乳首が光る世界で聖女をやらされることになりました

ひつじ

本編


 唐突だがわたしはこの世界が乙女ゲームだと知っている。


 本当ならこのあとに続くのはこの世界に生まれたことに対する葛藤だとか、不安だとか、あるいは世界観の説明がくるのだろう。

 だがそうならない。

 逆張りとかではない。もっとやべーことを説明しなくてはいけないからだ。


 この乙女ゲームの攻略対象は乳首が光っている。


 正しく言い直せばこの世界の男性は乳首が光っている。家の中を半裸で闊歩する父親の乳首はピカーッと光っているし、薄着の兄の乳首は服越しにぼんやり光っている。

 比喩ではない。LEDみたいに光っている。


 なんでだよ。


 多分この乙女ゲームはたまにあるシュールなギャグのバカゲーだ。攻略対象が実写動物とか、攻略対象の身体の一部がいやに尖ってるとか、あるじゃん。一発ネタの、誰しもパッケージは見たことあるようなヤツ。思い起こせば確かに光る乳首を晒した男がパケのゲーム見たことあったかもしれない。

 でもね。この世界に生まれ変わってしまったわたしの気持ちにもなってほしい。

 具体的には父親の乳首が光ってるのを見てしまったわたしの気持ちよ。

 信じられなくてギャンギャン泣き喚いたのに、宥められたのはわたしの方だった。寧ろあなたのパパは素敵な乳首の持ち主なのよって母親に言われた時はショックで死ぬかと思った。

 そして思い出す。現代日本で生きてきたこと。死んでこの世界に生まれ変わったこと。

 父親の光る乳首で思い出したのだ。はー死にてー。わたしだって濃厚な恋愛を繰り広げる悪役令嬢ものみたいなゲームがよかった。どうせ生まれ変わるならさ。


 ちなみに剣と魔法のファンタジーです。

 乳首が光るけどな。




「では勇者一行よ、魔王討伐をよろしく頼む!」


 王の下命にげんなりした。

 男の乳首が光る世界だと知ってから、男と話すたびに「こいつも乳首光ってるんだよな……」って思うのが嫌すぎて修道女になっていたわたし。聖女という肩書を貰い受け、勇者一行のメンバーに選出されてしまった。最悪。

 そういえばこの乙女ゲーム、主人公聖女だったわ、最悪。でも乳首が光る男と生活するより精神衛生上良かったからな、修道女になることは。聖女に選ばれてしまったからには仕方が無い。とっとと終わらせてとっとと教会に帰ろう。


「俺が勇者だ、よろしくな!」


 パチンとウィンクしたのは勇者だ。彼は有名だから噂で聞いたことがある。七色に光る乳首の持ち主だ。五大元素の魔法が使えるみたいなテンションでこいつの乳首は七色に光るらしい。なんか強いらしいよ。知らんけど。

 ちなみに名前は出さない。読者の皆さんが今後違う小説を読む時に、その小説の登場人物にこいつと同じ名前があったら「七色に光る乳首」が脳裏によぎるかも知れないからだ。流石に申し訳なさすぎる。こいつは勇者という記号だけでいい。犠牲になるのはこの小説だけで十分だ。


 あとわたしも名乗らない。こんなバカ小説に名を刻まれるとか恥辱以外の何者でもない。以後聖女でよろしく。


「みなさん、どうぞよろしくお願いします」


 笑顔で返す僧侶は私と同じ教会からの出向になる。なので知っているのだが、彼は陥没乳首でその光は濁っているらしい。オイオイオイエロ文脈以外で陥没乳首とか使ってんじゃねぇよ。カクヨムさんからセンシティブ判定くらったらどうしてくれるんだ。


 クール系の戦士はひとつ頷いて終わりだ。彼に関してはなんも知らないから多分普通に乳首が光ってるんじゃないかな。普通に光る乳首ってなんだよ。


 わたしも小さくよろしくとだけぶっきらぼうに告げると、最後の一人がくすくすとこちらを嘲るように笑った。


「えー? 聖女さん冷たーい! アタシならもっと盛り上げるのになー☆」


 なんやこのあざといロリっ子魔法少女。

 だがわたしは全てを許そう。なぜなら女の子だからだ。男の乳首は光るが女のは光らない。それだけでわたしは正常でいられる。そんな気持ちでニコリと笑いかけたら引かれた。ひどい。




 こうして光る乳首どもと魔法少女との旅がはじまった。目指すは打倒魔王。さすがに選りすぐりのメンバーなだけあり、旅路は順調そのものだ。

 戦士はタンクとして優秀。魔法少女は撃たれ弱いが勇者と並ぶ高火力アタッカーだ。わたしと僧侶は役割が似ているが、わたしは回復担当、あっちはバフデバフ担当で住み分けが出来ている。でもなんかデバフ比重がデカい気がするんだよな。濁ってるのは乳首の光だけじゃなくて性根もとかってタイプだろ僧侶。


 そして勇者だ。コイツはやべぇ。


「みんな伏せてくれ! いくぞ、勇者フラッシュ!!」


 あああああ最悪最悪最悪。この技を直接見たことは無いけれどどんな技なのか、具体的に何がフラッシュしてんのか分かってしまうのが本当に最悪。でも敵に囲まれた時に便利なんだよこの全方位攻撃。勇者として正しいのが腹立たしいことこの上ない。

 顔を上げるのが嫌で伏せたままでいると、魔法少女から「もう終わったけど」と声を掛けられた。


「なーに? 見んなって言われてんのに見たのぉ? おまぬけさん」


 物理ダメージじゃなくて精神的なダメージで動けなかったんだい。特大のため息をつきながらのろのろと立ち上がる。周囲には戦闘不能に陥った魔物の群れだ。ほんと強くて最悪。


「やっぱ勇者ってカッコいいよねぇ。アンタもあーゆーのが好きなの?」


 ははっ。まさか。


「わたしは一緒にいて穏やかな気持ちになれる人が好きよ」


 少なくとも乳首の光で精神焼いてくるやつは嫌です。魔法少女は大して興味なさそうにふぅんと返事をした。




 トンチキとはいえ乙女ゲーム。乳首が光っていようとも基本的なシステムは抑えてある。つまり旅の合間の休憩時間を誰と過ごすかによって好感度が上がるっていうアレはちゃんと実装してある。

 わたしは大抵魔法少女ちゃんと行動を共にすることにしている。最初は「は? なんでアンタなんかと」みたいな反応だったのが「ねー次はどこいく?」といった感じで態度ごと軟化してきた。やったぁ嬉しい。

 どうしても魔法少女ちゃんと行動出来ない時は渋々僧侶と過ごすことにしている。やっぱこいつ腹黒タイプだった。だから乳首の光も性根も濁るんだよ。聖女にアイアンヘッド食らわせるタイプの僧侶ヤバすぎだろ。


 ここまでくるとなんだかんだ勇者や戦士とも少しは打ち解けられるようになった。七色に光る乳首がチラチラしてるのも確かだけれど。

 というかこの世界男の乳首周りのガードが緩すぎる。ボディービルダーがワンサイズ小さいTシャツを敢えて着ているみたいなイメージだ。見せて自慢したいんだなって意図を理解してしまった瞬間には吐血したくなるくらいのストレスを覚えた。それくらいチラチラキラキラさせてくるから割とムカつく。


 その点僧侶は絶対にチラリズムさせないからそこだけは信頼している。同時に「あ、やっぱりコンプレックスなんだ」と伝わってきてしまったので胃がキリキリした。乳首が光る世界なんて誰も幸せにならないよ。




 今日も今日とて魔王城を目指す道中。真っ暗な洞窟に差し掛かった際、勇者が口を開いた。


「暗いな。俺が脱ごうか?」


 気でも狂ってんのか。


「お前の乳首はチカチカするんだよ。ここは俺が脱ごう」


 気でも狂ってんのか!!!

 乳首が光ることを便利に使うな!!!

 

 クソ。理屈は分かってしまう。乳首が光ってるんだから脱げばお手軽懐中電灯だ。しかもハンズフリー。乳首さえあればどんなに暗い洞窟でも安心して歩けるだろう。

 うわああああこんな意味のわからない日本語使いとうなかった!! バーカバーカ世界のバーカ!!


 戦士が文字通り一肌脱ぎ乳首で前方を照らしていく。やっぱ戦士のは普通に乳首が光るだけか。いやだから普通は乳首光んないんだよ。心がキュッとした。

 魔法少女が「なんか聖女顔色悪いし手ぇ繋いであげんね」と手を引いてくれたのが唯一の救いだ。ありがとう魔法少女。


「これくらい、強く美しければ……」


 振り向かなくてもわかる。この憂いを湛えたため息は僧侶のものだ。そして聞かなくてもわかる。これ乳首の光量の話だろ。コンプレックスをこんなところで呟くな。ヒロインの耳にだけ届くような絶妙な声量もやめろ。わたしは絶対に振り返らないし、慰めないからな。

 と、一秒で乙女ゲームのイベントのワンシーンだと超速理解したわたしは無言で洞窟を進んでいったのだった。



 そして辿り着く魔王城。そしてその玉座。

 ロウソクの光に照らされた広間にて魔王はわたし達を待ち構えていた。


「良くぞここまで辿り着いた、勇者どもよ」


 魔王の乳首は光っていない。ここに来るまでの魔物達はみんな光っていたのに。特に副乳があるタイプの魔物はうるさいくらい光っていたのに。

 最初に思うことが乳首かよ、はー切腹しよ。自分で自分に絶望していると、魔王がおもむろに立ち上がった。


「常に乳首を光らせておくしか能のない猿どもよ。我が乳首の輝きの前に散るがいい」


 なんだその最低最悪の決め台詞。

 と、思う瞬間も無かった。


 瞬間魔王の乳首は光った。あらゆる光の何倍もの光量で光った。輝くとは違う。なにせ光の揺らぎはない。この一帯すべてを照らし出したのだ。

 瞼を閉じようとも意味が無い。瞼程度の蓋など貫通する。腕で庇うのも同様だ。影という影を暴き出し、身体さえ透過させんばかりの光の嵐。毛穴という毛穴すら照らし出す。

 おそらく時間にすら干渉していた。これほどの光を一個体が発生させるには、熱が必要になる。そしていかに魔王とてその熱には耐えられるはずがないのだ。

 例えるなら恒星だ。わたし達は今目の前に、太陽を召喚されたかのような光度で襲われている。光速で叩きつけられたそれらは周囲の時間さえ置き去りにしているのだ。


 勝てない。

 太陽には敵わない。

 こんな光度に立ち向かえる人類など存在しない。


 本当に?

 どうしても勝てないの?


 わたしの中のわたしが問う。

 見て分からないのか。この絶望的な状況を。しかしわたしの中のわたしは胃を絞り上げられたような顔をしていた。


 だってこれ乳首から発せられている光だよ?

 

 乳首の光で、死ぬの?


 う、うわあああああ!!


 乳首の光で物理法則を捻じ曲げようとするな!!

 アインシュタインに謝れアタック!!



「やるじゃないか、聖女!」

「というかびっくりするくらい魔王が撃たれ弱いな……ガガンボかよ」

「あの一撃だけの一発屋だったんでしょうね」

「すごーい!!」


 やっぱね、勝つのは愛と勇気と理不尽への怒りなんですわ。

 わたしは魔王を思いっきり殴った杖を擦りながら悟った。だって心の眼みたいなのを開眼してたもん、わたし。ちなみに魔王は殴ってくるやつがいるとは思わなかったのか、綺麗に殴られてくれたし、それでK.O.だった。多分光る側もダメージ入る諸刃の剣だったんだろうな。バカめ。そんなんやるくらいなら乳首なんてしまっとけって。

 とりあえず全員の目が光で神経やられてないか回復だけ行って、凱旋となった。


 


 魔王はこうして倒され、世界に平和が訪れた。

 王にはものすごく褒めていただけて、褒賞も授与された。ありがたい。修道院のみんなも喜ぶだろう。

 わたしもこれで心安らかに修道女に戻れる。もう一生分の乳首の光を浴びた気がするもん。あとは女の人に囲まれて生きて行きたい。一生分の乳首の光ってなんだよ。

 とはいえ積年の仇が倒されたのだ。王が祝勝会を開きたいとの思し召しならば、それにはどうしても従わなくてはいけない。またもや我々は王城に呼び出されたのである。

 修道院では労いもそこそこに祝勝会で恥をかかずに済むようマナー講座が開かれ、そこで徹底的にしごき上げられた。待ってくださいわたし魔王倒してきたんですよ。聞くと僧侶の方も似たような目に遭っているらしい。それはちょっとザマァ。


 とにかく豪勢な祝勝会が催された。世界を救った勇者の七色に光る乳首もお披露目され、気分が悪くなったわたしは一人テラスへと逃げる。

 てーかなんでマナーが厳粛なはずのパーティで脱いでんだあのバカ勇者。お陰で久しぶりに乳首は光るんだということを思い出してしまったじゃないか。マジでクソ。


「ねぇ、大丈夫?」


 振り返ると魔法少女がいた。わたしを追いかけて来てくれたのだろう。この旅の中ですっかり仲良くなったものだ。お疲れ様と微笑むと向こうも笑ってうんと答えた。


「勇者もバカだよね。アンタが男の裸苦手だって知ってるのにあんなことしてさ」


 別に裸が苦手なのではなく、光る乳首が受け入れられないだけなんだけどな。まあ当たらずも遠からずか。

 プリプリ怒っていた魔法少女は、しかしすぐに落ち着かないようにそわそわし始める。どうしたのかなと首を傾げると、顔を赤く染めてわたしを見上げた。


「あのね、アタシ……ボク、あなたのことが好き」


 ……えっ。

 これ乙女ゲームじゃ。いや待って。ボク?


「あの、しょうがないの。あなたが気付けなかったのは。だって本当に女の子のフリしようとしてたし」


 まさか魔法少女。きみって。


「ボク乳首が光らなくて、だから言い出せなくて」


 お、男の娘だったの!?

 ……は? 乳首?


 詳しく話を聞くと、魔法少女改め魔法少年は生まれつき乳首が光らなかったらしい。男の乳首は光るこの世界で、たった一人光らない乳首。自分がどれほど異常なのか、はっきりと理解していた。

 だから女の子のフリをしてきた。女の子の乳首は光らない。そのコンプレックスを覆い隠すために、女の子の服を着て、女の子の言葉遣いをして生きてきたのだ。

 光らない乳首とは裏腹に誰よりも魔法の才能があった。今後どんなことがあっても自分を誇れるように旅に参加したのだ。……例え乳首が光らなくても魔王は倒せるんだ、と。


 いろいろツッコミたいところではある。

 というか一緒にお風呂入ったことあるよなわたし。なんか躊躇ってたからなんでだろうとは思っていた。でもそれでもわたしは彼が男だと気付かなかったのだ。

 だって乳首が光っていなかったから。


 ……うああああいつの間にかこの世界に毒されて! 人の性別を乳首で見分けるようなってしまっていたんだわたしは!! 最悪!最悪!最悪!!!


 激しい自己嫌悪と絶望で目の前が真っ暗になる。そんなわたしに一条の光のように手が伸びた。もう光という単語すらトラウマになりそうなんですけど。


「でもボク、あなたのことが好きっ、に、なっちゃった……。だからボクと一緒になって!」


 うっ。

 そうだこれ乙女ゲームだ。つまりこれは魔法少年ルートを攻略しちゃったという話なんだろうか。でも当然わたしは彼のことを愛していない。だってそもそも同性だと思ってたし。

 どうしよう。ほんの少し身を引き掛けて、しかし悪魔的発想に行き着いてしまった。


 でも魔法少年、乳首光らないんだよな。

 今まで光らなかったということはきっとこれからも光らないよな。

 普通の乳首のまま、この顔を見ても変な強迫観念に悩まされずに済むんだよな。だって乳首が光らないんだもん!! 普通の乳首なんだもん!!


「……末長くよろしくお願いします」


 気が付けばそう返事をしていた。

 わかっている。魔法少年の純真無垢な心を利用しているだけだということは。わたしは悪い女だ。でも、それでも!


 わたしは勝ったのだ……この乳首が光る世界が舞台の乙女ゲームとかいう狂った世界に!!


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乳首が光る世界で聖女をやらされることになりました ひつじ @asahitsuzi

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