『処刑された公爵令息、揺り籠で「死の王」に覚醒する。〜転生したら家族全員が裏社会の支配者で、婚約者が僕の『死の力』に陶酔するヤンデレ共犯者だった件〜』

@saijiiiji

プロローグ

断頭台(ギロチン)の刃は、真夏の太陽を反射してギラギラと輝いている。

見上げれば、雲ひとつない青空。まるで僕の処刑を祝っているかのような快晴だ。


「罪人、アルヴァ・セルヴァン!前に出よ!」


広場に集まった民衆の罵声。石礫。腐ったトマト。

それらが雨あられと降り注ぐ中、僕は両腕を拘束されたまま、処刑台への階段を一歩ずつ登っていく。

足枷が重い。囚人服はボロボロだ。三日間の尋問と拷問で、左目はもう見えないし、肋骨も三本はいかれているだろう。

だが、不思議と心は澄み渡っていた。

痛みはある。悔しさもある。だがそれ以上に——こみ上げてくるのは、ドス黒く、そして甘美なまでの「殺意」だった。


「アルヴァ・セルヴァン。貴様は国家転覆を企て、禁忌の黒魔術に手を染めた。その罪、万死に値する」


処刑台の最上段。そこには、きらびやかな衣装を纏った男が立っていた。

帝国の第二王子。かつて僕が忠誠を誓い、共に国を良くしようと語り合った「親友」だ。

彼が今、軽蔑しきった目で僕を見下ろしている。

隣には、僕の婚約者だった公爵令嬢。彼女は王子の腕にしがみつき、「怖い」と震える演技を続けている。

なるほど。

全部、お前たちが仕組んだことか。

セルヴァン公爵家の財産と権力が邪魔だった。僕の魔法の才能が目障りだった。だから「黒魔術師」という汚名を着せ、一族郎党を皆殺しにし、自分たちは正義の味方面で権力を独占する。

完璧なシナリオだ。拍手をしてやりたいくらいだ。手が縛られていなければな。


「何か言い残すことはあるか、大罪人」


王子が形式的な慈悲を投げかける。

民衆が静まり返る。僕が泣いて命乞いをするのを期待しているのだろう。

僕は、血と泥にまみれた顔を上げた。

そして、ニッコリと笑った。


「——見事だよ、殿下」


割れた唇から漏れたのは、賞賛の言葉だった。


「人を騙し、陥れ、利用する。為政者として必要な資質だ。君にはその才能がある。……だが、詰めが甘いな」


「なんだと?」


「殺すなら、魂ごと消滅させるべきだったんだ。中途半端に肉体だけを殺すとどうなるか……君は知っているか?」


僕は視線を巡らせる。

王子へ。元婚約者へ。最前列で僕を嘲笑う貴族たちへ。石を投げる民衆へ。

その一人一人の顔を、網膜に焼き付ける。

死んでも忘れないように。地獄の底まで持っていくために。


「死者は、嘘をつかない」


僕の言葉に、処刑人が眉をひそめ、斧を構え直した。


「生者は裏切る。愛も、忠誠も、友情も、すべては状況次第で覆るゴミ屑だ。だが、死者は違う。死者は静かで、従順で、そして何より——執念深い」


体の奥底で、何かが弾けた。

二十八年間、貴族として生きるために抑え込んでいた「何か」。

優等生としての仮面。道徳。倫理。そんな重しが外れ、どす黒い奔流が全身を駆け巡る。

ああ、そうだ。

僕は、気づくのが遅すぎたんだ。

僕には才能があった。剣でも、政治でも、光魔法でもない。

もっと根源的で、もっと忌まわしい——「死」そのものを操る才能が。

今、死の間際になってようやく、その扉が開いた。視界に見えるモノが変わる。王子の背後に憑いている生霊。広場の地面に染み込んだ数多の無念。それらがすべて、僕に語りかけてくる。

『仲間に入れてくれ』と。


「覚えておけ、愚民ども。そして裏切り者たちよ」


僕は声を張り上げた。喉が裂けて血が噴き出すのも構わずに。


「俺は死ぬ。だが、それは終わりじゃない。始まりだ。俺は必ず戻ってくる。地獄の底から這い上がり、貴様ら全員を迎えに行くぞ」


「処刑を始めろ!早く殺せ!!」


王子が顔を引きつらせて叫んだ。恐怖を感じたのだ。正解だ。お前は賢いな。

処刑人がレバーを引く。

重厚な刃が、重力に従って落下を始める。

その一瞬のスローモーションの中で、僕は広場全体に向かって、最高の笑顔を見せつけた。


「次は貴様ら全員——俺の兵隊(オモチャ)にしてやる」


ガコンッ。

硬い音と共に、視界が回転した。

空と地面が逆さまになり、遠のいていく意識の中で、民衆の悲鳴とも歓声ともつかない絶叫が聞こえた。

ああ、うるさいな。

少し静かにしてくれ。

これから「仕事」が始まるんだから——。


***


暗闇。

深い、泥のような暗闇の中にいた。

意識はある。思考もある。だが、体がない。

寒い。いや、熱いか?

ここが地獄か。それとも虚無か。

どちらでもいい。僕には目的がある。戻らなければならない。あいつらを殺すために。あいつらを、僕の絶対服従の奴隷にするために。

魔力を練れ。魂を燃やせ。

死の淵で掴んだ感覚を手繰り寄せろ。

僕の魂に刻まれた「S級ネクロマンシー」の術式。それが暗闇の中で青白く発光する。

適合する器(からだ)を探せ。

いや、他人の体ではダメだ。僕の魂に耐えきれない。

ならば——時間を、因果を、遡れ。

僕という存在が確定する前の、「可能性」の分岐点へ。


ドンッ、と強い衝撃があった。

続いて、肺に空気が流れ込む感覚。焼き切れるような痛み。

まぶしい。

強烈な光が網膜を焼く。

耳をつんざくような泣き声——いや、これは僕の声か?


「おぎゃあ!おぎゃあ!」


自分の意思とは関係なく、喉が震えて声を上げている。

体が思うように動かない。手足が重い。視界がぼやけている。

だが、匂いはわかる。

血と、羊水と、そして高級な香水の匂い。


「生まれました!元気な男の子です!」


野太い男の声ではない。女の声だ。

僕の体を、温かいタオルが包み込む。

視界が徐々に鮮明になっていく。

高い天井。豪華なシャンデリア。天蓋付きのベッド。

見覚えがある。

ここは——僕の実家。灰燼に帰したはずの、セルヴァン公爵家の寝室だ。


「よくやったわ、セレナ。……見てごらん、この子を」


聞き覚えのある声。

父だ。父上だ。王子の陰謀によって、反逆者の汚名を着せられ、首を晒されたはずの父上が、そこにいる。

若い。記憶の中の父上よりも、ずっと肌に張りがある。

そしてベッドに横たわっているのは、母上だ。汗ばんだ額に髪が張り付いているが、その美貌は健在だ。


「あなた……。ええ、やっと会えたわ」


母上が僕を抱きかかえる。

その温もり。鼓動。

夢ではない。走馬灯でもない。

僕は——戻ったのだ。

死んで、時間を遡り、自分自身の赤ん坊時代へと「転生」したのだ。

二十八年分の記憶と、あの処刑台で覚醒したネクロマンシーの才能をすべて持ったままで。


(……ククッ)


喉の奥で笑いが漏れる。

赤ん坊の体だから、うまく笑えないのがもどかしい。

だが、状況は理解した。

最高だ。これ以上の「リスタート」はない。

今の僕は、無力な赤ん坊だ。だが、中身は違う。

未来の知識がある。誰が裏切り、誰が敵になるかを知っている。

そして何より——力がある。


僕は薄く目を開け、部屋の中を見渡した。

見える。

産婆の背後に憑いている、老人の霊が。

部屋の隅に漂う、動物霊のような靄が。

普通の人には見えない「死の世界」が、僕にははっきりと視認できる。

試しに、僕は魔力をほんの少しだけ放出した。

『来い』と念じる。

すると、部屋の隅にいた小さな霊——おそらくネズミか何かの霊だ——が、僕の元へ飛んできた。

僕は口を開け、それを「パクり」と吸い込んだ。


(……不味いな)


魂の味は、錆びた鉄のようだった。

だが、霊を捕食したことで、わずかに魔力が回復するのを感じる。

使える。この力は本物だ。

僕は赤ん坊の体で、ニタリと口角を吊り上げた。


「あら?」


母上が、僕の顔を覗き込んで首を傾げた。

しまった。赤ん坊らしくない表情を見せてしまったか。

普通の親なら、「気持ち悪い」とか「何かおかしい」と不気味がる場面だ。

まだ演技力が足りないな、と反省しかけた時だった。


「あなた、見て。この子……今、笑ったわ」


母上の声は、弾んでいた。

恐怖ではない。歓喜だ。


「それも、ただの笑いじゃないわ。今、部屋にいた浮遊霊を……食べたわよ?」


「なんだと?」


父上が身を乗り出してくる。

その瞳には、僕が処刑台で見た貴族たちのような蔑みはない。

むしろ、ギラギラとした野心と、狂気的な期待が宿っている。


「霊を視認し、捕食したというのか?生まれたばかりで?……ハハッ!そうか、そうか!」


父上は僕を抱き上げると、高らかに笑い声を上げた。


「S級だ!いや、それ以上か!我がセルヴァン家から、ついに『魔王』が生まれたぞ!」


「ふふふ、素敵ねぇ。この子なら、私たちが研究していた『帝国転覆計画』を、もっと派手に実行できるかもしれないわ」


(……は?)


僕は思わず、赤ん坊の演技を忘れて真顔になった。

今、なんて言った?

魔王?帝国転覆?

僕の記憶にある両親は、厳格だが領民思いの、清廉潔白な貴族だったはずだ。

だからこそ、王子の卑劣な罠にはまって殺されたのだと、そう思っていた。

だが——目の前にいる二人は、どう見ても「正義の被害者」ではない。

母上の指先からは、毒々しい紫色の魔力が漏れているし、父上の笑顔は、悪役商会の幹部のように邪悪だ。


「いい子ね、アルヴァ。たくさん食べて、たくさん殺せるようになりなさい」


母上が僕の頬にキスをする。

その唇からは、微かに血の匂いがした。


「ああ。王家の豚どもを皆殺しにするその日まで……パパとママが、最強の英才教育をしてあげるからな」


父上が僕をあやすように揺らす。そのリズムに合わせて、部屋中の家具がガタガタと怪奇現象を起こしている。


……なるほど。

そういうことか。

僕は前世で、両親のことを何も知らなかったんだ。

「いい子」の仮面を被っていたのは僕だけじゃなかった。この両親もまた、猫を被っていたのだ。

そして、その本性は——僕が目指そうとしていた「修羅の道」の、遥か先を行く先輩だったらしい。


(……ククッ、アハハハハ!)


こみ上げてくる笑いを、もう抑えられなかった。

僕は産声を上げるふりをして、高らかに哄笑した。

最高だ。

最高の環境じゃないか。

孤独な復讐劇になると思っていたが、どうやら頼もしい(そして頭のおかしい)味方が最初から二人生えているらしい。


泣け、喚け、そして絶望しろ、帝国の豚どもよ。

ここにあるのは、ただの揺り籠じゃない。

お前たちを地獄へ叩き落とすための、「魔王の孵卵器」だ。


こうして——僕、アルヴァ・セルヴァンの、二度目の、そして最凶の人生が幕を開けた。

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