死んで若返ったら色んな人がヤンデレだった
かわうそ☆ゆう
第1話 始まりは面白おかしく
「……んー……」
朝、カーテン越しに差し込む光がまぶしい。
鳥のさえずり。
近所のオバチャンが布団を叩く音。
そして――
「ゴラァ!!いつまで寝とんじゃ!!」
……はい、おかしい。
俺は一気に目を開け、跳ね起きた。
脳が状況を理解するより先に、心臓が嫌な音を立てる。
時刻、十一時。
今日は――
いや、今日もだ。
借金取りが来る日。
しかも約束は十時半。
「……終わった」
完全に終わっていた。
会社の遅刻とは次元が違う。
これは命がかかるやつだ。
俺はベッドから転がり落ちる勢いで立ち上がり、玄関へ向かう。
ここは二階。
窓から逃げる? 下はコンクリート。
足が折れる。
入院。
その間に人生が終わる。
残る選択肢は一つ。
――土下座。
「ゴラァ!!とっとと開けんか!!」
「は、はいっ! い、今開けます!!」
震える手でドアを開けた瞬間、
俺は理解した。
ああ、これは土下座じゃ足りないやつだ、と。
サングラス越しでも分かる。
人を殴り慣れた顔。
金髪、スーツ、無駄に鍛えられた体。
「何しとったんじゃゴラァ!!」
「す、すみません……寝てました」
嘘をつく意味はない。
正直に言って、少しでも怒りを減らすしかない。
「寝てただとォ?
十時半言うたよなァ?」
胸ぐらを掴まれ、床から足が浮く。
抵抗? 無理だ。
力の差以前に、覚悟の差がある。
「余裕ぶっこいとるみたいやなァ。
例の三千万、用意できとるんやろ?」
あるわけがない。
今の所持金は――三百円だ。
「……ないです」
「は?」
一瞬、空気が止まった。
「お前、舐めとんのか。
いい加減にせんと売り捌くぞ」
隣の部屋のドアが、そっと開く気配がした。
やめてくれ。
そんな目で見るな。
「……木下さんよ」
低い声で名前を呼ばれる。
「借金、いくら残っとるか分かっとるか?」
分かっている。
忘れたことなんて、一度もない。
「……一億、ですよね」
「そうじゃ。
父親の借金、丸々な」
胸ぐらを離され、俺は床に転がった。
父親が死んだとき、
正直、少しだけ安心した。
最低な男だった。
ギャンブル中毒で、家族に手を上げるクズ。
――その直後、借金の存在を知るまでは。
しかも闇金。
額は一億。
母親は必死に働いてくれた。
俺を高校まで育ててくれた。
でも、その母親ももういない。
残ったのは、俺と借金だけだった。
「明日までに五千万用意しとけ」
「……は?」
「できんかったら、分かっとるな」
唾を吐き捨て、男は去っていった。
明日までに五千万。
昨日より増えている。
「……無理だろ」
声が震えた。
涙が勝手に落ちる。
本当に、終わりだ。
俺は玄関のドアを閉め、その場に崩れ落ちた。
――そのとき。
「木下さん」
玄関の向こうから、別の声がした。
「……はい?」
ドアを開けると、立っていたのは大家さんだった。
白髪の、年を取った女性。
「悪いけどね。
出てってもらうよ」
言葉は、それだけ。
理由も、同情も、もう必要ないみたいな声だった。
「明後日までに。
修理費と今月分の領収書、後で持ってくるから」
返事を待たず、去っていった。
俺はその場に座り込み、笑った。
「あはは……」
笑うしかなかった。
気づけば意識が飛んでいた。
◆
目を覚ますと、玄関の床だった。
目の前には、紙切れ。
領収書。
十五万円。
「……腹減ったな」
考えても仕方ない。
俺は立ち上がり、財布を掴む。
中身は三百円。
コンビニに行こう。
それくらいしか、もうできない。
玄関を出て、歩き出す。
そのとき――
クラクション。
気づいた瞬間、身体が宙を舞った。
「大丈夫ですか!?」
声が遠い。
ああ……
死んだな。
人生は――
もう、とっくに終わっていた。
◆
「……っ……うあ……」
頭が痛い。
目を開けた瞬間、強烈な光が差し込んできて、思わず目を閉じた。
「……どこだ、ここ……」
ゆっくりと視界が慣れてくる。
勉強机。タンス。
そして、今俺が横になっているベッド。
――見覚えがある。
必死に記憶を探ろうとするが、頭痛がひどく、思考がまとまらない。
俺は再びベッドに倒れ込んだ。
「頭痛てぇ……たしか俺、コンビニ行って……」
そこで、ようやく思い出す。
事故だ。
車のクラクション。
身体が宙に浮いて――死んだ、はずだった。
なのに。
「……生きてる?」
身体を確かめる。
痛いのは頭だけで、他はどこもおかしくない。
しかも、その頭痛も徐々に引いてきている。
「翔ーー!!ご飯食べなさい!!」
……え?
聞こえてきた女の声に、全身が固まった。
聞き覚えがある。
それも、ありえないほど懐かしい声。
「……オカン?」
心臓が跳ねる。
部屋を見回し、確信する。
ここは――幼い頃の俺の部屋だ。
母親がまだ生きていた頃の。
「……嘘だろ」
現実逃避するように、頬をつねる。
痛い。
思いきりビンタしてみる。
――痛い。
「……現実、かよ……」
机の上に置かれていた学生証を手に取る。
「木下 翔
15歳
高校1年3組……」
「……は?」
理解が追いつかない。
学生証を机に投げ、部屋を飛び出す。
手洗い場。
鏡。
「……ええぇええええ!?」
そこに映っていたのは、ヒゲもない、明らかに若い俺だった。
「なにこれ……転生?タイムリープ?
いや、転生なら異世界だろ……」
頭の中がパンクしかけた、その時。
「何騒いでんの!
早くご飯食べなさい!」
母親が顔を出す。
「……っ!!」
間違いない。
オカンだ。
「……えぇ……」
俺の反応に、母親は少し引いた顔をした。
「朝から大丈夫?
ほら、早く降りてきなさい」
夢じゃない。
本当に、戻っている。
◆
階段を降りると、懐かしい匂いが鼻を突いた。
味噌汁。
白米。
目玉焼き。
「……」
言葉が出なかった。
「いただきます……」
一口食べた瞬間、涙が込み上げた。
「……うま……」
「そんなに?」
「……すっげぇ、うまい」
死ぬ直前まで、コンビニ飯ばっかだった。
それも、節約でパン一個とか。
「食べ終わったら学校よ。
もうすぐ迎え来るでしょ?」
「……迎え?」
違和感。
俺、高校の時は一人で登校してたはずだ。
――まぁ、考えても仕方ない。
◆
制服を着て、歯を磨き、鞄を持つ。
時計は7時50分。
(8時か……)
インターホンが鳴る。
「翔ー、来たわよー」
母の声で玄関を出る。
そこにいたのは――
「おはよ、翔くん」
ショートカットの、見知らぬ美少女。
「……お、おはよう」
誰だ?
「行こー」
そう言って、彼女は当たり前みたいに俺の手を掴む。
いや誰!?
なんで朝からこんなリア充イベント発生してんの!?
「あ、あのさ」
「ん?」
「君……誰だっけ?」
我ながら最悪の質問だ。
「もー、冗談きついよー。
私だよ、
……知らない。
「そ、そうだな、ごめんごめん」
「もう!」
笑顔。
可愛い。
けど、どことなく怖い。
「……行こ、高橋さん」
「……え?」
空気が一変した。
夏樹が、冷たい目で俺を見る。
「……なんで、苗字なの?」
背筋が凍る。
「ご、ごめん。冗談。夏樹」
「……ほんと、やめてよ」
一瞬で元の笑顔に戻る。
(……情緒どうなってんだこの子)
◆
歩きながら、夏樹が聞いてくる。
「翔くん、部活何入るの?」
「まだ決めてない」
「私、吹奏楽入るんだけど。一緒にどう?」
吹奏楽。
俺の記憶では――
陸上部だった。
(……選択肢、変えられるのか)
「考えとく」
「えへへ、翔くんと一緒なら楽しいのに」
学校が見えてくる。
生徒が増えてくる。
人生二度目の高校生活。
――今度は、間違えない。二度とあんな目にあってたまるか。
俺は、静かに心に誓った。
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