ベイルとアドニス-2

ベイルとアドニス-2




重そうな扉の先には、それほど長くない階段があった。その先に祭壇があり、そこに巫女が居るらしい。

二人が階段を上っていくと、祭壇に向かっている、一人の女性の後ろ姿が目に付いた。手入れされた、腰まで伸びた長い黒髪が目を引く。高い身長に長い脚で、そのスリムな体を、薄青色のローブが覆い、腰の辺りが帯でまとめられている。後ろ姿のシルエットだけでも、素晴らしいスタイルをしているのが分かる。

近づくにつれて、ふんわりとした香油の香りが、アドニスの鼻をくすぐってきた。アドニスが内心で独り言ちる。

(300歳って感じはしないな。人魚は不死と聞いたが、容姿も衰えないものなのだろうか・・・)

アドニスがチラリとベイルを見ると、目の色が再び変わっている。恐らくアドニスと同じことを考えているのだろう。


階段を上り切った二人が、少し離れたところから、女の後ろに立つ。女は気が付かないのか、祭壇に向かったままだ。アドニスが声を掛ける。

「・・・あの、お約束をしていた、傭兵団の者なのですが・・・」

女が、気づいたような素振りを見せると、ゆっくりを後ろを振り返った。その表姿を見たアドニスは、目を奪われつつ、内心で一言だけ呟いた。

(ヤバい・・・)

女の、少しだけ吊り上がった切れ目の長いアーモンド形の目が、こちらを眺めている。美人、というレベルではない。妖艶と言って良いだろう。アドニスは、これほどの美貌を持つ女性を見たことなどなかった。表情からは、やや高慢な感じを受けるが、それが余計に、ゾクゾクと心を騒めかせる。

アドニスは目線を切った。見続けたら、取り込まれてしまいそうだったからだ。ベイルを横目で見ると、完全に目が釘付けになっている。これに関しては、アドニスはベイルを責める気にはならない。男なら誰でもそうなるだろう。


女は、目線を二人に合わせると、言った。

「これは失礼。気が付きませんでした。私はミオリアと申します。この祭壇で長年、巫女としてお仕えしております。あなた方が御約束していた傭兵団の隊長殿と副隊長殿でいらっしゃいましたか。・・・お聞きしていたよりも、随分と若い方たちでいらっしゃいますね」

アドニスは、「奇遇ですね。俺もです」と、内心で呟きつつ、目線を合わせて応答した。

「私が副隊長のアドニス、こちらが隊長のベイルと申します。先日、亡くなった、元隊長のドロスから代替わりいたしました」

アドニスが横目でベイルを見つめる。ベイルは目線をミオリアに合わせたまま、呆けている。しばらくは使い物になりそうにない。

ミオリアが、少し残念そうな顔をする。

「・・・そうでしたか。それはご愁傷様です。あの方には、度々お世話になりました」

アドニスは、内心で焦った。今回の契約は、この都市との今までの契約の継続が目的だ。だが、代替わりを契機に、契約内容が不利になったりすることは、多い。下手をすると、契約を打ち切られるかもしれない。

アドニスが、次の言葉を言おうとした瞬間だった。

「問題ありません。私は、より、貴方にお仕えします。ドロスなどよりも、もっと頼りにして頂けます。ご期待下さい」

ベイルが、流れるように答えた。アドニスがベイルを見つめる。少しだけイラっとしたが、ここで言うべき言葉なのは間違いないだろう。

ミオリアが、一瞬だけ驚いたような目をした。だがすぐに表情を戻すと、少しだけ考えてから、こう言った。

「そうですが。では、期待しましょう。具体的な契約をここで立ってするのもなんですし、場所を変えましょうか」




別の小部屋で、ベイルとミレリアが机で向かい合って書類の確認をしている。それぞれの隣に、アドニスと案内をしていた側近の女が立っている。

契約は無事に継続された。ドロスの頃に比べて、傭兵団員の数が減っていることもあり、契約金の絶対額は少し安くなったが、一人当たり金額はさほど変わらない。今回の交渉は成功と言っても良いだろう。

ミオリアが、書類を手に取って、細部を確認している。アドニスがほっとしている。その目の前で、ミオリアの手を見つめていたベイルの手が、ミオリアのそれに向かい始めた。それを見たアドニスから、変な声が出る。

「おぃ!」

それで気が付いたミオリアが、書類を机に置いた。そして、伸びてきたベイルの手を打ち払うと、甘美な声で、一言だけ言う。

「・・・やめなさい」

アドニスは、ゾクゾクした。手を打ち払われたベイルが、羨ましかった。ベイルはめげない。ミオリアの目を熱っぽく見つめて、言う。

「・・・どうすれば、貴方は私の物になって貰えますか?」

アドニスと、側近の女が、信じられないものを見る目でベイルを見つめる。何を言い出すんだ、コイツは!

ミオリアは、少し笑ったように目を崩して言う。

「・・・そうですね。かつての竜王のように、帝国をまとめることが出来たら、考えてあげてもいいかもしれませんね」




帰路に就いたアドニスは疲れていた。今日の自分は、明らかにおかしい。ミオリアの妖艶に完全に当てられていた。

「・・・俺は、あの女、ミオリアには会わないようにする。あれは、魔性の女だ・・・」

アドニスは、疲れたように呟いた。ベイルは逆に、舞い上がっている。

「ミオリアの元で戦って勝てば、ドロスを越えられる。ミオリアが手に入る。完璧だ!俺の方針は決まった!」

アドニスは、少し笑いながらベイルを眺めた。兵団を引き継ぐ中で、色々な面倒事もあり、ベイルも少し参っていた。

コイツは、これぐらい舞い上がっていた方が、俺も、周りもやりやすい。




ミオリアと、側近の女が、帰っていくベイルとアドニスを見送っていた。

見送った女が、ミオリアに呟く。

「・・・失礼な連中でした」

ミオリアが笑って、言う。

「そうですね。でも、可愛い人たちでした」

女が、拗ねたようにミオリアを見上げる。ミオリアはそんな顔をした女の、腰のあたりに手を回すと、自分の方に抱き寄せた。ミオリアは、女をあやすように言う。

「・・・ああいった人たちは、色々と役に立つのですよ。色々と、ね・・・」

ミオリアは、女を抱き寄せながら、神殿の奥に消えて行った。

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