スカイ・トリップ

Lito

序章.夢うつつ

太陽に照らされて輝く髪。陽光に縁取られた横顔。

遥か先を見つめるようなその女性は、静かに口を開いた。


「この世界は確かに残酷だ。だが、それ以上に——美しい。

 荘厳で、自由で、想像をはるかに超えている。

 君は行こうと思えばどこへでも行ける。なんでもできる。

 限界を決めつけているのは、人の心に他ならない。


 ——少年。知りたいとは思わないか?」


 その瞳には、痛ましいほどの希望が宿っていた。

 だが声は薄れ、景色は霞み始める。


 (待って……)

 言葉にならない。


 「時が来たら……世界は……果て……る……」


 声はそこで途切れ、光の粒となって霧散した。


 ⸻夢。


 あの人は“時が来たら”何を言おうとしたのだろう。


 まぶたの裏の光が消え、意識がゆっくり浮上する。

 視界に木製の天井が映る。

 窓を開けて、僕は大きく伸びをした。

 窓の外では、巨大な古代湖の水面が銀色に光っている。

 胸いっぱいに吸い込む澄んだ空気が、肺の奥まで広がり、気持ちがいい。


 今日もまた、見習いとしての一日が始まる。


⸻⸻⸻

朝、フライパンで目玉焼き、ソーセージを焼く。その後からパン。

香ばしい匂いが部屋から漏れる。

作った朝食を片手に今日の実習メニューを読みながら、ふとベッドの横に置いてある絵本に目が留まる。



 ⸻十年前。


 重い雲の裂け目から、突然ぽつり、ぽつりと落ちてきたのは……「本」だった。

 本、本、本。時々、瓦礫。

 紙の角が石畳を叩き、街の人々はただ声もなく空を見上げる。


 その日、少年だった僕の手にも、一冊の絵本が落ちてきた。


 やがて街のあちこちから光の柱が立ち上がる。

 明け方の空に向かって、無数の光が祈るように伸びていく。


「……世界に、とどいて……」


 声は空から降ってきた。どこか悲しく、透き通るような声。


 風が強く吹き、絵本のページがざわりと捲られる。


 開かれた最後のページには、こう記されていた。


 ——“空の果てには秘宝が眠る”。


 その一文を境に、世界は音を立てて動き始めた。

 蒸気機関に火が灯り、人々がグラスベン山を目指す時代の幕開けとなった。

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スカイ・トリップ Lito @Lito73

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