第18話 志津香の提案
「次にやること・・・か」
杏子は独りごちた。
このまま何もしないわけにはいかない。実家に帰る? それもなかった。そのうち貯金も尽きるだろう、そうしたら・・・どうなるんだろう、私は。
杏子は電車に揺られながら寒気がした。
「やっぱりどこかインストラクターの募集でも探すか・・・。でもなあ・・・」
この、
「でもなあ・・・」
が面倒なところだ。何かが引っかかっているような・・・。
これを何とかしないと、先には進めない気がする。
翌日、まだ昨日のことが頭の中をグルグルと回ったまま、杏子は昼近くまでベッドでグダグダしていた。
そこへインターフォンが鳴った。のそのそと起き出すと返事をする杏子だ。
「御子柴先輩。伴です」
「何か用?」
杏子は冷たい。
「お話させてください」
「私はお話したくないけど」
杏子はあくまで冷たかった。
「お話は私がします。先輩は話さなくていいから、話を聞いてください」
志津香も負けていなかった。
それで杏子は仕方なく玄関を開ける。
「先輩。本当にスポーツジム、クビになっちゃったんですね」
志津香がいきなり言い出した。志津香はTSC赤羽へ杏子を訪ねたのだ。だが、杏子のレッスンはなく、クラブの人に聞けば、辞めたということだった。更に確認すると解雇されたと教えてくれた。
それで志津香は自宅を教えて貰って訪ねてきた。
「そう言うこと」
「だって。酷いじゃないですか。あれはどう見たって正当防衛ですよ。悪いのはあのチンピラたちだ。普段からああいうことやってるんだから。警察にそう言わなかったんですか?」
志津香が食い下がった。
「まあ、玄関じゃ何だし、上がんなよ」
杏子は志津香を部屋に招き入れた。辺りの物をバタバタと片付ける。
「コーヒー、インスタントだけどいい?」
「はい」
コーヒーを前に杏子と志津香は見つめ合っていた。どっちが話し出すのか、駆け引きのようなものだと、杏子は思った。
それで、ふたり同時に話し出していた。
「先輩から、どうぞ」
志津香が話す順番を譲った。
「それじゃあ。この前は感情的になっちゃってごめん。でね、うちの社長が警察にも掛け合ってくれて、あいつらも訴えないって言うし、結局事件にはならなかったの」
「だったら、なんでクビになっちゃうんですか」
志津香はそこんところが納得できないようだ。
「まあ、大人の事情? 喧嘩で警察沙汰になったってことでクラブの評判に関わるからね。仕方ないのよ」
志津香は一口コーヒーを啜ると、
「どこか他に働き口は見つかったんですか?」
と杏子に尋ねた。それで、杏子は昨日から考えていたことを話した。何かが引っかかっているんだ、と。
すると志津香が身を乗り出して言ったのだ。
「だったら、ボクシングやりませんか!?」
「はあ?」
だが、その話は杏子にとって全然突飛な話ではなくて。昨夜からふつふつと湧き上がってきていたことだった。
「なら、私とボクシングやりましょうよ!」
志津香が声を張った。杏子が目を丸くする。
「いやいや、私25よ」
「そんなの関係ないですよ。先輩、昔より可愛い感じだし。若く見えると思います」
「いや、そういうことじゃなくて。うれしいけど」
「今更とか考えてます?」
「え? まあ、そりゃあね・・・」
「別にプロになって世界チャンピオンになろうってことじゃないでしょ?」
「それは厚かましいわ」
「インターハイに出て個人戦で優勝するとかでもないでしょ?」
「とっくに高校生じゃないし」
「だったら・・・」
志津香が言葉を切った。沈黙が流れる。
すると杏子が言った。
「1勝したい・・・。1勝でいい。ひとつ勝ちたい」
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