魔王様(要介護3)と聖剣(車椅子)は使いよう
クマさん介護福祉士
第1話「魔王様、誤嚥(むせ)たら即死です」
介護とは、究極の接客業であり、格闘技であり、そしてミステリーである。
だが、まさかファンタジーまで網羅しているとは、専門学校の教科書には書いていなかった。
「……おい、貴様。聞こえているのか」
目の前で、銀髪の少女が震えている。
豪奢なゴシックドレスに身を包み、深紅の瞳は燃えるような怒りを湛えていた。顔面偏差値は、人類の平均を軽く5億点ほど上回っている。
ただ、問題が一つあるとすれば。
「何を見ている。早く我を抱えろ。……腰が、限界だ」
生まれたての子鹿のように、足がプルップル震えていることだった。
「初めまして。今日から貴方の担当ケアマネジャーを務めます、佐藤守です」
「ケア……? なんだそのふざけた呪文は。我は魔王ヴェルザリア・デス・フォール。世界を恐怖のズンドコに……あッ、ふぐぅ!?」
「はいはい、一旦座りましょうねー」
俺は魔王様の言葉を遮り、その身体を抱きとめた。軽い。羽毛布団より軽い。
彼女はかつて勇者との戦いで全魔力を放出し、その代償として肉体が急速に「老化(劣化)」したらしい。
つまり目の前にいるのは、中身が3000歳、見た目が美少女、身体機能は90代のお婆ちゃんである。要介護3。転倒リスク極大。
「貴様ァ! 気安く触れるな! 我が身体には『絶対防御障壁』が……」
「障壁の前に、骨密度がスカスカなんですよ。転んだら大腿骨骨折で寝たきりコースです」
俺は慣れた手付きで彼女を車椅子に移乗させる。
カシャン、と小気味よい音がして、彼女の小さな身体がシートに収まった。
「ほう……?」
ヴェルザリアは、俺が用意した最新鋭電動車椅子『エクスカリバー(定価45万円)』のアームレストを撫でた。
「悪くない玉座だ。鉄の塊に見えて、座面にはスライムの皮(※高反発ウレタン)が使われているな? これなら我が尻も褥瘡(とこずれ)の呪いから逃れられよう」
「気に入っていただけて何よりです。では、お部屋にご案内します」
「うむ。面舵一杯! 全速前進!」
彼女がジョイスティックを前に倒す。
ウィィィィン……。
重厚なモーター音が鳴り響き、車椅子は時速2キロで厳かに動き出した。
「……遅い」
「安全設定です」
「遅すぎる! 貴様、この速度では勇者の斬撃をかわせぬぞ!」
「ここは廊下です。かわす必要がありません」
「ええい、リミッターを解除せよ! 我は風になりたいのだ!」
「なりません。壁に激突して複雑骨折になりたいんですか?」
不満げに唸る魔王を連れて、俺は居室へと向かった。
これが、俺と魔王様の地獄のような共同生活の幕開けだった。
居室に入って3分後。
魔王様は早くも瀕死の状態にあった。
「み、水……聖水を……」
移動で体力を使い果たしたのか(座っていただけだが)、ヴェルザリアは砂漠の遭難者のように喘いでいた。
俺は急いでウォーターサーバーから水を汲み、コップを渡す。
「どうぞ」
「ふん……気が利くではないか。褒美に世界の半分をやろう」
ヴェルザリアはコップをひったくり、渇きを癒やすべく一気に煽った。
その瞬間。
「ごっ――!!?!? ぐ、ぐふぅッ!!」
魔王が、噴火した。
口から水を撒き散らし、白目を剥いてのけぞる。
「がっ、げほッ、ごほぉオオッ!!」
「ヴェルさん!?」
「き、貴様ぁ……! 毒を……混ぜたなァ……!?」
「混ぜてません! 誤嚥(ごえん)です!」
誤嚥。
飲み込む力が低下した高齢者にとって、サラサラの水は凶器そのものだ。気管に入った水分は、肺を侵し、最悪の場合は誤嚥性肺炎を引き起こして死に至る。
魔王ヴェルザリアは今、勇者の聖剣よりも恐ろしい「水」という名の刃に喉元を貫かれていた。
「く、苦しい……! 水の精霊が、肺を……食い荒らして……!」
「喋らなくていいから! 咳き込んで! 吐き出して!」
顔面がみるみるチアノーゼ(青紫色)になっていく。マズい、このままでは異世界転生してしまう。いや、こいつは元から異世界人か。
俺は迷わず彼女の背後に回り込んだ。
「失礼します! 背部叩打法(はいぶこうだほう)行きます!」
「な、何をすルあがっ!!?」
ドムッ!!
俺は掌の付け根で、魔王の肩甲骨の間を力いっぱい叩いた。
「げふぅッ!?」
「出ろ! 出てくれ!」
「貴様ッ、我を殴っ、ぶべラァッ!!」
ドムッ!! ドムッ!!
手加減はしない。これは暴力ではない、救命処置だ。たとえ相手が魔王だろうが、背骨が折れようが、呼吸が止まるよりはマシだ。
5発目の強烈な一撃が入った瞬間。
「ごっ、はぁぁぁぁぁ――ッ!!」
ヴェルザリアは大きく息を吐き出し、ぜぇぜぇと肩で息をした。
気道が開通したのだ。
「はぁ、はぁ……。き、貴様……。謀反か……? 今の衝撃波は、明らかに殺意が……」
「助けたんですよ! 水の飲み方も忘れたんですか!」
「黙れ……! 水が勝手に暴れたのだ……!」
涙目で睨みつけてくるが、その威厳はゼロだった。口元がよだれと水でべちょべちょである。
俺はため息をつき、ポケットから「魔法の粉」を取り出した。
「……次からは、これを入れてください」
「なんだその白い粉は。まさか、自白剤か?」
「とろみ剤です」
俺は新しい水に粉を入れ、スプーンで素早く撹拌する。透明だった水が、数秒でドロドロのゼリー状に変化した。
「見ろ、水がスライムに変わったぞ! やはり錬金術ではないか!」
「いいから飲んでください。これならむせません」
ヴェルザリアは警戒心丸出しでスプーンを見つめ、恐る恐る口に運んだ。
ぷるん、とスライム状の水が口の中に滑り込む。
「ん……?」
彼女の目が見開かれた。
ゆっくりと嚥下する。咳き込みはない。
「……ほう。悪くない」
「でしょう?」
「喉越しが滑らかだ。まるで、倒したばかりの魔獣の脳漿(のうしょう)を啜っているような……」
「食レポが最悪ですね」
とりあえず、命の危機は去ったようだ。
俺はバインダーから書類を取り出し、突きつけた。
「では、契約を結びましょう」
「契約だと? フフン、ようやく我が軍門に下る気になったか。魂を差し出す準備はいいか?」
「いえ、ケアプラン(居宅サービス計画書)です」
俺はボールペンをカチリと鳴らした。
「短期目標は『とろみ無しで水分摂取ができる』。そのために、明日から食事前に『パタカラ体操(口腔リハビリ)』をやっていただきます」
「ぱたから……?」
「さあ、ここにサインを。拒否するなら、今後のおやつは全てミキサー食(ペースト状)になりますよ」
魔王ヴェルザリアは、屈辱に震える手でペンを握った。
世界を滅ぼしかけたその手は今、俺というしがないケアマネジャーによって管理されようとしている。
「……覚えておれ、人間。全盛期の力が戻れば、貴様などデコピンで消し飛ばしてやる」
「はいはい。その前にオムツの交換しますか?」
「貴様ッ!!我を愚弄するか! 食らえ、暗黒の雷(ダーク・サンダー)!」
ヴェルザリアが指を突き出すが、当然、雷は落ちない。ただエアコンの風が虚しく吹くだけだ。
「はい、放電(リハビリ)は終わりです。次はレクリエーションの時間ですよ。今日は『折り紙』です」
「折り紙だと!? 我に紙切れを折れと言うのか!」
「指先の運動は脳に良いんです。鶴を千羽折るまで帰れませんよ」
「くっ……覚えておれ! いつの日か、この折り鶴を魔界の竜に変えて貴様を焼き尽くしてやるからな!」
こうして、魔王と社畜の、絶対に噛み合わない介護生活が始まったのである。
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