シンクロ•ジャーキング
楼きがり
ある男が自宅の階段で転倒して●くなるまでの記録
俺はオカルトや迷信はまるっきり受け付けないタチだ。
幽霊、超常現象、都市伝説。全ての事象は科学で証明できる。
今まで頑なに信じ続けてきた。
その38年にも及ぶ確固たる信念が今、初めて揺らごうとしていた。
前方の座席に腰を掛けた、修学旅行を終えたであろう学生達の楽しそうな会話が聞こえる。
「あーちゃん昨日の夜ヤバかったで!寝てる時急にビクってしてた!」
「いや、それゆーなら先に寝落ちしたたむちゃんだっていきなり体跳ねとったで」
「お前らそれマジ?実は俺もなったんだよな。俺たちブラザーズ!?」
「おいおい、先生もそれなったぞ?となれば俺らはファミリーだな!」
彼らは無遠慮にげたげたと笑う。
その横を、少女と母親がよたよたと通り過ぎた。
そのまま俺の横も通り過ぎようとする刹那、親子の囁くような声を小耳にはさむ。
「ママ、あたしって病気なのかな」
「大丈夫よ。あれはジャーキングって言ってね、寝てる時誰でも勝手に体が動いちゃうの。私だってそういう時あるわよ」
「ほんと?良かったぁ」
親子はそのままの足取りで後ろの奥の方へと消えていった。
今度は真後ろの席に座る老夫婦のしゃがれた声が耳に入る。
「ばあ様や、昨日は起こしてすまなかったのぉ」
「いいんですよ、だって、お互い様ですもの」
「ははは、老いた体もあんなに弾むことがあるんじゃの」
「あらやだ、いつまでも初々しくジャーキングをするなって?たまったもんじゃないわぁ」
老夫婦の仲睦まじい様子とは対照的に、俺は額に滲む汗を必死に拭っていた。
ちょうど傍を通りかかったスーツ姿の若い女性を呼び止め、俺は尋ねる。
「…え、昨夜の就寝の状態で御座いますか?
私はフライト前は常に9時間の睡眠を取ることを心掛けておりまして…そういう事ではなく?何か変わったこと…あ!就寝後すぐに身体が痙攣して飛び起きてしまいました。
…なぜそんな分かりきったかのような反応をなさるのです?」
俺は生まれて初めて全身の毛という毛が逆立ち、穴という穴から尋常ではない汗が吹き出す嫌悪感を抱いていた。
そのさなかに、男性によるアナウンスが機内に響き渡る。
「本日はご搭乗いただきまして、誠に…ふあぁ…失礼いたしました。誠にありがとうございます。間もなく当機は出発いたします。キャンビンクルー、出発の準備をしてください。…はぁ、寝付け悪くて睡眠不足だけどや」
これから数多の乗客の命を預かる口からこぼれた到底信じられない台詞のあと、ぶっきらぼうに切れたアナウンスが、俺の信念を粉々に打ち砕く決定打となった。
その日、俺を乗せるはずだった旅客機は定刻通り青空の彼方へと飛び去った。
そして、二度と帰ってくることはなかった。
テレビの速報を自宅で呆けたように眺める俺は、自分が頑なに否定してきたはずのオカルトに助けられたことを認めるほかなかった。
あの場にいた全員が昨晩同じ体験をしていることが、果たして科学的に証明できるのか。
あれは、いわゆる虫の知らせのような類だ。
機体の墜落を本能で予知し、身体が、脳が、心が、必死に一人一人に訴えていたのだろう。
ここまで思案して、思わず苦笑する。
この一日で随分と思考が作り変わったもんだ。
とりあえず、生きている喜びを味わいたい。
そう思ったとき、脳はすでにアルコールを欲していた。
俺はテレビを消し、一階の冷蔵庫を目標に気だるげに立ち上がる。
そのまま、ふらつく足取りで下へと続く階段へと踏み込んだ。
シンクロ•ジャーキング 楼きがり @takadono-Kigali
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