交渉勇者

茶電子素

最終話

魔王城の前に立った瞬間、胃の奥がひっくり返るような感覚に襲われた。

緊張というより、もはや病気に近い。

ここに来るまでの一週間、俺は毎晩、胃薬を噛み砕くように飲んでいた。


名前はリオネル。一応『勇者』だ。

だが、戦闘力は“勇者としてはハズレ”。

魔族の四天王と同程度――

つまり、魔王目線で『ギリギリ強者扱いされるかどうか』のライン。


魔族社会は強者至上主義。

弱者の言葉は、風の音と同じ扱いだ。


だからまずは、強者のフリをしなければならない。

他にも、ブラフ、交換条件、虚実交えて全部使ってやろうと思っている。

それが人類代表としての、俺の武器だから。


……でも、本来の性格は、真面目で寡黙で、アドリブが壊滅的に苦手なんだけどな。



魔王城の大扉を押し開けると、空気が変わった。

黒い大理石の床、赤い絨毯、左右に並ぶ魔族たちの視線。

奥には玉座。そして、その脇に四つの影。


魔王ゼルガドスと四天王だ。


俺は震えそうになる足を押さえつけながら、玉座へ歩み寄る。


魔王の真紅の瞳が、こちらを射抜いた。

その瞬間、肺が縮むような圧がかかる。


「人間か」


低く、淡々とした声。

暴君のような怒号ではない。

むしろ、静かすぎて底が見えない。


俺は、練習した通りの口調で返す。


「ああ。人類代表の勇者リオネルだ。魔王ゼルガドスとの会談を求めて来させてもらった」


敬語ではない。

だが、無礼でもない。

“対等の強者として話す”ための、ぎりぎりのライン。


魔王は片肘をつき、興味があるのかないのかわからない目で俺を見た。


「強さを示せ。話を聞くかどうかは、それからだ」


その言葉に、四天王がざわめく。


左から順に、鎧騎士ガルド、魔術師リュシエル、双剣のエイラ、獣人バルゴ。

全員が四天王として申し分ない怪物だ。


俺は、事前に読み込んだ資料を頭の中でめくる。

癖、戦闘記録、弱点。

その中で、唯一「まだマシ」と判断したのが――鎧騎士ガルド。


理由は単純。

真っ向勝負を好むタイプで、動きが読みやすい。


……読みやすいだけで、勝てるとは言っていない。


「四天王の中から選べ」


こっちに選ばせてくれるとはツイてる。

俺は一歩前に出ると、ガルドを指した。


「……鎧のあんたと戦わせてもらおうか」


ガルドの兜の奥が、わずかに動いた。


「ほう。人間が我を選ぶか」


「他の三人より、あんたの方が“話が通じそう”だったんでな」


挑発と敬意を混ぜた、絶妙な言い回し。

話し方だって、鏡の前で何度も練習した。


ガルドは金属が擦れるような笑い声を漏らした。


「面白い。受けて立とう」



闘技場に移動すると、魔族たちの歓声が響いた。

俺は剣を握り直し、汗で滑りそうになる手のひらを押さえる。


ガルドが大剣を構え、低く言う。


「名を名乗れ、人間」


「リオネルだ。あんたを倒して、魔王との席に着かせてもらう」


自分で言っていて、胃が痛くなるほどの虚勢だ。



――ガルドが踏み込んだ瞬間、視界から姿が消えた。


――速い。


突進。

読み通りだが、資料より速い。


俺は横へ一歩だけ踏み出し、最小限の動きで避ける。


直後、地面が砕けた。

さっきまで俺がいた場所が、深く抉れている。


喉が鳴る。

心臓が暴れる。

だが、表情は崩さない。


「その程度かよ」


言った瞬間、心臓が止まりそうになるほどの圧を感じた。

ガルドの殺気が、闘技場を満たす。


「貴様……!」


次の攻撃は横薙ぎ。

踏み込みが深い。

が、狙いは読みやすい。


俺は懐に潜り込み、鎧の隙間へ剣を突き立てる。

だが、あと少し届かない。


ガルドの大剣の柄が脇腹に叩き込まれ、肺の空気が全部抜けた。


視界が白く弾け、身体が転がる。


痛みで意識が飛びそうになるが、何事もなかったかのように立ち上がる。


「……悪くないな。ちょっとワクワクしたよ」


ワクワクどころではない。

本当はガクブルだ。

肋骨も悲鳴を上げている。


ガルドは腹の傷を無視し、再び突撃してくる。

だが、怒りで動きは雑になっている。


俺は紙一重で避け続ける。

足が震え、膝が笑い、呼吸が乱れる。


それでも、口だけは止めない。


「おいおい、どうした。さっきより踏み込みが甘いぞ」


ガルドの怒りが爆発する。


観客席からも野次が飛ぶ。

俺に向けられているのは、ほぼ憎悪と嘲笑だ。


……問題ない。

嫌われるのも嗤われるのも構わない。

とにかく生き残れば勝ちだ。


ガルドの呼吸が荒くなる。

無駄な力が入り、動きが鈍る。


――今だ。


「やっぱり四天王って大したことないな」


ガルドが咆哮し、全力で踏み込んでくる。


「おお、やればできるじゃん」


俺はわざと足をもつれさせた。

ガルドの目に「勝った」という油断が浮かぶ。

その瞬間、攻撃の軌道が甘くなる。


俺は身体を捻り、ぎりぎりで大剣を避け、腕を掠めさせる。

肉が裂ける痛みを無視し、足首へ斬撃を叩き込む。


ガルドの巨体が揺らぎ、膝が折れた。


観客席がざわめく。


俺は涼しい顔を装いながら、落ち着いた声で言う。


「……もうやめとけ。これ以上続けてもアンタじゃ勝てねえって」

(いや、もう無理。ギリギリにもほどがある。続けようとか言われたら、その瞬間詰む!)


ガルドはしばらく沈黙し、やがて大剣を地面に突き刺した。


「……認めよう。貴様の実力、そして胆力。確かに我らを凌駕するやもしれん」


俺は、倒れそうになる身体を必死に支えていた。

虚勢は、戦いが終わっても続けなければならない。



玉座の間に戻ると、魔王ゼルガドスがわずかに身を乗り出した。


「見事だ、リオネル」


その声は淡々としているが、先ほどより興味が混じっている。


俺は傷を最低限だけ治し、痛みを抱えたまま前に出る。


「それで、目的はなんだ」


魔王の問いに、俺は深く息を吸う。


「ああ。人類の存続条件について、話をつけにな」


玉座の間がざわつく。


魔王は表情を変えない。


「存続条件、か。随分と現実的だな」


「俺みたいのが、あと5人もいれば戦うって手もあるんだけどな。(ほんとはあと5人程度じゃどうにもならんけど……)

まあ、そっちの理もあるだろう。無条件で見逃してくれとは言わない。互いに利益がある形を探したいんだ」


「具体的には?」


来た。

ここからが本番だ。


「人間の領域の一部を、魔族側の支配下に置く。その代わり、残りの領域と住民の生命を保障してほしい。資源や労働力は、定期的に上納する」


魔王はしばらく沈黙し、やがて口元をわずかに歪めた。


「……人間にしては、随分と冷静だな。勇者ならもっと綺麗事を言うものだと思っていたが」


「綺麗事で見逃してくれるほど、アンタは甘くないだろ?」


魔王の瞳に、わずかな愉悦が宿る。


「いいだろう。話を聞く価値はある」


胸の奥で、何かが崩れ落ちるような感覚がした。

生き残った。

とりあえず、入口だけはこじ開けた。


「ただし、勘違いするな。我が話を聞くのは、貴様が“弱者ではなかった”からだ」


「わかってるって」


(自分でも驚くほど落ち着いている……

恐怖で麻痺した心が功を奏しているのか?)


「では話せ。人類の命運を賭けた勇者よ。貴様の舌が、どこまで我を退屈させずに済むのか」


俺は一瞬だけ目を閉じると、脇腹の痛みを押し殺した。


「まずは……これまでの戦いの損失から整理させてもらう」


長い交渉の、最初の一歩。


魔王が静かに頷いた瞬間、安心するとともに再び恐怖心が湧いた。


――まだ死ねない。この舌だけは、最後まで使い切る。


そう思いながら、俺は次の言葉を紡いだ。

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