​距離感バグりすぎな天真爛漫メイドは、今日も主人を離してくれない

冰藍雷夏(ヒョウアイライカ)

第1話 おはようのハグはメイドの嗜み?

​「だーいーち様! 朝ですよーっ! 太陽さんが『起きてー』って全力で言ってますっ!」

 爆音のノック。いや、もはや蹴り入れたんじゃないかという衝撃音と同時に、鍵をかけていたはずのドアが勢いよく開く。


 視界に飛び込んできたのは、冬の澄んだ朝陽を背負った、眩しすぎる笑顔。宮本家のメイド、ひいらぎ美雨 みう


 彼女は俺が返事をする間もなくベッドへと駆け寄ると、ふわりと宙を舞い、俺の腹の上にダイブしてきた。

「……ぐふっ!?」

「おはようございます! 今朝の美雨は、いつもより三割増しで元気ですよ!」

 肺の空気を強制排出され、俺。宮本みやもと大智(《だいち》の意識はどん底から無理やり引きずり上げられる。


 目の前には、至近距離。

 美雨の長い睫毛が触れそうな距離で、夜空のような深い紺色の瞳が、いたずらっぽくキラキラと輝いている。

「……美雨。お前、どうやって入った。昨日、絶対鍵かけたぞ」

「えへへ、秘密です! あ、もしかして……美雨が勝手に入ってきて添い寝して欲しくて、わざと鍵をかけ忘れたフリをしてるんですか? 大智様、エッチですね!」

「なわけないだろ。……いいからどけ、重い」

「ひどーい! 女の子に向かって重いだなんて! これは美雨の愛の重さですよ? 物理法則を超えた愛の質量を感じてください!」

 美雨は頬をぷくーっと膨らませ、抗議するように俺の胸板をポカポカと叩く。


 その拍子に、彼女のメイド服の胸元がわずかに波打ち、石鹸のような清潔な香りと、温かい体温が肌に伝わってきた。

 正直、生きた心地がしない。

 十七歳の男子高校生として、この状況はあまりに毒が強すぎるのだ。

「……わかった。起きる。起きるから、その……胸、当たってるんだよ。自覚持て」

 俺が顔を背けて、消え入りそうな声で指摘する。


 すると美雨は一瞬キョトンとしてから、自分の胸元と俺の顔を交互に見つめた。


 そして、ニヤリと――それはもう、完全な勝利を確信した悪魔のような笑みを浮かべる。

「あれれ? 大智様、耳まで真っ赤ですよ? もしかして、変なこと想像しちゃいました?」

「っ、してない!」

「むふふ、嘘だー。……でも、素直になれない大智様も可愛いので、ご褒美に美雨特製の『おはようのぎゅー』を追加しちゃいます!」

​「ちょっ、待――」

 制止の言葉は、柔らかな温もりに飲み込まれた。

 美雨が俺の首に腕を回し、全力で抱きついてくる。

「……えへへ。大智様の匂い、落ち着きます」

 耳元で、甘く、少しだけ熱を持った声が囁かれる。


 さっきまでの騒がしさが嘘のように、一瞬だけ「女の子」の顔が覗く。


 トク、トクと、彼女の鼓動が俺の背中にまで響いてくるようで、俺の心拍数は一気に限界突破した。

「……美雨、お前な」

「はいっ! 朝のチャージ完了! キッチンでハチミツたっぷりのフレンチトーストが待ってますから、三分以内に来てくださいね! 遅れたら……美雨が食べさせちゃいますよ!」

 ぱっと離れた彼女は、またいつものひまわりみたいな笑顔に戻っていた。


 ひらりとスカートを翻し、スキップするような足取りで部屋を出ていく。

 取り残された俺は、ベッドの上で深く、深く溜息をつく。バクバクと五月蝿い心臓を落ち着

かせるために、冷えた手のひらで顔を覆った。

「……絶対に確信犯だ、あいつ」

 俺の専属メイド、柊美雨。

 天真爛漫で、距離感がバグっていて、何より――俺を振り回す天才。


 そんな彼女との、騒がしくて甘すぎる朝が幕を開けた。


​ ダイニングに降りると、そこには完璧な光景が広がっていた。


 丁寧に並べられたカトラリー、香ばしいバターと甘いハチミツの香り。


 そして、最後の一仕上げとしてケチャップ(?)を手に格闘しているメイド。

「あ、大智様! 見てください、見てください! 今日のフレンチトースト、ハートマークが過去最高に綺麗に描けました!」

 差し出された皿の上には、確かに歪な、しかし情熱だけは伝わってくる真っ赤なハート。


 ……フレンチトーストにケチャップ。味のゲテモノ化を危惧したが、よく見るとそれはイチゴのソースだった。

「どうですか? 美雨の愛、重くないですか?」

「……物理的には軽そうだけど、視覚的には相当重いな」

「もう! そういうこと言う人には、こうしちゃいますよ!」

 美雨は俺の隣の席に無理やり潜り込んできた。


 椅子は一人分。

 必然的に、俺の太ももと彼女の太ももが密着する。

「なっ、何やってんだ……座れないだろ」

「いいんです! 今日は『密着給仕デー』なんです、美雨が決めたんです! ほら、あーん!」

 フォークに刺したフレンチトーストを、美雨が俺の口元に運んでくる。


 逃げようにも、彼女の左腕が俺の腕にしっかり絡みついていて動けない。

「……自分で食える」

「だーめです! メイドの愛を受け取るのも、主人の大事なお仕事なんですよ? それとも……美雨の手じゃ、不満ですか?」

 美雨がわざとらしく、今にも泣き出しそうな「捨てられた子犬」のような目で見つめてくる。


 これに弱いことを、彼女は百も承知だ。

「……っ。……あーん」

「えへへ! 大成功! お味はどうですか?」

「…………美味しいよ。悔しいけど」

「やったぁ! 大智様に褒められるのが、世界で一番の幸せです!」

 彼女は本当に嬉しそうに、俺の肩に頭を預けてスリスリとしてくる。


 その無邪気な様子に、俺の胸の奥が少しだけチクりと疼く。俺と美雨は、ただの「主人とメイド」ではない。


 親同士の付き合いで、子供の頃からずっと一緒にいた。


 彼女が俺の家でメイドとして働くと言い出した時、俺は反対したんだ。「そんなの縛り付けるみたいで嫌だ」って。

 でも、彼女は笑って言った。『大智様の隣にいるための、これが一番正当な理由になるでしょ?』と。

 今のこのバカみたいな距離感は、彼女なりの全力の「隣にいるためのアプローチ」なのだと、俺はどこかで気づいている。


 気づいていて、それでも言葉にできない弱虫な俺を、彼女はいつも笑顔で突き崩そうとしてくる。


​ 朝食を終え、学校へ行く準備を整える。

 玄関で靴を履いていると、美雨が俺のネクタイを整えるためにスッと前に立った。

「はい、じっとしててくださいね。……もう、大智様は美雨がいないと、ネクタイもまともに結べないんですから」

 真剣な表情。

 ふざけている時の彼女とは違う、職人としての、そして一人の女性としての落ち着いた空気。


 至近距離で結び目を直す彼女の指先が、時折俺の喉元に触れる。

「……美雨」

「はい、なんですか?」

「……お前、学校では普通にしてろよ? 変に抱きついてきたりとか、絶対にするなよ」

 俺たちは同じ高校に通っている。

 美雨は学園内でも『高嶺の花のメイドさん』として有名で、そんな彼女が俺にベタベタしているところを見つかったら、俺の平和な学生生活は物理的に崩壊する。

 すると、美雨はネクタイを締め終え、そのまま俺の襟元を掴んでぐいっと引き寄せた。

「……え、美雨……?」

 鼻先が触れそうなほどの距離。

 彼女の瞳から、いつもの天真爛漫な光が消え、代わりに深く、重い、情熱のようなものが宿っていた。

「……嫌です」

「えっ」

「学校でも、どこでも。美雨は、大智様のものですから。他の女の子が大智様に近寄らないように、ちゃんと『予約済み』ってアピールしないといけないんです」

 それは、命令を拒絶するメイドの言葉ではなかった。


 独占欲を隠そうともしない、一人の恋する少女の宣言。

「美雨、お前……」

「……なーんちゃって! 大智様、また騙されましたね! 今の顔、すっごく間抜けでしたよ!」

 パッと離れた彼女は、またケラケラと笑い出す。


 いつもの、天真爛漫な柊美雨。

 さっきの熱っぽい視線は、全部演技だったのかと思わせるほどの豹変。

「……お前、本当に心臓に悪いわ」

「ふふふ、それが美雨の作戦ですから! さあ、行ってらっしゃい、大智様! あ、放課後もお迎えに行きますからね! 正門の前で『だーいーち様ー!』って叫びながら待ってます!」

​「絶対にやめろ! 普通に待ってろ!」

 俺は背後で笑う彼女の声を振り切るように、逃げるように家を出た。


 冬の冷たい空気が、火照った頬に心地いい。

 走り出した俺の心臓は、まだあの瞬間の彼女の瞳を覚えていて、狂ったように鼓動を刻んでいる。



◇◇◇


​ 大智を送り出した後、静まり返った玄関。

 柊美雨は、さっきまで彼が立っていた場所を見つめたまま、その場にヘナヘナと座り込んだ。

​「…………っ、あー……心臓、止まるかと思った……」

 両手で顔を覆うが、指の間から覗く耳は、リンゴのように真っ赤に熟している。


 天真爛漫な笑顔も、余裕たっぷりの誘惑も、全部が彼女なりの決死の覚悟だった。

「『予約済み』なんて……美雨、何言っちゃってるのバカバカ……! あんなの、実質告白じゃない……!」

 彼女のメイド服のポケットには、一冊の小さなノートが入っている。


 そこには『大智様を攻略するための大作戦』というタイトルで、びっしりと彼をドキドキさせるためのシミュレーションが書き込まれていた。

「でも……大智様、ちょっとだけ顔赤くしてくれたよね。……嫌じゃ、なかったよね」

 彼女はノートを取り出し、今日の「モーニング・ハグ」の欄に、小さな花丸を書き込む。

 彼女がメイドである理由は、彼に仕えるためじゃない。


 彼に、自分を「一人の女の子」として見て欲しくて。


 隣にいるための最強の特等席を、誰にも譲りたくなかったから。

「よしっ! 放課後は、予告通り正門前で待ち伏せです!……叫ぶのは、さすがに恥ずかしいから、ちょっとだけ控えめに……全力で手を振るくらいにしておこうかな」

 再び、いつもの無敵の笑顔を自分に言い聞かせるように浮かべ、彼女は立ち上がる。

「待っててくださいね、大智様。美雨の愛、まだまだこんなもんじゃないんですから!」

 宮本家のメイドの距離感が適正になる日は、きっと、まだまだ先になりそうだった。



最後まで読んで頂きありがとうございます。

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新連載です。

最強魔術『無限』を持つ転生魔術師は静かに暮らしたいのに世界がそれを許さない

https://kakuyomu.jp/works/822139842228252049

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