雨上がりの屋上
メクスィィィー
空を飛ぶ
雨上がりの屋上にて。
無機質なコンクリートはまだ濡れていて、水たまりができている。
水面の表面に映り込む空が、バカバカしいほどに綺麗だ。先程までの雨は、嘘だった。
「……はぁ」
ため息をつく。毎回だ。羽ばたこうとした時に限ってこうなる。雨に嘘をつかれる。
仕方ない、ここにいても変わらない。騒ぎになられたら困る。
「帰ろう……」
帰るところもないが、そう呟いた。そう呟いたら、帰るところが出来ると思っていた。
屋上の端。段差から1歩足を降ろした。
──まただ。降り始めた。
俺は今、雨に遊ばれている。
足を上げて戻してみる。
雨は降りやんだ。
嘘は吐かれ慣れている。さんざ、女に何度もな。
今度こそだ。羽ばたこうか。
「……はぁ」
溜息。やはり、ダメだ。勇気が足りない。
「帰ろう……」
帰るところもないのだ。どうしたらいい?
1歩足を降ろす。
──雨が降り始めた。
今、本当に雨は降っているのだろうか?
先程、本当に雨は降っていなかったのか?
数十秒、段差の上と下、どちらにも足を置いた状態で固まっていた。
そう感じたのは、段差の下にしか雨は降っていない。
今出している右足は、雨に濡れている。
そして、段差の上に置かれた左足は、狂おしいほどに乾ききっている。
どちらが本当の世界なのだ。頭を掻きむしりたい。
「ねぇ、そこのお兄さん?」
声をかけられた。淑やかで美しい、聞いていて心地のいい──けれども、なんとももどかしいような、そんな声だった。
見上げる。屋上の入口、立方体のような入口の上──いわば、屋上の屋上に傘を指して座っている女がいた。
淡い白色のロングヘアで、瞳は純粋に赤く染まっていた。
「お兄さん、不思議がってるね。ごめんね?私のせいなんだ」
俺は屋上の屋上の女を見つめていた。首をかしげて彼女はそう言った。
“私のせい”というのは、雨が降ったり止んだりするということについてなのだろうか。なにか、無性に腹が立つ。
「……からかっているのかい?もういいんだ、飛び立つから。」
振り返って、段差から下ろしていた足を上げようとした。大粒の雨が1滴、ももに当たる。
「そう言って、何回も悶えてるじゃない。私はあなたに、決断力を教えてあげたいの」
俺を煽るように、口元を抑えながら女はそう言っているに違いない……いいんだどちらにせよ──
「──もう腹は決まってる……!放っておいてくれ!」
「そ?なら、早くその足をあげてご覧なさい。片方だけ、雨に濡れて、浸って、ずぶ濡れで、でも愛おしい。半分だけよ?可哀想じゃないの?」
足をあげようとした。先程、大粒の雨に撃たれたももが、やけに重たく感じる。上がらない。
「……。」
口が籠もる。
決断力──彼女はそう言っていた。
「本当に、自分のことすらわかってないのよあなたは。」
スタッと、飛び降りる音がした。
振り返ってみる。
屋上の屋上は、すっかり晴れていた。狂っているほどに。
雲の隙間からこぼれた日差しは、こちらに歩いてくる女を辿るようにゆっくりと線を描いていた。
「これが最後だから。」
彼女はそう言って傘を差し出した。
右腕で受け取った。
雨に濡れて、浸って、撃ち抜かれた右足を傘で覆い被せてやった。
「……」
涙を堪えながら、振り向いて、傘を左手に持ち替えた。右足がこれ以上濡れないように。
「……。元気でね」
女──■が、右足に抱きついた。
愛を感じた。それが嘘でも、愛を感じた。哀も、藍も。
空を見上げてみた。
確かに晴れだった。藍色に晴れていた。
右足からやっと義母が離れた。
「……はは」
なぜだか笑ってしまった。
義母のすすり泣く声が聞こえる。
大きく息を吸った。
右足を段差に持ち上げた。
決断の時だ──
──大雨の中、流されそうな巣から、右足を怪我した1匹の鳥が飛び立った。
その鳥は、何度も攫われ、何度も義理の愛を授けられた。
1年間、飛べずにいた小鳥は、今やっと飛び立つ。
左羽根はなんと立派に生えていた。
雨上がりの屋上 メクスィィィー @mexie123
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