第3話

 トレーナーとは何か。


 それは教師ではない。

 医師でも、研究者でもない。


 中継点だ。


 人から抽出された感情と記憶を、別の人へ流すための。

 感情が偏った者からは回収され、欠乏した者へ配分される。

 その過程で、「個人」という単位は、摩耗していく。

 最も完成した者だけが、トレーナーとして残る。



 ——空っぽで、壊れにくいから。



 かつて私は、ここで訓練を受ける側だった。

 感情表現が乏しいという理由で、社会から弾かれかけた女。


 最初の実験。

 最初の成功例。


 私は誰よりも正確に、他人の感情を再現できた。

 再現率は常に九十五パーセント以上。


 だが、成功の代償として、私自身の感情は、少しずつ摩耗していった。


 喜びは他人のもの。

 悲しみも、怒りも、恐怖も、借り物。


 最後に残ったのは、空白だった。


 施設は、私を手放さなかった。

 「最も完成した個体」を、管理する側に置くために。


 私はトレーナーになった。

 感情を失った代わりに、感情を配分する役割を与えられる事になる。


 だが、限界は近かった。


 感情も記憶も、入れすぎた。

 私の中は、もう耐えられないほど混濁している。


 だから、私は次を探した。


 ——次の完成形トレーナーを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る