黒白のレガリア

佑葵シオン

序章

魔王アークヴァル=レグナディアス

 人と魔族は交わらざるもの。




 幾百年と争いと続けてきた両者だったが現在は、合理的な和平が締結されている。




 20年前、魔界の王位を継承した男、アークヴェル=レグナディアスが合理主義の平和主義者だったからだ。




 ただ暴力をもって武を誇示するだけでは平和は永久にやってこない。




 違う種族同士、しかし同じく知性を持ち、文明を築き上げた者同士、共存できる道があるはずだと、それを模索するためにこの世界では人魔共生和平条約が結ばれた。




 最初こそお互いに警戒しあっていたものの、近年では人間と魔物による交易も活発に行われるようになっている。




 人界にしかない食材。




 魔界にしかない素材。




 もともと、食に頓着もなく質のいい料理なども食すことのない魔族である。




 そんな彼らには人間がこしらえた質のいい食材は文明がひっくり返るほどの美味だったようで、魔界の食文化はここ数年でとてつもない発展を見せている。




 人間界もまた魔界から産出される特殊な素材を活用し、様々な武具、工具などを発明し、工業文化が飛躍的に向上している。




 しかし、この穏やかになりつつある世界を良しとしない派閥が存在した。




 魔界の政務の重鎮を担う虚位四識がひとり、魔界公爵ヴァルザヘルト=ディエクスラディオンである。この男は魔族領の3分の1を自身の領土とし、代々魔界の重役を任されてきた由緒ある家系の者だ。


 数千年にわたり魔王に仕えてきた家の者として、今の魔王の方針は魔族の弱体化につながると危惧していた。




 そしてこの男が今、魔王の玉座の前に立ちはだかっているのは自身の持つイデオロギーを魔王アークに伝える為である。




 「魔王様。考えを改めて頂くことはできないでしょうか?」




 神妙な面持ちで魔王に制作の方針転換を訴えるヴァルザヘルト。彼は幾度となくこうして魔王に詰め寄っては意見が通らず王の間を後にしてきた。しかし今日はどこか覚悟が決まったような眼差しで眼の前に君臨する王を見据えていた。




「ヴァルザヘルト。貴様が私達魔族の未来を思い、揺らぐことなくその意思を訴えてくれている事はわかる。しかし、武の衝突を続けるだけでは戦争は終わらない。共存の道を探さなければ、人間はもちろん、私達魔族すらいずれは滅びる運命をたどるだけなのだ。」




 「ええ、そうでしょう。魔族最大の武器である力を行使せず、人間達などに媚びへつらう今の有様。私からしてみれば、我らの精神はもはや滅びの道を進んでいるようなもの。」




 皮肉たっぷりの笑顔を見せるヴァルザヘルト。しかしその瞳は決して笑ってなどはいなかった。その表情はどこか決意に満ちているように感じられる。




「ですから…。今日から私が王になりましょう。」




「貴様…なにを?」




 ヴァルザヘルトの背後に禍々しい魔法陣が発現する。アークはそれがなんなのか、瞬時に悟った。




「強奪の儀を実行いたします。」




 ――強奪の儀。




 魔族の間ではまことしやかに伝わる伝説の禁呪。魔王であるアークはその存在を真実として認識していた。しかし、これを発動することは決して容易いことではない。




 「あなたが人間どもと和平を結ぶことを明言されたあの日から私は準備をしていました。」




 20年近い歳月をかけ、必要となる膨大な魔力、道具、そして解読困難とされる術式を解析し、アークに悟られることなく今日、それを実行に移したというのだ。




 策略と忍耐に長けたこのヴァルザヘルトだからこそできる芸当である。




 「私の力では、魔王根源を持つあなたには到底敵いませんからね。これくらいのものを用意しなくては。」




 「おのれ…、ヴァルザヘ…!!」




 彼の名を言い切るその前に術式は発動された。


 魔王根源にのみ直接干渉するこの禁呪。みるみるうちにアークの魔力がその強靭な肉体からそがれ落ちていくのが明らかであった。




 「この程度の魔力喪失など…!」




 攻撃魔法の発動を試みるアーク。




 禍々しさを持つ黒い焔がヴァルザヘルトに迫る。




 しかし。




 「強奪の儀はただ、魔王の力を消費するだけではありません。…あなたの力は吸収され、私のものとなります。」




 暗黒の焔はこの野心家の男に直撃したが、まるで効果がない。




 「おのれ…!」




 魔力の大半はもうアークの身体から抜け落ちている。もはや、力の差は歴然であった。




 為すすべなしと思われたその時、アークはひとつ、賭けに出ることにした。




 (どうなるか、わからないが…。)




 詠唱破棄で術式を展開するアーク。もはや使える魔力は殆ど残っていない。




 力が底を尽きかけた魔王の足元に発言する魔法陣。ヴァルザヘルトはそれが何なのか、すぐに理解した。




 「転生魔法…?よもや、まだそれだけ高位の術式を展開できる力が残っていようとは。」




 ヴァルザヘルトは驚いているが、先程も言った通りこれは賭けだ。残り少ない魔力で転生魔法を行使すれば転生先がどこなのか、何に転生するか、予想もできない。運よく人として転生できればよいが、虫などになってしまうかもしれない。そもそもこの世界ではない場所に転生する可能性すら大いに考えられる。




――しかし。




 「どんな姿になろうとも必ず戻ってくるぞ。ヴァルザヘルト。偽りの玉座で首を洗って待っているがよい。」




その言葉を最後に魔王アークヴァル=レグナディアスはその場から忽然と姿を消した。




 王のいなくなった玉座の前で新たな魔王だけがその場に残された。






黒白モノクロームのレギオン:序章・完

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