家族の証 side Family

「最近のボカロ、なんか違うんだよな……」


 スマホを眺めながら、私は呟いた。高校二年生、山田彩音。コロナ禍で社会が閉塞していた頃、中学一年でボカロにハマって以来、暇さえあればニコ動を漁っている筋金入りのボカロオタク。

 初音ミクが出た頃の伝説的な曲から、去年バズった最新曲まで、有名どころは全部チェックしてる。でも最近、心に響く曲が減ってきた気がする。みんな同じような音、同じような歌詞。


「私も作ってみたいな……」


 小さい頃から、父・誠が色んな音楽を聴かせてくれた。クラシック、ジャズ、ロック、演歌まで。ピアノも習わせてもらったし、音楽理論も少しは分かる。母は専門家じゃないけど歌が上手くて、今でも月一で一緒にカラオケ行ってる。私の歌、母・美咲似で結構いいと思う。


「でも、受験もあるしな……」


 来年は高三。そろそろ真面目に勉強しないと。

 スマホの画面をスクロールしていると、広告が流れてきた。いつもなら即スキップするけど、なぜか指が止まった。


『亡き王女のためのパヴァーヌ ―生きている証―』


 再生回数、たったの87回。サムネイルは黒い背景に白い文字だけ。動画っていうより、音源を上げただけみたいな感じ。


「なにこれ、手抜き?」


 でも、再生してみた。

 ピアノが流れ始める。ラヴェルの、あの有名な曲。父がよく聴いていた。

 そして、双葉湊音の歌声。


「空から揺らぎ伝う 水面に波が開く」


 言葉が……すごい。

 ボカロ曲によくある、韻を踏むための無理やりな日本語じゃない。でも、詩的で、深くて。


「触れずに響く 夢まで降りてく」


 編曲もシンプル。ピアノと歌だけ。でも、だからこそ伝わってくる何かがある。


「目指す場所へと 少しずつずれ 不揃いの音 何故か知る」


「……これ、すごくない?」


 思わず声に出していた。

 最近のボカロ曲は、どれも音数が多くて、エフェクトかけまくりで、BPM速くて。それはそれでカッコいいけど、こういう静かな曲、最近見なかった。


「同じ旋律が 何度も揺らいで巡って 微かに歪みつつ 途切れながらも続く」


 歌詞の意味を考えながら聴いていると、涙が出そうになった。


「生きていたしるし 命が揺れてた証を 残して行く」


 これ、私でも作れるかも。

 いや、私「だから」作れるかも。派手な音作りは苦手だけど、こういうシンプルな編曲なら。歌詞を大切にする曲なら。


投稿者のプロフィールを見た。


「アラフィフのおっさんです。昔から音楽好きで、少し余裕ができたので、何か形に残したくて始めました」


「おっさんがボカロって、珍しいな……」


でも、だからこそ、最近のボカロにない「何か」がある気がする。


「揺らぎの名残り 全てがひとつに 夜の底 果たせぬ約束 今も」


 曲が終わった。

 私は三回続けて聴いた。


「……やっぱり、私も作りたい」


 でも、受験が。でも、今しかできないことかもしれない。

 悩んで、結局父に相談することにした。音楽のことなら、父が一番わかってくれる。

 リビングに降りていくと、父がソファでスマホを見ていた。


「ねえ、お父さん」

「ん? どうした」

「あのね、ボカロ曲作ってみたいんだけど……でも受験もあるし、どう思う?」


 父は少し考えて、「どういう曲を作りたいんだ?」と聞いてきた。


「えっとね、最近見つけた曲があって……」


 私はスマホを取り出して、あの動画を見せた。


「これ、すごく良くて。こういう感じの曲を……」


 再生ボタンを押した瞬間、父の顔色が変わった。


「……彩音、どこでこれを?」

「え? 広告で流れてきて……なんで?」


 父は深く息を吸い込んで、少し恥ずかしそうに言った。


「これ……お父さんが作ったんだ」

「……は?」


 時間が止まった。


「え、ちょ、待って。お父さん、ボカロとか作れるの?!」

「いや、初めて作ったんだよ。仕事も家庭もずいぶん落ちつただろう?少し時間ができたら、何か形に残したくて。お前がずっとボカロ聴いてるから、ちょっと興味が出て。ソフト買って、見様見真似でやってみたら……意外と楽しくて」

「うそでしょ……」


 父は照れくさそうに笑った。


「お前に見つかるとは思わなかったな。再生回数、全然伸びないし、誰も見てないと思ってた」

「いや、めっちゃ良いよこれ! っていうか、お父さん、歌詞も書いたの?」

「ああ。抽象的すぎるかなと思ったんだけど……」

「全然! むしろ、最近のボカロにないタイプで新鮮だよ」


 父は嬉しそうに、でも少し寂しそうな顔をした。


「お父さんな、ずっと音楽が好きだったんだけど、仕事に追われて。気づいたら47歳。でも、お前がボカロ聴いてる姿を見て、思ったんだ。音楽を作る楽しさを、自分も味わってみたいって」


「目指す場所へと 少しずつずれ」


 父の歌詞は、父自身のことだったんだ。


「ねえ、お父さん」

「ん?」

「一緒に作ろう。次の曲」


 父は驚いた顔をした。


「お前、受験は?」

「大丈夫。週末だけとか、時間決めてやればいいじゃん。それに……」

私は画面を見つめた。

「お父さんの歌詞、私の歌と編曲。お母さんにも聴いてもらって。家族で一つの曲を作るって、すごくない?」


 父の目が少し潤んだ。


「……ありがとな、彩音」

「お父さんこそ、こんな良い曲作ってくれて」


 その夜、私たちは初めて、音楽の話を本気でした。

 父が持っている音楽理論の知識。私が知っている最新のボカロシーン。お互いの「好き」を交換しながら、次の曲のアイデアを練った。


「クラシックをベースにしたいんだよな。でも、今風の音も入れたい」

「だったら、ウィルへルミの『エール』とか? ゆっくりめだけど、エレクトロと合わせたら面白いかも」

「お、いいな。『Air』か!お父さん好きなんだよ。バッハのアリアと言わないところが通だな」

「お父さんの豆知識でしょ!まあいいわ、私がトラック作ってみる。お父さんは歌詞?」

「ああ。お前、歌も歌えるだろ? 今度は湊音じゃなくて、お前の声で」

「え、私が?」

「だって、お母さん似の良い声してるじゃないか」


 顔が熱くなった。


「……考えとく」


 リビングを出る前に、もう一度あの曲を再生した。


「震えて今だに響いている 生きていたしるし 命が揺れてた証を 残して行く」


 父と私の「しるし」を、これから作っていく。

 不揃いでも、揺らいでも。

 それが、私たちの音楽。


 翌週、母も巻き込んで、山田家の音楽プロジェクトが始まった。

 父の書いた歌詞に、私が曲をつける。母がメロディーの歌いやすさをチェックする。


「ここ、ちょっと音程きつくない?」

「あ、ほんとだ。じゃあ半音下げようか」

「この歌詞、もっと韻を踏んだ方が良い?」

「ううん、このままで。自然な感じが良いよ」


 受験勉強もちゃんとやる。でも、週末の数時間、家族で音楽を作る時間は、何にも代えがたい宝物になった。


 三ヶ月後、私たちの最初の合作『凍る時間 -AIR-』が完成した。

 投稿したのは、父のアカウント。でもクレジットには、


作曲: J.S.バッハ - ウィルへルミ

作詞: mackey(47)

編曲: sister.A(17)

歌唱指導: saki


 って書いた。mackeyって何(笑)

 再生回数は、やっぱり伸びなかった。でも、いいんだ。

 コメント欄に一つだけ、こんな書き込みがあった。


「親子で作ったんですか? 温かい曲ですね。揺らぎながらも、確かに響いています」


 私と父は、画面を見て笑った。


「揺らぎの名残り 全てがひとつに」


 私たちの音楽は、まだ始まったばかり。



「ところで、機材にいくら使ったの?」

「…………ゴニョゴニョ(ハードとソフトそれぞれ100万くらい?)」

「えっ…………ちょ、見様見真似の人が使う額じゃないよ。私のグランドピアノより高いじゃん」

「いいだろ!酒もタバコもゴルフもパチンコもやんないし」

「私も使うんだからね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る