水色のドレス

坂先逆

水色のドレス

王立学園の朝の教室。席順は家格で決まるのが不文律だった。


最前列中央に、エルトリア王国の第一王子、ランベルト・フォン・エルトリア。

その隣には、リーチェルト公爵家の長女、マリアン・リーチェルト。

さらにその後ろには侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家の子弟たちが整然と並ぶ。


そして、教室の隅の後ろに────

平民の少女、アリアは座っていた。


平民の特待生枠は数年に1度しか与えられない特別なものだった。

入学試験では満点を取るしかならず、貴族のように家庭教師も塾も持てない平民にとって、それはほぼ不可能に近い試練だった。


それでもアリアはやり遂げた。

貧しい村の家で、夜遅くまで古本を灯りの下で読み漁り、独学で知識を詰め込んだ。


それは彼女の、たった一つの願い事のために───

「家族にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたい」


特待生になれば、卒業後に王立機関への推薦が得られる。

そこで働けば、家族に仕送りができる。

その思いだけで、アリアは満点を叩き出した。


だからこそ、彼女の成績は貴族の子弟たちに引けを取らなかった。


……この朝も、アリアは静かに席に座り、教科書を開いていた。


しかしふと、アリアは何となく窓の外に目を向けるとそこには白い猫が居た。

彼女は猫を撫でたくなって、中庭から回ってよく見ると家で飼われてるかのような毛並みの良い白い猫で、彼女は身構える猫にそっと屈んで近づき警戒を解こうと指先を鼻に近づける。すると猫はくんくん、と匂いを嗅いでそのままじっと座ったのを見て。ふと、右の後ろ足に血がついてるのに気づいた。


「大変!怪我してる、少し動かないで待っててね」


保健室から急いで包帯を貰い、猫の元へ戻るといつも怪我の絶えない近所の子供たちの手当する時と同じく手際よく右後ろ足に包帯を巻いていく。


そんな姿に丁度、廊下を通っていたランベルト王子はほんの数秒だけ足を止めて見つめていた。


「ランベルト王子?あれは例の転入してきた……平民の特待生ですね。……それより次の授業に遅れてしまいますわ。行きましょう」


「ああ、そうだな……」


ランベルトは隣にいた婚約者のマリアンからそう言われ気づく。扇子で顔の表情で様子は伺えないが興味なさげに隣を歩くマリアンに歩幅を合わせながら教室へと向かう。


それから、日が経つにつれてランベルトはアリアを見かけては数秒目で追うことが増えていき、空いた時間に教科書を開いて勉学に励む姿に関心していた。

最初こそ声をかけるきっかけがなかった為、声をかけずにいたある日。学園の、あまり通りの少ない場所のベンチに腰掛け教科書を見るアリアへ声を掛けた。


「休み時間だと言うのに、精が出るな」


「ランベルト・フォン・エルトリア王子に置かれましては…!」


ランベルトはその言葉を静止するように手を前に出す。


「よい、肩の力を抜いてくれ。ここは学び舎であって王宮でも、正式な場ではないからな……邪魔して悪かった」


「い、いえ!そんな、謝らないでください」


そんなやり取りをする姿を、学友と教室に戻る最中のマリアンが表情の読めないちらりと見ていた。


その日を境に、王子とアリアは頻繁ではないものの数回会話をする程になっていた。


「マリアン様、良いのですか?あのように平民が身の程も弁えずランベルト王子に近づくなど……私が注意してきましょうか」


王子とアリアの二人が中庭で話す様子をマリアンの学友が口にする。マリアンは目を細め扇子で口元を隠し、前に出て今にも行きそうなところを手で静止する。


「ランベルト王子は、平民の現状を知りたいのでしょう。国を思うお方ですから……」


「ですが……」


数cmほどしか空いてない距離感、一歩近づけば密着出来そうなほどで2人は笑いあって話している。


「ええ、仰りたいことは分かります。ですが……貴女が案じる必要はありませんわ。後ほど私から2人きりで平民の特待生と話します。それでも、気遣って頂いたことには感謝致しますわ」


そうして、扇子を閉じマリアンは学友と共に歩き出す。

二人の姿を横目で見つめながら────


「アリア嬢、少しよろしくて?」


学園の朝、いつものように教科書を開いていたアリアにマリアンは扇子で口元を隠したままそう声を掛けた。


「は、はい!なんでしょうか、マリアン様」


突然声をかけられ、緊張した面持ちでアリアはマリアンの顔色を伺おうとするが全くわからずその後ろ姿に着いて行き。中庭へと来るとピタリと足を止め、アリアもそれに合わせて止まった。


「最近、ランベルト様とよく話されていますわね……」


背を向けたまま、そう口にするマリアンにアリアは笑みを作る。


「はい、ランベルト王子は平民の私に勉強で分からないところを教えてくださいますし。よく気にかけていただいてます」


それを静かに聞いたマリアンはため息を吐いて、ぱちん、と扇子を閉じてアリアへ向き直った。


「ええ、平民の貴女が言うようにランベルト様はお優しいお方です。平民の特待生だからと気にかけておられるだけ……ですが、今一度淑女であるならば婚約者が居られる殿方に必要以上に接することは控えてくださいませ」


アリアは戸惑いながらも、マリアンに深く頭を下げた。


「す、すみません、私……そういうのに疎くて気づきませんでした。知らずにマリアン様を不快にさせてしまって……」


「今後気をつけて頂ければ構いませんわ。それでは要は済みましたので戻って頂いて結構です」


マリアンは深く息を吐き、腕を組み扇子をまた広げるとそう口にしてアリアを戻らせた。そんな姿を廊下でランベルトは目にしていたことに気付かずに。


その出来事からアリアはランベルトが話しかけようと

する前に避けるようになったが、ランベルトは先回りしてそれでも逃げようとする彼女の手首を離さないよう握った。


「どうして、最近私を避けている?」


「……そんなことはありません、ランベルト王子を避けるだなんて」


言葉を被せるようにランベルトは口を開く。


「では、なぜいつもの様にランベルトと呼んでくれないのだ」


「そ、れは……婚約者のマリアン様がいるのに呼び捨てにするだなんて出来ません」


アリアは言い淀んで眉を下げて静かに笑い。ランベルトは何かを言いかけようと口を開こうとして止めると、そうか、と一言言うと少し寂しげに笑みを返した。


「……友人としてはダメだろうか?」


たったその一言、ランベルトは口にしてアリアの握った手首を離し右手を差し出した。


「そんな、平民の私と友人だなんて恐れ多いです!」


アリアは目を揺らし一歩下がって、自分の両手を胸の前で握りしめ首を横に振った。ランベルトはその両手を優しく包むように取った。


「私が君と、アリアと友人になりたいのだ」


優しく微笑んだランベルトにアリアは目を丸めまだ迷いのあるように地面を見たあと、ランベルトの手をアリアはそっと握り返して顔を見て頷いた。


「平民の私でも良ければ友達になりましょう、ランベルト様」


2人はまた笑いあっていた所を、学友と居たマリアンは遠くからその光景を目にして持っていた扇子を握りしめた。


そうしてある日の茶会───

アリアはそわそわしながら、どこに座るべきか迷っていた。そんなアリアへ近くに座っていたマリアン・リーチェルトが優しい声音で微笑み話しかけた。


「まあ、アリア嬢。もしよろしければこちらに座ってお茶でもどうかしら?」


「あ……はい。失礼致します」


アリアはマリアンへ申し訳なさを感じながらも椅子に座った。アリアが座ったことをマリアンが確認すると口を開いた。


「それでは早速、人も集まりましたからお茶会を始めましょう」


「そうですわね、マリアン様。私が紅茶をお注ぎいたしますわ」


「まあ、ありがとう。それでは、私からほんのささやかながらクッキーをご用意致しましたの。よければ皆様召し上がって?」


学友からの声掛けに礼を言うとマリアンはそう話しを切り出した。メイドに声をかけ、手作りのクッキーが乗った皿を持ってこさせ、テーブルの真ん中のスタンドに置かせた。


「……あら、紅茶がなくなってきてしまいましたわ。アリア嬢、申し訳ないのですがそこのティーポットを取ってくださらない?」


「あ、はい!わかりました」


ふと、少なくなったカップを見たマリアンはそう口にした。アリアは慌てて立ち上がってマリアンの方へ近寄る。そのタイミングでさりげなく足を出し、アリアがつまづく様に仕向けた。


「きゃっ!す、すみません!!私が不注意で……!!」


アリアがつまづきテーブルに手を付きバランスを崩してティーポットを落とそうになり、テーブルが揺れてマリアンのカップが倒れ、紅茶がマリアンの制服にかかった。


「なんてこと、マリアン様の制服が……!」


「平民のくせに、マリアン様に怪我させるなんてせっかくお誘いくださったのに失礼すぎますわ…!」


「マリアン様、大丈夫ですか?火傷などされていませんか!?」


同席していたマリアンの学友たちは、マリアンに寄って確認したり紅茶で汚れた制服をハンカチで拭いて。学友のひとりはアリアを責め立てた。

マリアンは手で制止して、アリアに微笑みかけてティーポットを拾おうとするアリアの手を取って。


「いえ……私は大丈夫ですわ。紅茶は冷めておりましたから……それよりアリア嬢もお怪我はありませんか?」


「まあ、慈悲深い……マリアン様はなんてお優しいんでしょう。さすが時期王妃になられるお方ですわ」


学友は手で口元を覆い、尊敬するような眼差しで見つめた。


「……私は大丈夫です、あの、マリアン様……ほ、ほんとうにすみませんでした……!」


「顔を上げてくださいマリアン嬢、私も幸い火傷はしておりませんから。ですが……制服が汚れてしまいましたので私は着替えてまいります。皆さんも気になさらず、せっかくの茶会ですから楽しんでくださいませ」


申し訳なさそうに立ち上がり、マリアンに向かって深く頭を下げた。そうしてその場はマリアンによって収められた。


そして茶会の出来事から日が経ち季節は変わり、学園の夜会が始まる───

学園祭の淑女は皆それぞれのドレスに身をまとい。パートナーが選んだドレスや宝石を身につけるものもいる。会場には華やかなドレスが溢れていた。

マリアン・リーチェルトは薄い水色のドレスは会場でひときわ優雅に映えていた。一方のアリアの淡い黄色のドレスは控えめながらも柔らかな光を放ち、優しく周囲を照らしている様だった。


「マリアン嬢、素敵な夜会は楽しまれておりますか」


公爵家の令嬢の一人に声をかけられ、マリアンは振り返り微笑み片足を後ろに引いて膝を軽く曲げドレスの裾を両手で摘んで下げながら頭を下げる。その所作は優雅で見惚れるほどの完璧さだった


「これは公爵令嬢、ご機嫌麗しゅう。お陰様で……これもすべて会場を設営に尽力しにてくれた皆様と生徒会長を務めておられるランベルト王子によるものですわ」


「ええ、そうですね。ところでマリアン嬢……薄い水色のドレスが本当に美しいですわ。ランベルト王子のお選びになったものだけあって、完璧ですこと。ご婚約ももうすぐと伺っておりますが、公爵家として心よりお喜び申し上げます」


マリアンの返事はいつもの完璧淑女のように扇子を広げにこりと微笑み


「ありがとうございます、ランベルト王子のおかげですわ。」


そうやりとりをしていると丁度、会場が静まり返った。皆の視線の先にはランベルトが立っていた。


「皆様、この夜会を楽しむ前に少々時間をいただきたい」


ざわめきが一瞬起きたが、マリアンは当然のように歩み出たことで止まりランベルトの前へ立った。ランベルトはマリアンへ向き直り静かに口を開いた。


「マリアン・リーチェルト公爵令嬢。これまで長きにわたり婚約者として支えていただき、感謝している。しかし、私はこの婚約を破棄したい」


会場はどよめく


「なぜでしょう?理由をお聞かせ願えますか?」


マリアンは、いつもの様に笑みを保ったままその場で背筋を伸ばし真っ直ぐにランベルトを見つめる。


「理由は……アリア嬢に対するこれまでの嫌がらせだ。特に先日の茶会のことは私の従者から耳に入っている……その出来事は、見過ごせない」


「茶会のこと、とは?」


表情は変わらず、ランベルトの話を聞きマリアンは問い掛ける。


「茶会でアリア嬢がつまづいた、とされているが近くの席で見ていた令嬢が証言した。アリア嬢にティーポットを取らせ彼女が近づいた所で足を出していたと。紅茶が学生服にかかったのも、マリアン嬢……君がアリアに嫉妬してわざとそうなるように仕組んだのだろう」


ランベルトは息を吐いて、静かに聞いているマリアンへさらに続ける


「茶会の数週間前、彼女はマリアン嬢を呼び出し裏庭で詰め寄っていたのを私は目にしていた。それが何よりの嫉妬の証拠ではなかろうか」


周りの貴族たちが納得したように頷き、視線がマリアンとアリアに向けられる。そこでやっと聞いていたマリアンは口を開いた


「ええ、そうですわ。平民でありながら彼女は婚約者のいる殿方……しかも一国の王子に必要以上に近づいていましたもの。それを皆に見えないところで注意するのは当然のことですわ」


マリアンはアリアの方を向き、彼女に向かって深々と頭を下げて口を開いた。


「ですが、嫉妬のあまり行き過ぎた行動をとったのも事実。この場でアリア嬢へ謝罪致します。アリア嬢……申し訳ございません」


「いえ……顔を上げてくださいマリアン様。私は、謝られるようなことはされてません…!」


「アリア嬢の寛大なお心に感謝致します」


アリアは視線とマリアンの突然の謝罪にあたふたしながらもそう口にする。マリアンは頭を上げると微笑み、眉を下げ完璧な表情が一瞬崩れた。それもランベルト王子に向き直る時には背筋を伸ばし凛とした姿で立つ。

そして、マリアンは薄いドレスの裾を軽く摘みお手本のような優雅なカーテシーをした。


「ランベルト・フォン・エルトリア王子のご決断に、意義はありません。婚約破棄に同意いたします」


あっさりとした言葉に、会場が更にざわつく。

ランベルトも少し驚いた顔をして。

「…ありがとう。君の理解に感謝する」


「それでは失礼いたします」

マリアンはにこりと微笑み、もう一度完璧な礼をすると静かに会場を後にした。


マリアンのその姿を見送ったランベルト王子は口を開いた。


「そしてアリア嬢、前に来てくれ。……私はこの場を借りてアリア嬢に正式な婚約を申し込みする!アリア嬢……返事は後日聞かせてくれ」


「え、あ……はい、わかりました」


言われるがままにアリアは前に出ると、手を掬い取られランベルト王子は床に膝をついて指先に口付けするとそう口にした。

アリアは驚きとその仕草に頬を赤らめ小さく頷いた。


それから夜会は混乱したが、その後で王子が場を収めたこと収束。

後に、ランベルトの父……エルトリア王は反対したものの押し切り。最終的にランベルトとアリアは正式に婚約したと新聞で取り上げられた。


それでお決まりの話はおしまい。……そんな訳ないでしょう?誰が一番得をしたのかそれは……王子?いいえ、アリア?いいえ、もしかして婚約破棄を望んでいた誰か?いいえ。


じゃあ誰が?

それは─────

バサッ、とシーツを干したあと少しほつれた服に着いたホコリを払いカゴを腕に下げ。


「そういえば、ほつれた服があったはず……」


そう口にした若い女性は、タンスを開ける。そこにかけられた薄い水色のドレスを見て買い物かごと一緒に持つと出かけた。

そう、この若い女性こそが一番得をした人物。王子とアリアを舞台でくっつけた、二人の引き立て役、悪役令嬢マリアン・リーチェルト本人だ。


彼女は王妃教育もそれは引いては将来のためだから仕方ないと感じた。家が厳しいのも当然だと思った。

でも、日々積み込まれる知識と作法、国の仕組み、政治必要なものだから覚える認識でいた。けれど国は王だけでは成り立たない。色んな私欲が渦巻く中表では笑い、裏では今か今かと影で手ぐすね引くものが多い。それに息苦しさを感じ、たまに領土視察でいく平民の暮らしに憧れていた。

そうして、マリアンは考えたどうしたらこの婚約者マリアン・リーチェルトを下りれるか。

ならば、と平民で特待生のアリアに目をつけた。飲み込みの早く素直な彼女なら安心だと。

そうして少しづつ計画を練り上げた、ネックレスはバラして加工して売り払い。傍付きの平民のメイドの家で手伝いをしたり(生活や服装、暮らしを見るため)、着なくなったからと理由をつけてドレスも売り払って学園で出るための華やかな水色のドレスとあとは地味なドレスを残して。

売ったお金は箱に入れ、タンスの引き出しを完全に引いて出さないと誰にも分からない奥に箱を隠して置き。完全な舞台計画を整えた、その結果がこうして伸び伸びと息苦しくない誰にも指摘もされない。マリアン・リーチェルトもいない。マリアンは過去の者。今は平民のリアという名の、自由にのびのびと一人で暮らしている女性しかいないのだ。


そうしてリアは崖に来て、彼女はカゴを置き。ドレスを掴んで、両手で広げると空に向かって投げた。


ふわふわ舞い上がり、

薄い水色が朝の空に溶け込むように揺れながら、

やがて海面へ落ち、

静かに、静かに沈んでいった。


マリアン・リーチェルトは、もういない。


ただ、風に壁をなびかせて微笑む1人の女性が、崖の上に立っているだけだった。

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