信号

神夜紗希

信号

赤で止まると、血が飛び出る。

黄色に差し掛かったら、土砂に埋もれる。

青で通れば、水で死ぬ。


その信号には、そんな噂があるらしい。


最初にその話を聞いた時、

ルールを守ってるのに死ぬのかよ、と笑った。


酒の席では心霊スポットの話で盛り上がっていた。


ただし、実際に行ったやつはいない。


心霊番組や動画が好きな友人が一人いて、

そいつが「行きたい場所リスト」に入れているだけだった。


「俺は今日車で来てるからさ、全員送ってやるから、今から行こうぜ!」


だからか。

酒が弱い俺はいつもの事だが、

その友人も最初から酒を飲んでいなかった。


素面なら断っていた面子だが、酒の勢いと、

家まで送ってもらえるとならば話は別だ。


「じゃぁ、行くか。」


男4人、初めての心霊スポットに行く事にした。


車を走らせながら、心霊番組好きの友人が語り出す。


「その信号はな、山の奥にあるんだ。」


車内には場違いなほど明るいBGMが流れる中、俺は助手席で黙って話を聞く。


時おり、音楽が不規則に途切れるのが気になったが、山だからだろう、と思う事にした。


構わず友人は話を続ける。


昔、山中で大きな事故が起きた。


玉突き事故による、車を何台も巻き込んでの大惨事だった。


生き残った者は1人もいなかったと聞いている。


3台の車が次々に交差点に押し出されては消えていく。


1番前の青い車は、

後ろの黄色い車に押され、

橋から谷間の川に落下した。


信号機は、青だった。


2番目の黄色い車は、

後ろの赤い車に押され、

山の斜面に激突し、

雪崩れた土砂に潰された。


信号機は、黄色だった。


3番目の赤い車は、

交差点に入ったところで、

事故に気付いていない大型トラックと衝突し、

運転手は車外に投げ出された。


信号機は、赤だった。


全ての命が、その信号機を通り、消えた。


それ以来、無念な死を遂げた魂が、

この交差点に閉じ込められている、と。


それが、噂の、信号機。


——しーん。


友人が話し終えると、車内には沈黙が流れた。


先程まで最近出来た彼女の話で盛り上がっていた

後部座席の2人も、

いつの間にか黙り込んで聞いていたようだ。


車内のBGMは、消えていた。


「…その話ってほんとなのか?」


俺は思わず声を出した。


あまりにも、悲惨で、出来過ぎている。

そんな事故があったなんて

信じられなかった。


「そ、そうだよ。車の色や信号の色まで、何で話が広まるんだよ?皆、死んじゃったんだろ?」


後部座席の友人は少し青ざめてるように見える。


「…音楽つけろよ。ちょっと空気変えようぜ。」


…確かに。

車内の空気が重苦しく感じる。


運転手の友人は黙り込んでいる。

先程まで、あんな流暢に話していたのに。


「…音楽は付けない。まだ話してない事がある。」


前を向いたまま、友人が続けた。


ゴクリ…

自分の生唾を飲む音がやけに車内に響いてしまった。

こんなに無表情の友人を見るのは初めてだった。


「俺さ…実はもう、その心霊スポットに行ったんだよ。先週、バイトのメンバーで。」


俺も、後部座席の二人も目を丸くする。


「お前、さっき飲み屋で心霊スポット行った事ないって…」


「あぁ、悪い。嘘ついた。」


飄々と友人が答えると、

後部座席の友人が怒り始めた。


「じゃぁ行かなくて良いじゃんか。俺、明日授業早いんだぞ!」


そりゃそうだ。

『行った事がないから付き合って欲しい』、という話の前提で付いてきたんだ。


「いや、帰らない。」


運転する友人が即答すると、

一気に車内の雰囲気が悪化した。


後ろの二人が暴れ出す前に俺が口を出す。


「ちょっと勝手が過ぎるだろ?理由は何なんだ?」


少しの沈黙の後、友人が話し出した。


「全員、死んだんだ。」


「は?」

「何?」

後ろの二人が思わず後部座席から体を前に出した。


運転している友人の目が恐ろしく感じた。

それは助手席の俺にしか見えていない。


「三人で行って検証したんだ。歩いて信号機を渡ったらどうなるのか…」


深夜2時、一人ずつ交差点を渡った。


一人目は、赤で渡り、

二人目は、黄色で渡り、

三人目の俺は、青で渡った。


何も起きなかった。

——その時は。


あっけなく終わってしまい、

少し残念そうな、安心したような顔で全員帰宅した。


やっぱり、心霊スポットなんて噂だよなって、

帰りの車で笑いながら話したのに。


次の日、一人目が車に轢かれた。

自分の目の前で。


タイヤの下に下敷きになり、

口から大量の血を溢れ出した。


赤信号を渡ったやつだった。


その二日後、二人目が生き埋めになった。

また、自分の目の前で。


葬式に行こうと向かっている最中、

工事用トラックから落ちてきた砂利に潰されて、息が止まった。


黄色信号を渡ったやつだった。


残るは、青信号の俺だけ。

今日が、その二日後。


「次は、俺なんだよ。」


そう友人が呟くと、後部座席の友人が怒り出した。


「何で俺たちを巻き込むんだよ?」


「俺たち関係ないじゃねぇか!」


後ろの窓をバンバン叩いて猛抗議しているが、

運転する友人は聞く耳を持たない。


「二人が死ぬとこは、俺が見たんだ…。

俺だけ一人なんて、嫌だ…嫌だ…嫌だ。」


ブツブツと呟く友人は、人が変わったようだった。

目の焦点が合ってないような顔だ。


山の中を更にスピードを上げて走り出した。

グンっと体に圧が掛かり、背もたれに体が少し沈んだ。


俺は、運転する友人に話しかけた。


「…お前は、俺たちを巻き込んで死にたいのか?

それとも、見てて欲しいのか?」


その問いに、車内の全員が黙った。

少しの沈黙の後、友人がチラリとこっちを見た。


「…一緒に死んでくれるのか?」


「嫌だよ。俺たちは、死にたくない。

一回車を停めて考えよう。

お前だって、死ぬって決まった訳じゃない。」


俺は、何とか車を停めて欲しかった。

どう見ても、友人は運転できる精神状態ではない。


後部座席の二人も、息を飲んで黙っている。


すると、運転席の友人が急にキレた。

運転しながらハンドルをバシバシ叩く。


「死ぬんだよ!聞いてただろ?!

俺の目の前で、二人!死んだんだ!

俺も死ぬんだ!!…死にたくないのに…っ」


友人は涙を流しながら叫ぶ。

俺は静かに続ける。


「一回落ち着こう。車を寄せて、停めるんだ。

このままじゃ、本当に死ぬぞ?

大丈夫、一回深呼吸しよう。」


友人は少し考えた後、ハザードをたいて

道路脇に車を寄せて駐車した。


後部座席の二人が安堵のため息を吐いた。

運転席の友人は、下を向き、自分の体を抱きしめて震えている。


俺は友人の背中を摩りながら話した。


「今からの運転は俺がやるよ。もうお前運転出来ないだろ。」


後部座席の友人が慌てて言ってきた。


「え?お前酒飲んでなかったか?代行呼んだ方が良いんじゃないか?」


俺は後部座席に顔を向け、首を横に振った。


「明日教授の手伝いがあるから、酒の匂いさせたくないから飲まないって言ったじゃん。

それに、こんな山奥に代行呼んでも何時間も待つだろうし——」


運転席の友人に少し視線を向けながら、

後部座席の二人に真顔で問いかける。


「…早く帰りたいだろ?」


運転席の友人はガタガタ震えながら、まだブツブツと何かを呟いていた。


後部座席の二人も、運転席の友人に目を向けると少し煩わしそうな顔をした。


そして、わざと聞かせるかのように大きなため息をついた。


「…確かに、そうだな。」


「あぁ、早く帰りたい。悪いけど頼むわ…。」


運転席にいる友人に怒るエネルギーすら残っていない二人は、俺に頭を下げた。


俺は二人に向かって頷くと、運転席で震えてる友人の顔を覗き込んで話しかけた。


「じゃぁ、俺が運転するから、一回降りろよ。

これからの事は帰り道に考えよう。」


友人はしばらく黙った後、静かに頷いた。

そして俺と同時に車から降りた。


俺は友人より早く運転席に座ると

助手席に友人が座る前に発進した。


後部座席の二人が驚いた声を出す。


「おい?!何やってんだよ!」


「あいつまだ乗ってないぞ!」


俺は黙ったままバックミラーで後方を確認した。

運転していた友人は、その場にただ立ち尽くしていた。


街灯もない山道。

しばらく車を走らせると友人の姿は闇に溶けていった。


「…あいつの言ってた事が本当なら、

俺たちも死んでたかもしれないだろ?」


俺は前を向いたまま話す。

友人二人は複雑な表情をしている。


「でも、もしあいつの話がデマだったら…」


「デマにしては、様子がおかし過ぎだろ?

もし、あいつが生きてて、明日普通に連絡が来たら迎えに行くよ。」


そう答えると、友人達は口々に言い合う。


—まぁ確かに、おかしかったよな、あいつ。

—ちょっと異常だったよな。仕方ないよな…


ここには居ない誰かに言い訳するような、

自分自身に言い聞かせているようにさえ感じた。


呪いの信号なんて、

どこにあるのかも、

本当に実在するのかも、

呪いが本物なのかも、俺たちは知らない。


ただ、今日のあの友人を見て、

関わりたくはないと思った。


助手席に座っている俺だけには見えていた。

運転しているあいつの顔。


青白い顔で生気はないのに、

目だけは血走っていた。


デマなんかじゃない。

こいつは今から死ぬ。

確信が持てた。


俺は、

死ぬのを見たくない。

死にたくもない。


俺は車内に音楽をかけて山を降りていく。

日常に戻るために。


——次の日、後部座席に座っていた友人から、

震える声で連絡が入った。


『あいつ、山の中で足を滑らせて、川に落ちて死んだってよ…溺れたのが死因らしい…』


しかもさ…

友人の震える声は止まらない。


『落ちた川、あの噂の交差点の近くの川らしい。あいつ、帰るんじゃなくて、奥に進んだんだよ…』


信号の呪いだ…

電話を切る直前、友人が最後に呟いた。


…やっぱりな。

俺の判断は間違っていなかった。


スマホをポケットにしまい、車に乗り込んだ。


水が滴る音が聞こえた気がした。


前を向いたまま、助手席側に視線だけを助手席に送る。


…居る。


バッと助手席に顔を向けると、

誰も居ない。

ただ、座席のシートが、しっとりと濡れていた。


手でシートを触れてみると、指先が濡れた。

思わず舌打ちをして前を向き直すと、

足に違和感を感じた。


恐る恐る下を見ると

自分の足の間に、

濡れた友人がいた。


昨日の夜と同じ、

青白い顔で目が血走っている。

真顔でこちらを見上げていた。


俺が声を出す間もなく、

急発進で車が走り出した。


俺はアクセルを踏んでいない。

ブレーキを踏みたくても足が動かない。


顔を上げると

すぐ先に交差点が見えた。

信号は赤信号。


——また、結果が分かってしまった。


俺は、血まみれで……。


そして、視界が真っ赤になった。

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信号 神夜紗希 @kami_night

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