もっともその五十嵐からは、ゴミを見るような目で見られいるとのこと。
そして何より変わったのは……
「ねぇ華〜、帰りにカラオケ寄ってかなーい?」
「しばらく遠慮しとくよ。アタシこのままだと成績ヤバいし」
「華って今フリーでしょ? イイ男沢山くるよ?」
「どうせヤリ目的でしょう? 面倒だからパス」
五十嵐家も小杉家も片親だ。
だから俺は公立大学を目標にしているし、五十嵐は公務員を目指していたはずだった。
幼馴染であり彼氏であった男を裏切っても、母親は大事にしているらしい。
そういえば、五十嵐母ともすっかり話をしなくなったな。
小さい頃はお互いの家にも自由に行き来していたから、家族のような付き合いをしていたけど、今は廊下ですれ違っても会釈程度しかしていない。
もっとも俺から話す内容は無いのだけど……
小杉家と五十嵐家は、すっかり都会のただのお隣さん…… 完全なる他人になっていた。
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そして、さらに1月が過ぎると高校3年になり、周りもすっかり受験生の雰囲気に変わっていた。
俺たち三人は全員成績優良なのもあり、よく誰かの家で勉強会をしていた。
そんな或る日の休憩中、龍がボソッと呟いた。
「実は五十嵐のことなんだけど、密かにざまぁ展開を期待してたんだ。でも、至って普通だったな……」
「龍、現実にそれは無いだろ?」
「だってさ広輝、あまりにもテンプレだろ? 優等生で優しい幼馴染を裏切って、イケメンの運動部のレギュラーに靡くって」
「そして浮気されて捨てられる。この場合は愛想をつかしたのが五十嵐だけどな」
「そのあとは、幼馴染のお陰で優秀だった成績が下降線を辿る…… な、テンプレそのものだろ?」
確かに大きな流れだけを聞くと、まるでよくある『ざまぁ系』のようだよな?
「二人とも、でもその後が大きく違うだろ? もう半年くらい経つけど、俺たちは完全な他人だよ? そして残念なことに、俺を慰めてくれる可愛い女の子なんて現れないし」
「だよな。テンプレだと五十嵐より美人の女の子が現れて、いきなり付き合ったりするんだよな」
「でもそんなことって現実にはないよね。それにそんな人って信用できるはずないし」
傷心の異性に近付いてくるなんて、大体は下心のある信用が置けない人間だ。
普通に考えながら生活していれば、詐欺レベルで怪しいと思うよね?
それにそんな感じの女性に引っ掛かる奴も、結局は簡単に忘れられる程度の想いだったんだから、お互い様なんだろう。
「そうだよな湊。それに五十嵐は最近メイクもしてなくて、ずっと勉強しているみたいだし……」
「仲が良かったグループを抜けて、真面目な地味グループに混ざってるよな」
「そうなのか? 気にしないようにしてたから、見ていなかったよ。元々まともな事務職に就きたいって言っていたからな、良い事じゃないのか」
気にしないようにと思うのが男だよな……
ヨリを戻したいとは思わないけど、どうしても昔の良かった頃を思い出してしまう。
「でもさ広輝も思わなかったか? 浮気女がイイ男と思っていたクズ男に捨てられて、泣きながら縋ってくるの。そして突き放されて、そのまま転落していくって」
「王道のざまぁだよな。でも誰であろうと、そんなクラスメイトの姿は見たくないぜ……」
でもなぁ……
なんかそれって、根本的に間違っている気がするんだよなぁ……
「二人ともさ、絵空事をマジメに考え過ぎだよ。あのざまぁって、まずあり得ないから」
「何故?」
「自分が振った相手に未練を残すのって、圧倒的に男なんだよ。最近はヤンデレとかが持て囃されているけど、現実だとストーカーって圧倒的に男だろ?」
もちろん男が全員そうだみたいな、ステレオタイプのような事は言わないよ?
統計的な多寡についてで考えると、ってことなんだよ。
「ああ、偶に女のストーカーも居るけど、ニュースを見てると大体男だよな……」
「それに、ストーカーもある意味では一途の行き過ぎだよな。ヤンデレに通じるのか?」
「ヤンデレを強調する意味は無いんだけどさ。まぁ、女は振った男をそこまで気にしてないってこと。挨拶できる関係に戻れれば戻るし、相手がそういうタイプじゃなければ他人のままでいいんだよ」
そうだよ、ざまぁの中でもこのパターンは、現実だと殆ど成り立たないんだよね。
その理由は、男と女の気質の違いなんだ。
「でもさ湊、それだと『ざまぁ』にならないよね?」
「龍、そうじゃないだろ? 湊が言ってるのは、ざまぁは男の願望って言うか…… 妄想ってことだろ? そうなったら男的には嬉しいからか?」
「そうだね。気質っていうか性別の違いって、昔言われていたのが正しいと思うんだ」
「「それはなんなんだ?」」
「男は過去の恋愛を保存して、フォルダにしまうんだけど……」
「「けど?」」
そう、これがあり得ない理由。
寧ろ男のほうが、過去の恋人の写真とかを残していたりするんだよ。
「女は保存しないで上書きしてしまう…… だから、過去の恋愛は無かった事になるんだよ」
「そうか…… なら存在自体を消された男に、後から縋り付くってことは無いのか」
「だから湊も気にしないようにしているのか?」
「残念ながらそうだよ。良かった頃のことは忘れないからね。俺もフォルダに保存するタイプのようだからさ……」
二人はそのあと暫く黙って…… 全然違う話題に変えてくれたが、それってかえって辛いんだぞ?
でも、五十嵐の態度を見てたら良くわかるんだ。
俺は向こうからすれば、すでに幼馴染ですら無いって感じだからね。
そういえば、別れるときも悪いとは思っていたようだけど、興味が失われているのがアリアリだったし……
「さてと、受験が無事に終わったらだけど、俺も新しい恋を探すからな」
その後3年をかけて、全員無事に優しい恋人を作ったけど…… それはまた別の話で
普通の女ごころはザマァされない 金木犀 @miyu001
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