晴れ時々日本銀行券

狼二世

犯罪者予備軍


 休日の朝、思いがけない言葉を聞いた。


「本日のA県H市の天気は、晴れ時々日本銀行券となります」


 未知の言葉に思わず、振り返った。

 モーニングルーティンで習慣的につけたテレビ。いつのもようにニュースを聞き流していたら、突如飛び込んできた謎の言葉。見慣れた筈の天気図には、見慣れない札束のマークが記されていた。

 冗談だろう? などと間抜けに呟いている間に画面は切り替わる。

 テレビの中のキャスターは普段の調子。違和感を覚えた自分がおかしいのではないか、と考えてしまう。


「それでは皆様、良い週末を」


 結局、当然のように番組は終わってしまった。


 ――どうしようか。


 窓の外は天気予報の通りに、まったくの快晴。


 ――晴れ時々日本銀行券――


 どうしても、その言葉が頭から離れない。

 どうしたものか。A県H市はすぐ近くだ、行こうと思えばすぐに行ける。


 興味本位で足を運ぶのか? せっかくの休日に無駄じゃないのか?

 そんな逡巡は、好奇心に押しつぶされてしまった。


◆◆◆


 A県H市に着いたものの、結局空は晴れのままだった。雲一つない、まったくの青天。

 駅前の広場には休日を楽しむ人――と、明らかに自分と同じように好奇心に負けた人がいる。

 スマホを弄って立ち尽くす彼ら。それを見ていると、なんだか自分の行動が無意味なんじゃないかと思えてくる。


 どうする、帰ろうか?


「みろ、空から」


 あれ?


「うおおおおおおおおおおお!! 本当に金が降ってきた!!!!!!!!!!」


 そんな、まさか――

 本当に、空から、日本銀行券――紙幣が降ってきた。

 ひらひらと、ひらひらと、まるで桜の花びらが舞い散るように、蒼天に札が舞う。


 周囲が熱狂している。

 我先に、と札を掴んでいる。


 どうする。どうする。


 そんな迷う僕を試すように、目の前に金が舞う。


 ――うん、みんなもやってるんだ――


 気がつけば、お金を握っていた。


◆◆◆


 いつのまにか、熱狂は終わっていた。

 逃げるように、僕は電車に乗り込んだ。

 どうして、そんな後ろめたさを感じるのか。

 分からない。分からない。


 住んでいる町に戻った時、ちょうど空腹を覚えた。

 ふらふらと、行きつけの店に入る。


「ヒャッハァァァァァァァァァァッ!! 拾った金で食う飯は最高だぜ!!!!!」


 ちょうど、誰かの声が聞こえた。


 機械のように注文をして、ご飯を食べる。


 本当に、美味しかった。


◆◆◆


「本日のB県K市の天気は、晴れ時々日本銀行券となります」


 再び、ニュースは天気を告げた。

 今度は迷わなかった。少し遠出になったけれど、すぐに移動をした。


 あの日のように、空から金が舞った。

 あの時以上に、人が殺到した。

 あの時よりも、罪悪感は覚えなかった――


「確保!」


 ――この声を聞くまでは――


 突如、札が舞っていた広場に警察官が突入してくる。

 呆気にとられた僕は、一瞬で警察官に捕まった。


「あ、キミは前回拾ったお金を使ってるね。本当なら遺失物等横領罪だよ。

 でもよかった。君はまだ、犯罪者予備軍だ」


 ――どういう、ことだろう。


「お母さんから教わらなかったのかい? 拾ったお金は、ちゃんと警察に届けないといけないんだよ。遺失物等横領罪になるんだ。

 君は今後、同じようなことを繰り返す。だから、犯罪者予備軍なんだ」


 そんな、僕は軽い気持ちで――


「ダメダメ、そんな軽はずみな気持ちで罪を犯す人が一番ダメなんだよ」


 違うんだ! それに、みんなもやっているじゃないか。


「知ってるかい。『そんなつもりじゃなかった』『みんなやっていた』そんな軽はずみな感情から罪を犯す人は少なくないんだ」


 そう言うと、身分証明賞のように一枚のカードを僕に差し出した。


「キミは犯罪者予備軍。気を付けなよ」


◆◆◆


 二十一世紀日本、一つの社会実験が行われた。

 それは、犯罪者予備軍選別。

 落ちている金を、軽いつもりで拾ってしまう――そんな、『つい出来心』で罪を犯してしまう人間を選別する実験だ。

 事実、ここで犯罪者予備軍と認定された人間は、些細な罪を犯してしまう事例が多発した。


≪了≫

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