トラップ

日記

この日記を書き始めて、もうかなりの時間が経った。


字が薄くて読みにくいのは、腹が減ってペンもまともに握れないからだ。


時計は動いてるが合ってるのか分からない。




あの日世界が唐突に終わってから、私は必死だった。


誰かとコンタクトを取るキッカケになればと思って書き始めたこの日記も、気付けば自分自身の生存確認になっている。



たまたま拾ったこのノートだが、もうそろそろページが無くなる。


それまでに、私が誰かに会える日が来るのだろうか。





思えば、あれから必死だった。


食べ物を奪い合って、時には殺し合いすら目にする有様だった。




ある時など、街中で何かを焼いている人を見かけた。


何を焼いて食べていたのか…


あの時の酷い臭いだけは、おそらく死ぬまで忘れられない。






災害なんかよりも、よほど恐ろしい事態だった。


それが国中に広まっていた。






どうせなら誰も恨まずに、恨まれずに死にたかった私は、ありったけの食料と、植物の種をリュックに詰め込み、この山に篭った。





幸い、こんな山深い小屋にまで、人はやって来ない。


私は、気長に植物を育て、川の水を飲み、缶詰を食べながら魚を釣って生き延びている。





街は今頃どうなっているのだろうか?


未だに、人同士で奪い合って、騙し合って暮らしているのだろうか?


文字通り、屍肉を貪るような、そんな無残な生活を送っているのだろうか?





今は、私はもう食糧には困っていない。


トマトも、きゅうりも、芋だって取れる。


狩りの腕前も、中々のものだと思う。


私は、手製の弓矢を拵えたが、獲物を逃した事は無い。


捌くのも、もう慣れた。





ここに居れば、私はひもじい思いをする事は無い。





ただ、寂しい。


猛烈に寂しい。



誰かと話がしたい。


どんな相手でも構わない。



子供でもいい。


惚けた老人でも構わない。



聞きたい。


聞いて欲しい。



ただそれだけだ。




もうページが残り少ない。



これ以上は、もう書く事が思い浮かばない。




明日、勇気を出して、この日記を街の近所に置きに行こうと思う。




この日記を読んだ誰かが、この山小屋に訪れてくれる事を願って。



これは、読んでくれた君へのメッセージだ。






肉を腹一杯食べたい


そう思わないか?





君の来訪を待っている。






8月2日 沖本 学








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