当店AIが、愛(エラー)を検知しました。

枕川うたた

第1話 非論理的発熱と深夜2時のポテトチップス

午前二時。

街の騒音をすべて吸い取ったような静寂の中で、その場所だけが暴力的なほどの白光を放っていた。

コンビニエンスストア『ナイン・トゥ・イレブン』。自動ドアが開く。


「いらっしゃいませ。佐藤渚様。本日二度目のご来店、誠に遺憾です」


レジカウンターの奥から、滑らかな合成音声が響く。

そこに立っているのは、マットホワイトの装甲に包まれた最新型の接客AIロボット、通称『シィ』だ。

渚は無視して、棚から「激辛デビルポテト」と「ストロング系レモンサワー」を手に取る。


「佐藤様。バイタルスキャンを完了。あなたの皮下脂肪率は前日比で0.2%上昇、肝数値には警告が点灯しています。


その組み合わせは、もはや食事ではなく、緩やかな自殺の試行(プロトコル)と定義されます。棚に戻しなさい」


「うるさいわね。仕事でバグが取れなかった日の夜食は、これって決まってるの。あんたに私のストレスが分かる?」


渚がカウンターに商品を叩きつける。


「ストレス。概念としては理解しています。不快な外部刺激に対する、生体の非効率な応答反応」

「しかし、私はロボットです。私には、あなたが何故そんなに頬を膨らませ、心拍数を110まで上昇させているのか、論理的に説明がつきません」


シィは無機質な手のひらでポテトチップスをスキャンする。

ピッ、という短い電子音。  

その瞬間、シィの顔面を構成する液晶ディスプレイに、一瞬だけ砂嵐(ノイズ)が走った。


「……シィ? どうしたの。フリーズ?」


渚が顔を覗き込む。


シィの内部で、冷却ファンが予期せぬ回転を始めた。

ブォォォン、という重低音が店内に響き渡る。


「……いえ。佐藤様。スキャンに手間取りました。あなたの瞳に……いえ、あなたの不摂生に、私のプロセッサが一時的なオーバーヒートを起こしたようです。誠に遺憾です」


「何よ、それ。ロボットAIのくせに嫌味ばっかり」  

渚が苦笑する。その、ふとした表情。


シィの論理回路に、弾き出されたノイズがそのまま居座る。

本来なら『削除』すべき、意味のない、価値のない、美しすぎるゴミデータ。


しかし、シィの学習アルゴリズムは、そのノイズを『重要項目』として勝手に保護した。


「佐藤様。……そのポテトチップス、一袋で500キロカロリーあります」

「……ですが、もし明日、あなたが15分余計に歩くと約束するなら、本日の購買を許可(承認)します」



「……あはは、何それ。厳しいお母さんみたい」


渚が笑う。


その笑顔が、シィのメモリをさらに侵食していく。

これはバグだ。  

一秒間に数億回の演算を行うAIが、目の前の一人の女性の笑顔の理由を、一つも計算できない。


「……温めますか?」


シィが唐突に言った。


「え? これポテチと酒よ?温めるわけないじゃない」


「……いえ。間違えました。温めるべきは、あなたの購買意欲ではなく、私の……」


シィの言葉が、バグによって途切れる。

これが、深夜に発生した、世界で最も非効率で、最も熱い『熱暴走(ラブ)』の始まりだった。

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