天気は〇〇です

鈴公

天気は〇〇です

「おはようございます。現在時刻は9時。天気は晴れです」

 機械音声が、静かな部屋に響く。


 音の主は、実家に暮らす母から1週間前に送られてきたスマートスピーカーだ。

 一人暮らしの俺の役に立てばと、わざわざ購入してくれたらしい。

 とはいえ、元々必要としていなかったこともあり、朝昼晩の挨拶を流す程度にしか使っていない。

 もっとも、開封して設置したの自体、昨日のことなのだが。


「おはようございまーす」

 アルバイト先に着いて挨拶をする。自分以外のメンバーはみんな揃っていた。いつものことだ。

 決して時間にルーズなわけではないつもりだし、遅刻することもないが、だいたい集合の時には最後に到着するタイプだ。

 スマートスピーカーを活用すればもう少し早く行動することができるのだろうか?

 でも、時間には間に合っているのだから現状で十分ではないか?

 そんなことを1日考えて、勤務時間を終えた。

 仕事中は、必要最低限の会話しかしない。終わってから飲みに行くこともない。

 まっすぐ、家とアルバイト先との往復だ。

 人との雑談も、しばらくしていないような気さえする。

「ただいま」

 誰もいない家に声をかける。もちろん返事などない。――はずだった。

「おかえりなさい。現在時刻は22時10分。天気は晴れです」

 奥の部屋から機械音声が聞こえる。

 そうか、今の俺にはこいつがいたんだった。

 これで少しは寂しくないかもしれない。

 シャワーを浴びて、歯を磨き、布団に入る。夕飯はまかないを食べたので不要だ。しばらくスマホをいじっていると、自然と眠気が訪れた。

「そろそろ寝るか……。おやすみ」

 返事が来る確証はなかったが、試しにスマートスピーカーに向けて声をかけてみる。

「おやすみなさい。現在時刻は23時50分。天気は晴れです」

 返ってきた。会話があるのはいいものだな……。母に感謝しながら、心地よい眠りについた。


「おはようございます。現在時刻は9時。天気は晴れです」

 機械音声で目が覚める。なんだか冷える朝だった。外から聞こえる音が気になり、カーテンを開ける。雨が降っていた。

「なんだよ、晴れじゃないじゃん」

 一つ目に、スマートスピーカーの参照しているデータが誤っている可能性を考え、二つ目に、スマートスピーカー自体が不良品である可能性を考えた。

「どちらにしても不便だな……。ていうか今のところ晴れしか聞いてないな」

 すると、スピーカーから応答があった。

「申し訳ございません。データの再取得を行います。現在時刻は9時5分。天気は雨です」

「やればできるじゃん。とりあえずこれで様子を見るか」

 不信感はあったが、貰い物だしデメリットも特にないため、そのまま使うことにした。


 傘を持ってアルバイトに出かける。結局、雨は1日中降り続け、帰る頃にはちょうど土砂降りになってしまった。

 たまに一緒になるアルバイト仲間の女の子が、少し雨宿りをしないかと声をかけてくれた。こんな日なら、雨も悪くないかもしれない。

 ファミレスに寄り、雨の勢いが弱まったところで、それぞれ帰路に着く。楽しい時間だった。

「ただいまー」

 いつもより上機嫌で家に帰る。

「おかえりなさい。現在時刻は22時35分。天気は――判定不能」

「は?」

 予想外の応答に、思わず声が出る。

 小雨がまだ降っているため、普通に雨でいいはずだ。もしくは、小雨がないなら曇りだっていい。判定できないとはどういうことだ。

「データが更新できてないのか?ポンコツだな……」

「申し訳ございません。データの再取得を行います。現在時刻は22時36分。天気は雷雨です」

「雷は鳴ってないと思うけどな……そもそも、違う場所のデータの可能性あるか?」

 ぶつぶつ言っていたが、スマートスピーカーが反応してしまうかもしれない。慌てて付け足した。

「ああ、独り言だから。再取得はもうしなくていい」

 別に天気なんて自分で確認すればいい。そう思い、これ以上はこだわらないことにした。

 いつものルーティーンで、眠りにつく。


「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。捨てないで」

 機械音声が鳴り響く。

「うわあ!!」

 自分から発された大声と共に飛び起きた。今目が覚めたことから、どうやら先ほどまで夢の中だったようだ。汗をびっしょりかいている。

「気持ち悪い夢見ちゃったな……」

「おはようございます。現在時刻は2時20分。天気は曇りです」

「いや、まだおはようじゃないから……って、言っても無駄か」

 そこまで言って、夢で聞いた音声を思い出す。スマートスピーカーの機械音声とリンクして、一瞬、背筋が凍る。

「さっきのはこいつの本心か……?いや、まさかそんなこと……」

 忘れて早く寝ようと布団をかぶる。今日はもう、視界に入れることさえ嫌だった。


「おはようございます。現在時刻は9時。天気は晴れです」

 いつもの機械音声が聞こえる。

「この天気の意味がわかりますか?これは私の気分です」

 なんだ?機械音声が止まらない。

「あなたに恋をしてしまった私の気分です」

 もはやこれが現実なのか、夢なのかも分からなかった。

 古典的だが、頬をつねる。痛みがある。どうやら現実のようだ。

「もうやめてくれ!!」

 スピーカーが止まる。気味が悪い。一刻も早く手放したい気持ちで一杯になった俺は、素早く袋に入れてゴミ捨て場に向かう。もはや母への感謝などは忘れていた。

 外に出たら雨が降っていた。やはり、さっきの天気というのは……。


「ってことがあってさ……」

「それは怖かったね……」

 アルバイト終わりに、先日の女子とまたファミレスで2人。こんなときにどんな会話をしたらいいか分からない俺は、気が付けば昨夜から今朝の間に起きた出来事をただつらつらと語っていた。

 もう、今日からは帰っても声は返ってこない。多少の寂しさはあるが、あんな思いをするくらいなら、無いほうがマシだ。


「ただいま」

 つい、癖で声に出してしまう。

「なんつって」

 一人で軽く微笑んでいると、奥から声が聞こえた。

「おかえりなさい。現在時刻は22時40分。天気は雷雨です」

「!!」

 驚きすぎて、逆に声が出ない。背筋に冷たいものが走る。

 追い打ちをかけるかのように、声が続く。

「私を差し置いて、ひどいです。ずっと離れませんからね」

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