祓神(はいしん)戦隊サクライブ!! ~どうしていきなりライバーデビューさせられた上に、身バレを賭けて戦わなきゃいけないんですか!?~

真田泉

『龍杜(たつもり)さくら』の選択と、それに至る第一歩

プロローグ.


「さくらちゃん……早く『切断』ボタンを押して!」


 私の目の前で、大切な友達が弱々しく叫ぶ。今なら逃げられる、と。

 ボタンを目の前にして、手が震える。恐怖か、戸惑いか、それとも。


『さくら! 選べ! 困難に背を向けるか、それとも運命に立ち向かうか!』


 私の横で、兎のマスコットが叫ぶ。眼前に浮かぶ『選択肢』を選べと、身振り手振りをしながら見つめている。そういう言い方はと、もう1人の私が心の中で叫ぶ。

 声が出ない。直面している現実に追いつけない。話なんて、ろくに頭に入らない。

 けれど、分かっていた。なにをするべきか。なにができるか。そして、そうした結果がどうなるかも――たぶん、わかっていた。

 『切断』すれば、きっと日常には戻れる。いつも通り起きて学校へ行き、授業を受けて家へ帰り、家事を手伝い、趣味の配信を眺めて寝落ちして。

 けれど――そこにはきっと親友がいない。私を助けようと叫ぶ、大切な友達が。

 だから、自分がなにを選びたいかは決まっていた。

 きっとこの選択は、やり直しも後戻りも効かない。なにも分からない私にだって、そのぐらいは感じ取れる――この列車に乗ったら、途中下車はないって。三河安城みかわあんじょうが止まらないぐらいに。

 それでも。

 私は一歩踏み出した。いまにも揺らぎそうなケツイと共に、前へと進む。目の前で光を放つ、『』のボタンへと。

「さくらちゃんッ、駄目!」

 親友の叫びに、私は首を振る。

 だってあなたは大切な友達なのと同時に、私が生命を賭けるに値する『推し』なんだ。おばあちゃんが言っていた――『男なら……やってやれだ!』と。私は女子高生であって男じゃあないけど。

 もう一歩、踏み出した。そこにある『選択』――そのボタンは、目の前にまばゆく輝くボタンは、まるで私を歓迎するかのように、と強くまたたいた。

 首を振って、薄気味悪さを振り払う。

『お前は推せるか!? さくら! お前自身を!』

 マスコット野郎の声に、私は応えず――叫んだ。


「おおおりゃああああああ!」


 『配信開始』のボタンを強く押し込んだ私を、光が包む。


 ――そして、



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https://kakuyomu.jp/users/IzumiSanada/news/822139842886783832

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『――時は令和。幼少期に平成の世を過ごした少年・少女たちは、インターネット文化と密接に繋がりながら成長していった』

「あ?」


 ある者は幼少期の思い出と背を向け、ある者は自身の血肉として取り込みまた糧として生き、またある者は自覚なく文化の影響を受けて大過なく過ごした。

「もしもし、なん……これなに?」

 インターネット配信者という存在は、そんな彼ら・彼女らが物心つくころに誕生した。様々な媒体で、様々な形態で、様々な放送が行われるようになる。数多くの老若男女が、手探りで多くの配信を行い始めた。のちにニ〇生勢と呼ばれるようになる勢力も、ここに含まれることになる。

「あのー、聞いてる?」

 あるころ――Vライバー、或いはVチューバーという存在が生まれた。後者は動画配信サイト『Qチューブ』上で活動する者を特にそう呼ぶ。

 彼ら・彼女らは配信画面上で動作するアバターを介して自身を存在させ、生身の人間が行うのと同様に配信を行うようになる。実在の人物を表出させないことにより、ある程度匿名性を保ちつつ配信できること、アバターによっていわゆるキャラ設定を持たせやすくアニメやゲームのキャラに似た性質を持たせられることなど、様々なメリットを持つ。

「おーい」

 曖昧な自分のまま、その自分を表現できるという立場。それはある種の革命でもある。

 Vライバー、Vチューバーたちは、インターネット配信者のいち形態に留まらず、その勢力を次第に拡大していく。企業がプロデュースする『企業勢』、組織に属さず活動する『個人勢』という言葉も生まれ、そこに新たな文化が花開いて行った。

「私の音声、ミュートされてる?」

 やがて――環境や技術の進化と共に、『生配信』という形態が生まれる。

 生配信とは、文字通りの生放送。配信者が自身の環境からリアルタイムで配信を行う。編集の効かない状況でなにが起こるか分からない緊張感、台本すじがきのない物語を配信者たちが己の力量だけで紡いでいく、コントロール力量勝負への期待感。集まった視聴者たちは、みな見たことのないを、或いは期待するを求めて噛り付く。

「ミュート芸やめてね」

 Vライバーたちも例外ではない。ゲームで、トークで、歌唱で、或いはダンスすら伴うライブで――その活動は、留まることを知らなかった。


『しかし、光あるところ、闇もまた存在する――』

「あのさ、この解説イズなに? 長いから3行でまとめて欲しいんだけど」


 私は、目の前にいる生き物――生き物か、コイツ? よく分からない、うさぎのマスコットみたいなやつにそう言っていた。

 単なる女子高校生――『龍杜たつもりさくら』。実家が神社であること以外は特に珍しくもない私に、今日、珍しいことが起こった。見てよ、それがいま。

 私は自分の部屋でベッドに寝そべって、Qチューブの動画を見ていたのに、どこからか入ってきたコイツから急に話しかけられて混乱した。イミフなんだけど、混乱するよりも怒りが先に来た。さくらは激怒した。したったらした。

 何故ならば、私は推しVライバー『詩誰しだれすずか』ちゃんの生配信を視聴していたところだったのだ。しかも月1回のメン限ASMR。チャンネルメンバーに有料登録した視聴者だけに行われる『自律感覚絶頂反応耳と脳がぞわぞわしちやう』配信。今回のメン限は前回ちょっと喉の調子が悪かったとかで1週間おあずけもといリスケされた超・お楽しみ回。

 それがついに開始した直後、コイツの声がすずかちゃんの『きこえますか?』っていう最高オブ最高な導入のをぶち壊したわけ。

 しかし声に、眉をしかめる私を気にした様子はない。

『まぁ、そう言うな。こういうのは基本を押さえておくのがお約束だろう?』

「大塚明〇さんみたいなイイ声で言われても、ワケわかんないのは変わらないんだが?」

 大〇明夫さんならせめてヘビのアバターでやって欲しい。基本を思い出して欲しい。

 私の突っ込みに、ウサギは手をぶん回して、それから咳ばらいをした。

『日本のVライバー・実はいま・危険がバリ迫ってる』

「3行にまとめたのは褒めたげるけど、意味わかんないのは変わらないから。あと脳内に直接話しかけんのもやめてくれやがります?」

 謎の存在が目の前に出てきただけで叫ばなかった私を褒めて欲しい。そして、頭に響くこの会話方法も止めて欲しい。夢ならば、どれほどよかったでしょう。気が狂いそう。

『こいつ、直接脳内に……!』

「言いたかっただけでしょソレ。しかも私のセリフだし」

『――ツッコミは冴えてるな、さくら』

「突っ込みどころを与えてる側が言うセリフじゃあないでしょうが」

 それに、妙に馴れ馴れしいのも気に入らない。名前を呼ばないで欲しい。距離近。

「1週間のテスト期間で疲れ切って幻覚を見てるんじゃなければ、私がいま見えてるのはしゃべって動くるウサギのぬいぐるみなんだけど、なんか間違ってる?」

『いいや、合っている。俺はぬいぐるみじゃなく、『眷属けんぞく』だがな』

「仰々しい言い方だなー……」

 Vライバーの中には、いわゆるリスナーをキャラ化している人も存在する。こいつは、色んな装飾や色使いを見る感じ、そんなキャラのひとつに見えなくもない。単に眷属だとさすがにしてしまいそうだけど、今はその時ではない。ついでに言うなら、ウサギのマスコットなのに首輪が付いているのはなんでだ。ドラえ○んか?

 さて、怒りは収まっていないけど、思考は妙に冷静だった。


「で?」


 私はひと言に、あらゆる意味を込めた。

 お前はなんだ? なにしにあらわれた? なんで声帯が大塚〇夫? Vライバーがピンチってどういうことだ? なんで私の前にいる? 私は頭がおかしくなったか?

 そう、いくらでも疑問はあった。だけれど、こいつはなにか用があって私の前に顕れたはずだ。でなければ私の目の前に出てきて、しかも私の名前を呼ばないだろう。

 ごくシンプルな私の問いに、ウサギはつぶらな目をぱちくりとしてから、たっぷり数秒間をとって、ぽつりと言った。

『サセンシタ』

「あ?」

 すごく半角カナっぽいそのひと声を残して、ウサギはぽこん! と虚空に消えた。

「――いま、凄いものを見た気がする」

 私の家は、神社の宮司の家系だ。マジモンのスピリチュアルなわけだが、生まれてから今まで心霊的な経験をしたことなんて一度もない。小さい頃に変な音が気になった時期があって、調べたら耳の中に虫が入ってたという笑い話ならあるけど。

 そんな私が、初めて経験した不思議な現象。それが今だったわけだけど。

 部屋を見回す。さっきまでの奇妙な高揚感はすっかり冷めて、いつも通り私の部屋だ。学生という身分への言い訳にも似た学校行事予定のメモと、巫女服の羞恥に耐えながらも実家の神社で稼いだお金で揃えた推し活グッズ。缶バッジやアクスタなど、学生の財布でなんとかついて行ける最近のグッズ事情のおかげで、辛うじて面目を保てている。

 私の目線に、パソコンが映る――妙に性能がいいらしい、父親から譲られたお古だ――そのディスプレイに、配信画面が出ているのを見て、思い出す。

「あッ!! すずかちゃんの配信ッ!!」

 そうだった――あのウサギにいいところで邪魔された、すずかちゃんの貴重なASMR配信のリアルタイム視聴。私は慌ててベッドに放り投げていたヘッドホンを手に取って、左右を間違えないように装着した。大丈夫、まだ始まって5分程度。

 ――ここで左右が違ってると、ボイスと内容がズレて、とても没入感が削がれるのだ。

 しかし、ほどなくして僅かな雑音のあと、すずかちゃんが静かにささやく。

『――すみません、ちょっとに戻しますね』

「え?」

『すん♡』

 戸惑う私の前で、落ち着いた暗い画像だった配信画面がお部屋――配信開始前後に映るすずかちゃんの部屋をイメージした初期画面に戻る。

 画面の中のすずかちゃんは、とても申し訳なさそうに左右を見て、頭を下げた。

『ごめんなさい、皆さん――ちょっとパソコンの調子が悪いみたいなので、今日の配信はこれで終わりにします』

 信じられない言葉だった。まだ始まって間もないのに、至福の時間が終わってしまう。

「えええ……」

 ナナメ下を見て、すずかちゃんが固まっている。表情トラッキング――もとい魔法でも外れたのだろうか。

『アーカイブは消えちゃうかもですが、ASMRは後日リスケしてまたやりますね』

 私が視聴できていなかった間にどういったことがあったのかも分からないが、とにかく今日のASMR配信は上手くいかなかったようだ。

 こういったことはたまにある。配信活動において、配信機材の接続がおかしくなったり配信内容に応じて切り替えたソフトの設定が干渉して、次の配信では上手く動かなくなることは、色んな配信者の環境で起こりうることだ。

 でも、よりによって私が楽しみにしていた配信で起こってしまうとは。すずかちゃんに悪気がないことなんて分かっているから、気持ちの持って行きようもない。

『では、おつすずでした~ せんきゅふぉーうぉちんぐとぅでいずすとりぃむ』

 わずかに寂しさを残した、すずかちゃんのしめセリフと共に、配信は終了した。

「いまここにあったASMR配信は!?」

 私の叫びに、応えるものはない。ただ、今まで視聴した配信の過去リンクだけが画面に表示されている。

「ええーん……そりゃないよ」

 私は、目の前から消えて失せた天国を想い、机にうなだれた。

 それにしても、最近、すずかちゃんの配信では特に機材の不調が多い。こうやってよく配信を途中で切り上げて終了してしまうのだ。

 けど視聴しているかぎり、不調と言うほどおかしな様子は配信中に見られない。強いて言えば、配信中ではなく、終了寸前にざらざらと雑音が入ることが多いぐらいだ。

「うーん……」

 機材不調と言えば、気になることがある。つい半年前、たまに視聴していたライバーのひとりが、同じように機材不調を繰り返したあとに

「べつに、関係ないとは思うけど……」

 そのひとの配信は、一般的な凍結条件――過度にえっちな内容や、過激な政治的内容、ルール違反しているようなものではなかった。けれど、そのうちに配信の中断が増えて、いつの間にかチャンネル凍結して――配信ができなくなり、私たちは見られなくなった。

 あれはなんだったのだろう、と思う間もなく、私を含めてみんな次の配信者へと興味が移っていった。薄情かもしれないけれど、ひとの可処分時間は有限。もういない配信者に思いを馳せるより、いま配信している放送に惹かれるのは、仕方なかった。

 ううん――まさか、すずかちゃんにも、なんて思い過ごしだよね。

「さて……ゲームやるって気分でもなくなっちゃったしな」

 部屋には、両親からのお下がりや、彼らとの対戦目的のゲーム機が出番を待っている。最近はパソコンでゲームすることも増えたけれど、理解があるというか、自身がオタクな両親から生まれたことで、小さいころからゲームは好きなのだ。おかげで、詩誰しだれすずかの参加型ゲーム配信にも苦労なく参加できている。

 しかし、今日はさすがにやる気にならなかった。の様子のほうが気になる。

「明日、に聞いてみよ……うん、そうしよ」

 そうして友人の名を思い浮かべ、私は照明のリモコンを手繰り、部屋に暗闇が訪れる。


 ――その『明日』の先のことだ。私は、自分の日常がなんてちっとも、知らなかったのだ。そう、ちっとも。


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