意気揚々
冬部 圭
意気揚々
仕事で失敗をするとどうしようもなく凹んでしまってなかなか立ち直れない。居酒屋でそんな話をすると同期でもある職場の同僚は
「くよくよする必要は無いよ。それくらいのことで首を切られるわけでもないだろ」
と豪快に笑った。確かに日報の「てにをは」がおかしいくらいで減給とか降格とかになるわけはないだろうけれど、パワハラっぽく、
「小学生でもできることを間違うか?」
なんて課長から詰められると
「ああ、僕はやっぱり役立たずだ」
なんて気分になってしまう。負け犬根性が身に染みているような気がしてこのままじゃいけないと考えたけれど、何をしたらいいのか見当がつかず。奢るから相談に乗ってくれと同期に声を掛けたら、
「割り勘でいいから飲みに行こう」
とおすすめの居酒屋に連れてきてくれた。軽薄そうな見た目と違って頼りになる奴だと前々から感じている。僕が挫けそうなときとか悩んでいるときにはこちらのことを気にかけてくれているようだ。
「大体、どうしたいのさ。出世でもしたいのか?」
ビールを飲みながら軽い調子で尋ねてくる。どうしたいかなんて考えてもみなかったので困ってしまう。叱られないようにしたい、ミスをしないようにしたいなんてのは些末なことのような気がする。
「まずはなんのために働いてるのかを思い出したらいいんじゃないか」
微笑みを口に湛えてそんな指摘を付け加えてくれる。折角のアドバイスなので考えてみる。僕が仕事をしている意味。
生活のためにお金が欲しい。いろいろ高尚なことを考えたけれどこれ以上のことは思い浮かばない。
「お金が欲しいってことしか思い浮かばないな」
情けない気持ちで自己申告する。言った後、俗でありきたりでいろいろと恥ずかしい気持ちになったのでビールを口にして誤魔化す。
「金が欲しいってのは当然だろ。恥ずかしいことじゃないさ。金が無いと生活できな いんだから。まあ額によっては恥ずかしいかもしれないけど」
僕の告白に対して全否定はしない。少しからかう調子はあるけれど真面目に僕の話を聞いてくれているのを感じる。
「少ないと恥ずかしいかな」
つまみに頼んだフライドポテトを齧りながらそんなことを聞く。話の本筋からそれているのは分かっているけど時間はたっぷりある。肝心なことばかりの会話だと息が詰まるのでどうでもいいことを喋って気を紛らわしているという自覚はある。
「いや、少ない方はそんなに恥ずかしいことじゃないさ。身の丈に合った慎ましい暮らしができるってことじゃないか。額が大きい方がどちらかと言うと笑い話になるかもなと思ったんだ」
額が大きくて恥ずかしいだろうかと言う疑問が顔に出ていたみたいで、
「例えばプロ野球球団を買えるくらいとか言われると反応に困ると思うんだ。絶対に無理なわけではないだろ。個人オーナーだっているわけだし。冗談ではなく強い意志で成し遂げようとしているかもしれない。だけど、三十半ばのしがないサラリーマンがそれを言うと現実を見ろよって言われるよな。本気でオーナーになりたいんだったらそれが実現できるような行動ってやつをしていないといけない。何もしてない奴が高望みしていたら冗談だと思われるってことかな」
とその心を説明してくれる。それだったら少しわかるような気がする。
「人に迷惑を掛けないような願望を持つのは悪いことじゃない。夢があるのはいいことだな。それを恥ずかしいことだなんて思うのは夢を失くした奴のやっかみかもしれないけど」
そう付け加えて同期君はビールを飲んでいる。僕はジョッキが空いたので追加のビールとつまみを頼む。
「僕は今の暮らしが維持できて老後に困らなければそれでいいかな。蟻の生活を希望するよ」
横道にそれていた話を強引に元に戻す。
「それはいいかもね。キリギリスの行く末を思うと」
同期君も同意してくれる。話をしながらなんとなくどうなりたいのかが朧げに見えてくる。
「そうか。蟻の暮らしをしたいんだ。派手さは無くても堅実に冬を越せるような」
先程も口にしたことがことがぼそっとした呟きになって口を出る。同期君の口の端が少し綻んだように見える。
「だったら派手な仕事はする必要が無いんじゃないかな。堅実にコツコツと仕事をすれば」
同期君は簡単に言うけれどそれを目指して失敗するのだから困っている。
「別にホームランを狙っているわけじゃないんだ。レフト前ヒット、いや送りバントをしようとして失敗している。どうしたらいいんだろう」
野球に例えてそんなことを言うと
「野球のことは良く知らないけど送りバントには送りバントの難しさがあるんじゃないかと思うよ。ホームランを打つには筋力とか運動神経とかが必要だろうけど、別の技能が必要なんじゃないか。ホームランよりは努力や反復練習でどうにかなりそうな気がするけど」
なんて答えが返ってくる。
「動体視力なんて言われると難しいかもしれないな」
自分で墓穴を掘るようなことを言ってがっかりする。
「送りバントじゃなくても試合に貢献できると思うよ。攻撃じゃなくても守備でとか、いっそ試合に出なくても裏方でとかいろいろあるじゃないか」
同期君は淀みなく答えてくれる。
「試合に出るのは花形かもしれないな。だけど裏方だって必要な仕事だよ。簡単なわけでも無いだろうし」
試合に出なくても裏方の仕事があるか。そうかもしれない。僕はベンチにも入れていないかもしれないけれど何かしらの役割で勝負に貢献できるかもしれない。
「なんとなく分かってきた。まだ試合に出ることに拘っていたんだ。試合に出なくてもいろいろ仕事はある。それだって必要な仕事だ。得意な仕事を頑張って日々の暮らしの糧を得る。蟻の矜持だ」
そう言ってビールに口を付ける。気分がすっきりしてくるような気がする。
「まあ、蟻にも役割分担があるだろうから。好きな仕事、嫌いな仕事じゃなくて得意な仕事と苦手な仕事で考えればいいんだ。納得納得」
言葉もなんとなく滑らかに出てくるようになったような気がする。
「少しはすっきりしたみたいだね。何か追加で頼もうか」
同期君はメニューを手渡してくれる。
「蟻になるんだから胡瓜の浅漬けがいいかな」
そんな冗談を言うと
「蟻って胡瓜を食べるかな」
同期君から冷静な指摘が入る。
「そんなお値段が張るものじゃなくて働き蟻が食べるような慎ましい手ごろな食べ物ってことだよ」
気分良く朗らかに答える。何か自然に笑いがこぼれる。
「そう言うものなのか。まあ、そんなこと言わずに。栄養補給も必要だよ」
同期君も笑いながらそんなことを言う。そうかもしれない。
「じゃあ、蛸ワサ。蛋白質補給」
見ると蛸ワサビは思ったよりお値段がする。お財布に優しくない。でもいいか。食べて飲んでで結構前向きな気持ちになってきた気がするから大船に乗ったつもりで蛸ワサビを注文する。
好きな仕事でなく得意な仕事と言いつつ、今は好きな食べ物を頼んでいる。でも汲々としていたら楽しくないから、お小言をもらわない範囲で好きにさせてもらおう。前向きな気持ちになれたから、これからうまくやれそうだ。それともこれからうまくやれそうだと思うから前向きな気持ちになれたのか。良く分からないけれど気分よくお酒を飲めた。
ありがとう。同期君に感謝しながら蛸ワサビに箸をつけた。
意気揚々 冬部 圭 @kay_fuyube
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