雨だったから許される小さな幸せ
松平ちこ
お嬢様、私に拾わせていただけませんか SS
あるお茶会の日。
どんよりとした雲、ざあざあと降る雨は止む気配がなかった。
お嬢様の迎えとして手配していた御者と馬車、その後部外席に、ヴィクトルは執事として乗り込んだ。
玄関近くに馬車を寄せ、傘をさして台を置き、お嬢様を乗せた。今日は一人だ。
ガラガラと、馬車は屋敷を出発した。
雨のために、馬車はゆっくりと動く。
しばらくして、御者が手綱を引き馬車を止めた。
「様子を見に行って参ります」
御者がヴィクトルに声をかけると、傘をさし前方へと向かっていく。
前方を見れば馬車が数台並び、道が混んでいた。
「お嬢様、他家の馬車が止まっております。しばしお待ちいただくことになりそうです」
「そう」
馬車の中へ声をかければ、返事が返ってきた。
ほどなくして様子を見に行った御者が後部外席にやってきて、ヴィクトルに事情を報告する。
「橋の前、他家の馬車が止まっております。
向こうは、すぐには動けぬとのことで……」
こちらは公爵家だが、橋の前では退かすことも簡単ではなく譲れというのも酷だろう。
「時間はどのくらいでしょうか?」
「30分は。雨脚次第では、それ以上かと」
ーーそれぐらいの時間であれば、大丈夫だろう。
「そうですか……では、私は中に入ります」
「……他家もみておりますが」
「だからでしょう?令嬢を一人にしておく方が問題ですよ」
困り顔の御者に、ヴィクトルは気にしたふうもなく答えた。
ーー公爵に表だって喧嘩を売る馬鹿は、そうそういない。それに。
「ここは待ちます。馬から目を離さず、貴方は仕事に従事してください」
「承知しました」
前方に戻る御者を見届け、ヴィクトルは思う。
ーーせっかく外野を気にせず、お嬢様と二人きりになれるのに。使わない手はないだろう?
目立たぬようにと、濡れ鼠になっていたヴィクトルの外套、その水分を魔法で飛ばした。
「お嬢様、失礼します」
中へと声をかけ、ヴィクトルは素早く入る。
「失礼いたします。前方で他家の馬車が停止しております。
安全のため、こちらで待機する判断をいたしました」
そういって、外套の中に忍ばせていた果実酒と包みを取り出した。
「お寒くはないですか?
馬車が動くまで、こちらはいかがでしょう?」
「……ありがとう、いただくわ」
貴族の微笑みで彼女は、果実酒を受け取った。
口数も少なく、感情の機微もほとんどない彼女。
けれど、その行動をずっと見ていた自分は知っている。
社交では公爵令嬢として嗜まないが、実は、かなりお酒がいける口だ。
紅茶よりも、おそらくは好きだろう。
そして明言はしないが、甘いものに手を伸ばすことも多い。
中でもジャム入りのクッキーとチョコレートは、お気に入りのようだった。
「……」
目の前の彼女は、包みを開けるとその好物だけの中身を見て、目元を僅かに和ませている。
さくさく。
手に取った一枚のクッキーを口に含み、味わうように咀嚼している。
その口許は、少しだけ綻んでいた。
冷遇されている家では決して見せない、彼女の僅かな変化。
ーー可愛いが過ぎるでしょう。
雨の日だけのささやかな癒し。どうかそれが、自分だけではありませんように。
雨だったから許される小さな幸せ 松平ちこ @TikoMatuhira
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