蒼鷹の若将校とあやかし道中 -大正浪漫妖異録-

中村点睛

第1話 女学生とトンビの外套

 日が傾きはじめ、茜色に染まった帝都は不可思議な雰囲気を纏っていた。

 トンビの外套がいとうを羽織った粋な男がステッキを打ち鳴らしながら歩いてゆく。水色のアンブレラを持った矢絣の女学生とマガレイトに大きなリボンをつける女学生は、歩調を合わせながらおしゃべりをしている。モダンでハイカラなこの街は、同時に空虚くうきょ虚栄きょえいに浸っているのではあるまいか。そんな取り留めのない嫌悪を心の奥底に飼い慣らしているひとりの若者がいた。

 九条蒼一郎。その名を持つ彼自身もまた、帝都が生み出した歪な副産物に相違なかった。


 蒼一郎は将校しょうこうたちが一度に集まる大きな軍議が終わって、自邸の洋館への帰路についていた。蒼一郎の「特務隊の若い大将」という立場はいけ好かないものであり、あまり将校たちと馴染めていなかった。将校の中でも大将は元帥の次に偉い立場だからだ。よわい十九にして大将になれたのも、この血筋のおかげなんだとばかり陰で非難されて、蒼一郎は参ってしまっていた。彼は特別耳が良いから、どんな囁き話も聞こえてしまうのだ。


 さて、先ほどの粋な男がステッキを打ち鳴らし続けながら女学生たちに近づいていた。蒼一郎は男のステッキのリズムに違和を感じた。自然界の出す音にしては、規則的すぎる。このリズムを刻むとなると、歩幅が滅茶苦茶になる筈だ。すると、蒼一郎の危惧していた通り、男の額にはたちまち角が生え、舌が二尺ほどに伸びた。やっぱり、男はだった。

「きゃぁぁあ‼︎ ば、化け物よこの男!」

「恨めしい小娘が......あまり私を卑下ひげするんじゃない......」

 面識のない女学生たちに向かって牙を剥くあやかしは、真っ先に祓わなければならない。蒼一郎は咄嗟に一矢を射た。それはあやかしを祓うことのできる特別な矢であった。放たれた鏃は男の頚椎に刺さり、男はたちまち気化していき、跡形もなく消え去った。


「危ないところだった。怪我はありませんか?」

 女学生の下へ向かう。二人とも無傷のようで安堵した。

「え、ええ私どもは無事ですの。けれど、もうなんだか、一度にいろいろなことが起こりすぎてわけがわかりません。あのトンビの男性は何者ですの? そしてあなたは?」

 マガレイトの方の女学生がそう質問した。無理もない、いきなり目の前の人間が化け物になって、すぐに消え去ったのだから。

「言っても信じていただけるかわかりませんが、あの男はと言って、突然人間の前に現れては突飛な行動をするのです。人間を騙したり襲いかかったり、兎に角人知を超えるようなことを。自分はそんなあやかしを祓う職務に就いています。これでもうあの男は成仏したので、またお嬢さんたちを襲ってくることはありません」

 本当は蒼一郎自身もあやかしのことを理解しきれていない。なぜ人間の前に現れ、人間を翻弄するのだろうか。今わかっていることは、日常のあらゆるところに潜んでいるあやかしが、近年帝都で暴虐化してきているということだけである。


「なるほど。ちょっと、卒倒してしまいそうですわ」

「駄目よまさちゃん、気をしっかり持って!」

「まあつまり、というものから助けていただいたってことですよね。私どもだけではきっとやられていました。感謝に尽きます。あなた、なんという方なのですか?」

「申し訳ないが、名乗ることはできない」

 アンブレラの方の女学生に名前を聞かれたが、蒼一郎は腐っても華族の身。名を知られてしまうと色々厄介だ。

「ならばせめてお礼をさせていただきたいですわ」

「では、お嬢さんたちは帝都の安寧を願っていてくれ」

「わかりました。この御恩はきっと忘れません!」

 蒼一郎はそう言って女学生のもとを離れ、自邸に向かってまた歩き出した。

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