大好きな幼馴染と天気の話をする

青空のら

大好きな幼馴染と天気の話をする

 窓の外は曇り空だった。


「ねえ、どの天気がいい?」


 まるで自分の部屋にでもいるような感じで寝転んだまま、香澄が僕に問いかけて来た。

 年頃になってから、男である僕から香澄の部屋に押し掛けるのは気が引けるようになった。つまり、香澄が自発的にこの部屋に来なくなった時点で、僕たちの関係は終わったも同然だった。それなのに今日、香澄は久しぶりに僕の部屋を訪れた。

 その事実だけでも感情が抑えられなくなるほど嬉しくなる。けれど、わざわざ来るということは、何らかの目的があるはず。

 ダラダラと無意味な時間を過ごすくらいなら、直接聞けば、問い詰めればいい。しかしそうするとせっかくの二人の時間は減る。

 そういう意味では、香澄に強く出れないのは我ながら弱腰だと思う。単純に惚れた弱みともいうけれども。


「うーん? 何の天気?」

 どういう意味だろう?

 突然過ぎて、察するのは無理だった。


「楽しみじゃないの?」

 香澄の声が少し震えた。


「そりゃあ──」

 泣きそうな顔を見て慌てて言葉を続けた。


「楽しみに決まってるだろ!」

「よかった❤️」

 溢れんばかりの笑顔。この表情豊かなところに惚れているともいえる。


「晴れは普通すぎるし、雨はちょっと切ないし──」

 香澄は指折り数えるように呟く。


「やっぱり、私は嵐の日か、その後がいいな」

「嵐?」

「だって、絶対に虹が掛かるもの。綺麗でしょうね」

「晴れじゃ駄目なの?」

 そういえば、最後に二人で一緒に出かけたのはいつだったかな?


「想い出になるかな?」

「想い出?」

 いつでも、どこでも香澄と一緒なら特別な想い出になるのに。でも、この言葉を口にしてはいけない。


「ああ! せっかく、記念日になる日なのに特別感がないのは勿体なくない?」

「そりゃぁ──そうかも」

 話を合わせて頷いておく。


「24時間開いてるからといって、夜中に行くのは味気ないでしょう? それとも今から二人で行く?」

「いったいなんの話をしているの?」

 残念ながら、まだ香澄が何を言いたいのか理解できていなかった。


「あれ? 言っていなかったかしら?」

「何を?」

「婚姻届を出しに行く時の天気のことよ」


 胸元からごそごそと折りたたんだ紙を出してくる。 香澄から受け取ってゆっくりと開いていくと、二人の名前が記載された婚姻届だった。 確かに記入した記憶はある。あれは確か、小学校の頃に香澄が“練習”と言って──


「ふふふ、嬉しいでしょう?」

「そりゃあ、嬉しくないと言ったら嘘になるけど──」

 あの頃は何も考えず、好きということだけでそばにいられた。今は失った素晴らしい瞬間──


「あら、相変わらず恥ずかしがり屋なんだから」

「そういう問題じゃなくて!」

「じゃなくて?」

「──できないでしょう!」

「声が小さいわよ」

「姉弟は結婚できないでしょう」

 そう、だからこの気持ちを諦めて封印したのだ。


「あら、私のこと、嫌いなの? 昔は嫁さんにしてくれるって言ってくれてたのに」

「嫌いなわけないじゃん」

 僕の胸が締め付けられる。小さい頃、本当に香澄を嫁にすると思っていた。でも、母さんから『香澄ちゃんはお姉さんなのよ』と聞かされた日、子ども心に世界が終わった気がした。


「はっきり言ってくれないと、わからないわよ」

「だ、大好きだよ」

「私もよ」

 言い終わるよりも早く、 香澄に抱きしめられた。 豊満な胸が押し当てられてドギマギする。


「とにかく、姉弟は結婚できないの!」

「こんなに好きなのに?」

「駄目なの!」

「和也は私のこと好きなんでしょう?」

「──うん」

 失恋して、次の恋へと向かう──そんな未来は、どうしても思い描けなかった。


「結婚が可能だったら、してくれるの?」

「そりゃあ、僕だって香澄と結婚できるならしたいよ! でも姉弟は──」

「出来るわよ」

「無理なんだ──えっ??」

 割り込んで来た香澄の言葉に頭が混乱する。「結婚できるわよ」

「いや、だって姉弟だよ?」

「えぇ、だって血は繋がってないもの? 私たち従姉弟だから」

「えぇっ?」

 香澄が静かに語り始めた。


「姉夫婦が亡くなって、その子どもを引き取って育ててくれたのがおばさん、今のお母さんよ。その後に、子連れでもいいといって、母さんと結婚したのがあなたのお父さん」

 頭の中で記憶が再生されていく。確かに、親戚の集まりで香澄の立ち位置が微妙に違った気がする。母さんと香澄が似ていないこと。父さんが香澄を『うちの子』と紹介する時の独特の間──


「従姉弟だから結婚できるってこと。私とじゃ嫌なの?」

 香澄が腕に力を込めた為に、ますます頭が胸に埋もれていく。 このままだと柔らかさに負けて昇天してしまう。


「嫌じゃないです──じゃなくて、嫌です!」

 僕の言葉に香澄が驚いた拍子に腕の力が緩む。そのタイミングを逃さずに、身を離した。

 そして、改めて香澄に向き合い瞳を見つめる。窓の外ではいつの間にか雨が上がり始めていた。


「いつまでも弟扱いは困る。きちんと言わせてくれ」

 何かを察した香澄が改めて、僕の前に座り直した。


「ずっと好きだった。小さい頃からそばにいてくれて大好きだった。大きくなって姉だと分かったけど、それでも好きだった。香澄の幸せを思えば身を引くのが一番だと思っていたけれど、姉弟ではないというのが本当なら──」

 息を吸う。窓の外に薄く光が差し始めている。


「香澄、愛しています。僕と結婚してくれますか?」

「もう、和也のくせに──私を泣かすなんて100年早いんだから──」

 香澄の頬を涙が伝う。でも、その顔は笑っていた。


「はい、私を和也のお嫁さんにしてください」


 窓の外を見ると、雨上がりの空には大きな虹が架かっていた。


「ほら見て」

 香澄が僕の手を引いて窓際に立つ。


「嵐の後の虹。私の好きな天気」

「綺麗だね」

「ええ、きっと一生忘れないわ。今日の天気」

 僕たちは仲良く手を繋いで婚姻届を出しに行った。

 虹はまだ、空に架かっていた。

 姉弟としての関係は終わり、次のステップが始まったのだ。


 きっと、今日の天気は一生忘れないだろう。

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