ダメ人間と死神ウキちゃん
果汁20%
第1話
「もうダメだ。死のう」
8月某日のじめっとした温度が肌にまとわりつく深夜、
理由は単純明快。人生に希望が持てなくなったから。
ことの発端は4年前、大学受験に失敗したところまで遡る。
大学に入れば、サークルに入って趣味に興じたり、付随的に彼女ができたり、社会人になるまでの4年間をひたすら遊びに費やせるのだと、漠然と思っていた。
しかし、そんな希望を活力として挑んだ受験は見事に惨敗。
そのときのショックは今でも痛いほど鮮明に思い出せる。
4年間を遊びに費やす予定だったのに、殴るように突きつけられた現実は到底受け入れられるものではなかった。
華々しい人生計画の瓦解。
次のチャンスは来年の受験だが、若者にとっての一年のブランクとはあまりに大きい。
浪人して大学に入ったとしたら、周りからは「あいつ、浪人して入ったんだってよ」なんて蔑みに溢れた目で見られるに決まってる。
そんなやつらと一緒に過ごすなんてごめんだ。
かと言って、このままなにもしない訳にもいかない。
そんな状況に四苦八苦しているときに、天から光が差すように、後に後悔することになる愚かしい妙案が浮かんだ。
「母さん!大学受かった!」
とっとと独り立ちしたかった俺はそんな嘘を吐いたのだ。
母さんはそんな嘘を疑いもせずに受け入れてくれた。
涙を流して賞賛してくれた母さんを見て、ズキリと胸が痛んだのを覚えている。
大学に受かった暁には、そこからほど近い団地で、仕送りを頼りに生活することが決まっていた。
(まあ、バイトして受験費を貯めて、来年受かろう。それまでは、仕送りを甘受しながら細々とやってこう)
そんな馬鹿げた選択をしたのが全ての元凶だ。
一人暮らしを始めた俺は、バイトもせずに六畳間の狭い空間にひきこもった。
始めはバイトをする気合はあったのだが、なんの邪魔も入らない自分だけの空間を体感して、そんな気合は微塵もなく崩れた。
そこから仕送りを頼りに引きこもる日々が始まった。
サブスクでアニメを観まくり、スマホゲームに金を費やし、大人ぶるためにタバコを吸いもした。
親の金で、浴びるように室内娯楽を摂取する甘い日々。
こうして、達臣耕太というダメ人間が完成したのだ。
そんな楽園のような甘い日々を貪り、バイトも受験もせず、4年の歳月が過ぎたが、そんな生活は永遠に続かないのだとつい先日思い知らされた。
母が死んだのだ。
死因は心不全。随分前から兆候はあったらしいが、強がって隠していたのだろう。
不謹慎ながら、心配をかけないように誰にでも気を遣っていた母らしいと思った。
一晩絶望に打ちひしがれ、悲しみに暮れたが、現実は無情だ。
母が死んだということは、仕送りがストップするということ。即ち、俺のライフラインが断たれるということだ。
遺産相続で金が舞い込んでくるかもしれないが、これを機に大学に受かっておらず、仕送りだけで生活していたことがバレるのはほぼ確実だろう。
下手したら実家から勘当されるし、遺産は仲の悪い弟に相続されることになるだろう。
つまり、八方塞がりということだ。
慌ててバイトするためにファミレスに面接しに行ったが、長年他人との関わりがなかった俺は、カタコトでしどろもどろでちゃんとしたレスポンスもとれず、見事に落とされた。
そして、社会からダメ人間の烙印を押された俺は、全てに絶望して、現在に至る。
「楽な死に方ってどんなのなんだ」
そう呟いて、携帯端末を操作して、ネットの海から楽な自殺方法を探す。
どれもこれも苦しそうなものばかりで、1番マシだと思ったのは首吊りだった。
この部屋に天井から縄を吊るせるフックのような物は存在しないので、ドアノブなんかに縄を括るのが得策だと思った。
しかし、肝心の縄がない。
仕方ないので、ガムテープなんかを輪っかにして死のうと思ったが、絶対失敗して苦しむだけなので、近場のコンビニで代用できる物を探そうと思った。
自宅の鍵を手にして、玄関の前に佇む。
これが最後の外出だ。
最後にこの世界を目と記憶に灼きつけて、それを見納めにして死のう。
そう意気込んで、ドアノブに手をかけたときだった。
――ピンポーン
六畳間にチャイムの音が鳴り響いた。
「……は?」
思わず、頓狂な声が唇から零れた。
宅配かと思ったがこんな時間に来るはずないし、布団に包まって啜り泣いていたのが他の部屋に聞こえていたのだろうか。しかし、そんな大きな声で泣いていたわけでもないし……なんだ?
訝しみながら、ドアノブに手をかけ、玄関のドアを押し開く。
真っ先に飛び込んできたのは、家々が立ち並ぶいつも通りの住宅街の光景。
しかし、すこし視線を下げたところにそれはいた。
黒いパーカーに身を包んだ少女だった。
肩口で切り揃えられた黒髪に、昏く輝いた双眸がこちらの顔を見つめている。
「うわぁ!?」
俺はザリガニのように後ろに吹っ飛び、尻込んだ。
謎の少女は、一瞬不思議そうな表情を浮かべて、すぐにその顔を綻ばせた。
そして、ビシィッと擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで、俺を指差して……
「明日張市担当死神ウキが達臣耕太に審判を下しに来ました!」
と、よく分からない死神と名乗った少女が高らかに宣言した。
俺は呆気に取られ、間の抜けた顔をしたが、すぐに頭を切り替える。
明日張市担当死神ウキ。
そして、そんな奴がいきなり現れて審判を下しに来た?
こいつはあれか、一昔前で言うところの電波女というやつなのだろうか。
俺は頭をこねくり回して考えるが、結論は出ず、混乱するばかりだった。
少女は尻込みする俺を見て、ぷぅ、と頬を膨らませ、
「わたしのこと頭がおかしい女だと思ってるでしょ!」
と、怒気を孕んだ言葉を向けてきた。
すかさず俺は、
「いや、だってそうだろ? なんだよ死神って、厨二病拗らせた電波女が! 帰れよ!」
と、少女を異常者扱いして突っぱねた。
「電波女って意味は分かんないけど、バカにしてるってのは伝わったよ」
そして、少女はやれやれといった風に肩を竦ませると、右手を虚空に突き出した。
「……は?」
俺が頓狂な声を上げた瞬間。月明かりに照らされた少女の足元にある影が、足、胴、右腕へと伝わり、右掌に集まる。
影は次第に大きくなっていき、少女の右手に棒のような物を形成した。
そして、その棒の先端側部から波打つような三日月型の諸刃の曲刃が形成された。
それを形容するなら、死神が持つような大鎌だ。
「……え?」
現実離れな光景に唖然としていると、少女はにっこりと笑い……
「いろいろ混乱していると思うので、とりあえず眠ってもらいます!」
そう言うと、少女は大鎌を振り下ろし、俺の体を真っ二つに切断した。
――と、思ったが、なにも衝撃は感じない。
俺は切断されたと思わしき箇所を両手でペタペタと確認してみた。切断された感覚は疎か、切り傷も見当たらない。
そんな状況に右往左往してると、目の前の少女は、扇風機のように大鎌を回転させながら弄び、それを右手に収めた瞬間、大鎌はぼろぼろと泥のように床に崩れ落ち、少女の影へと戻っていった。
「大丈夫ですよ。この鎌に実態はありませんから」
「……は? 意味わかん……」
ねえ、と続けようとした瞬間、脳内が鉛と化したように重くなる。
同時に強烈な睡魔も襲ってきて、
「起きたら改めて自己紹介させていただきます。それまでいい夢を」
そんな少女の言葉を最後に俺の意識は深い闇の底に落ちていった。
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